桜の国チェリンと七聖剣【百六十七】
本日5月8日の『一億年ボタン』は、作者GW休暇につきお休みとなっております。
それではまた来週!
「ばらら、そんなに心配そうな顔をしてくれるな。儂は不死身のバッカスじゃぞ? この程度、どうということないわ」
「それはもう何十年も昔の話です! 病に侵されたその体で、私たち五人に『完全再生』を使ったら……そんなの、もぅ……っ」
ローズは小刻みに震えながら、ギュッと拳を握った。
「そうは言ってものぅ……。大事な孫娘とその友達を見殺しにはできんじゃろうて」
バッカスさんは口の端から赤黒い血を流しながら、ポリポリと頬を掻いた。
「……すみません、バッカスさん。本当に……本当にありがとうございます……っ」
俺は頭を下げ、心からの感謝を示す。
「当然のことをしたまでじゃ、礼には及ばん。そんなことよりも、早く逃げる準備をせい。あの砂使いは、まだ生きてお――」
彼がそう指示を出した次の瞬間、
「浄罪の砂鯨・第三形態――罪呑みの黒鯨」
「起きろ――<九首の毒龍>」
巨大な砂鯨と邪悪な毒龍が、遥か前方より立ち昇った。
「「「「「「なっ!?」」」」」」
「……毒使いが復帰したか。まったく、しつこい奴等じゃのぅ」
俺たちは息を呑み、バッカスさんは重たいため息をこぼす。
「――アレン=ロードル。たとえこの命に代えても、貴様だけは絶対に殺す。『ロードル家の闇』が覚醒する前に、『ロードル家の封印』が解ける前に、なんとしても殺さなくてはならんのだ……!」
「旦那ぁ、いったいどこへ行くんですかぃ? あっしを置いていくなんて……悲しいじゃないですかぁ……ッ!」
隻腕のフォン=マスタングと血濡れのディール=ラインスタッド。
とてつもない殺気を放つ二人の真装使いは、木々の奥からゆっくりと姿を現した。
「嘘、こんなのって……っ」
「……無理だ。私たちとは『ステージ』が違う……ッ」
リアとローズは呆然と立ち竦み、
「これが真装使いの本気なのね……」
「は、はは……っ。さすがのリリム様でも、ちょっと勝てねぇな……」
「どう考えても、終わりなんですけど……」
会長もリリム先輩もフェリス先輩も、今回ばかりは死を覚悟していた。
(くそ……どうする!?)
はっきり言って、状況は最悪だ。
億年桜の力を使ったバッカスさんは、完全に満身創痍。
そして俺は――どういうわけか、さっきから全く闇が使えない。
(どうしたんだ、ゼオン!? いったい何があったんだ!?)
あの無限の闇が使えれば、フォンとディールを同時に相手取ったとしても負けはしないはずだ。
しかし――どれだけ呼び掛けても、あいつが返事をすることはなかった。
おそらくフォンが口にした言葉、『ロードル家の封印』とやらが影響しているのだろう。
(……駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ! 諦めちゃ駄目だ! 頭を回せ、死ぬ気で考えろ。何か、何か方法があるはずだ……。この場を切り抜ける策が、きっと何かあるはずだ……ッ)
そうして俺が必死に考えを巡らせていると、
「……二百余り五十年、か。我ながら長く生きたもんじゃ」
バッカスさんは何かを諦めたかのようにポツリと呟き、
「――小僧、ローズたちを連れて逃げろ。この馬鹿たれどもの相手は、儂が受け持つとしよう」
たった一人で、フォンとディールの前に立ち塞がった。