桜の国チェリンと七聖剣【百六十】
「まさかただの一振りで、私の砂球を破壊するとは……。本当に馬鹿げた出力をしているな」
間一髪のところで漆黒の斬撃を回避したフォンは、瀕死のディールを手早く回収し、大きく後ろへ跳び下がった。
「これが『ロードル家の闇』、か……。情報とは大きく異なっているが、とてつもない力だな。あのバレル=ローネリアが警戒するわけだ」
奴は油断なく剣を構えながら、品定めするようにこちらを見つめた。
すると――小脇に抱えられたディールが、もぞもぞと動き出す。
「あ、あっしは……アレンの旦那と一緒、にぃ……っ」
「ディール、貴様の行き過ぎた破滅願望など知らん。<九首の毒龍>の力が戻るまで、しばらくはそこで眠っていろ」
フォンはそう言って、無造作にディールを放り投げた。
(……あのゴミカス、もう治り始めていやがるな)
奴の胴体にぽっかりと空いた風穴――そこから溢れ出す血は、既に止まりかけていた。
おそらくあの回復力は、<九首の毒龍>という霊核が持つ特性。
まるでゴキブリのようにしぶとい奴だ。
(それにしても、バッカスの野郎はどうしたんだ……?)
背後を振り返るとそこには――右手で大地を握り締めながら、荒々しい呼吸をする彼の姿があった。
血管の浮かび上がった左手は心臓のあたりをギュッと握り締め、口の端からは鮮血が垂れ落ちている。
(……発作、か)
あの様子では、もう戦闘をつづけることは不可能だろう。
そうして俺が素早く状況確認を終えると、
「――アレン=ロードルよ。どうだろう、私たちの仲間にならないか?」
フォンは突然、意味のわからない提案を口にした。
「貴様が示したその力は、称賛に値するものだ。ここで命を散らすのは、あまりに惜しい……世界的な損失と言っても過言ではないだろう」
奴はこちらの返答を待たず、好き勝手に語り出す。
「自分で言うのもなんだが……私は強い。後ろで転がっているディールよりも遥かに、な」
フォンは不敵な笑みを浮かべたまま、淡々と言葉を紡ぐ。
「断言しよう。未熟な貴様では、私に勝つことなどあり得ない。今ここで剣を交えるのは、ただの自殺行為と相違ないのだ。それならばどうだろうか? 私たちと共に『正義』を為そ――」
「――ぐだぐだぐだぐだうるせぇぞ」
「……なに?」
「ディールは殺す。それを邪魔するてめぇも殺す。話はこれで終わりだ」
俺は話を強引に打ち切り、黒剣の切っ先を突き付けた。
「はぁ……正義に仇為すというのならば仕方あるまい。我が真装をもって、貴様を平和の礎としてやろう」
奴の纏う霊力が、瞬く間に膨れ上がっていくのがわかった。
「ほぉ゛、どうやら口だけじゃねぇみたいだな……」
静謐な殺意は研ぎ澄まされた刃を想起させ、肌を突き刺すプレッシャーは背筋を凍らせる。
いまだ展開していないにもかかわらず、<九首の毒龍>以上の圧を放っていた。
さすがは聖騎士が誇る最強の剣士――七聖剣。大口を叩くだけのことはあるらしい。
フォンは鋭い眼光を滾らせたまま、ゆっくりと両手を広げた。
すると次の瞬間、
「虚空を泳げ――<浄罪の砂鯨>」
掌サイズの小さな鯨が、ふわふわと宙に浮かび上がる。
(ちっ、また妙なもんを出しやがったな……)
鯨の外皮は茶色く、頭部には立派な一本角が生えていた。
そして何より、その数は軽く百を越えている。
ちょうど近くを漂っていた一匹を摘まめば――たちまちのうちに金色の砂と化し、風によって吹き散ったそれは、少し離れた場所で新たな鯨の形を成す。
(なるほど……)
どうやらこの鯨は全て非生物。
フォンの力は、砂を自在に操るものと見て間違いないだろう。
「さぁ、それでは始めようか」
奴の右手には砂の小太刀、左手には半身を隠すほどの砂の盾が握られていた。
その姿は『剣士』というより、『騎士』という言葉の方がしっくりくるだろう。
「盾持ちとやり合うのは、初めての経験だな」
「そうか。最初にして最後の経験となるだろう。精々楽しむがいい」
「は゛っ、言うじゃねぇか……!」
こうして俺とフォン=マスタングの死闘が幕を開けたのだった。
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