桜の国チェリンと七聖剣【四十四】
予想外の事態に、俺は大きく後ろへ跳び下がった。
「せ、セバスさん……っ。どうしてあなたがここに……!?」
「んー、まぁちょっとした『休暇』だな。――っと、それよりボディソープありがとう。助かったよ」
彼は軽くそう言って、ゴシゴシと体を洗っていく。
「きゅ、休暇って……」
神聖ローネリア帝国の最高戦力が、そんな気軽にフラフラと歩き回っていいのだろうか……。
そんな風に俺が呆然としていると、
「小僧、こやつは何者じゃ……?」
バッカスさんはかなり興味深そうに、セバスさんの裸体をジッと見つめた。
「この人はセバス=チャンドラー。千刃学院に潜伏していた黒の組織の一員、それも『皇帝直属の四騎士』と呼ばれる超一流の剣士です……っ」
「ほほぅ、やはり相当な腕の持ち主か……!」
彼は「獲物を見つけた」とばかりに口元をニィッと歪める。
「どれ、セバスとやら――風呂上がりに一発、儂と立ち会わんか?」
「いやぁ、それは勘弁願いたいですね。つい最近『長年に亘る潜伏任務』が終わったところでして……しばらくの間は、平和な毎日を過ごすつもりなんですよ。それに何より――かの有名な『不死身のバッカス』とやり合うには、僕では少し荷が勝ち過ぎる……」
いつも余裕の笑みを絶やさないセバスさんが、このときばかりは緊迫した面持ちを浮かべていた。
皇帝直属の四騎士から見ても、バッカス=バレンシアという剣士は相当な脅威に映るらしい。
「ばらららら! あのバレル=ローネリアの認めた四騎士が、ずいぶんと弱気ではないか!」
「……自信が全くないわけじゃありません。あなたとやり合うとなれば、こちらにもそれ相応の覚悟が必要なんですよ。申し訳ありませんが、また別の機会にさせてください」
セバスさんは苦笑いを浮かべ、軽く頭を下げた。
「むぅ、普段ならば問答無用で斬り掛かるところじゃが……。お前さん、運がえぇのぅ。あいにく今だけは、あまり騒ぎを起こすわけにもいかんでな……」
バッカスさんは口惜しそうに呟き、この場は矛を収めたのだった。
その後、全員がちゃんと体を洗い終えたところで、
「――ところでセバスさん、『本当の目的』はなんですか?」
俺は一歩踏み込んだ質問を投げ掛けた。
現状、五大国と神聖ローネリア帝国の関係は『過去最悪』とも言えるレベルだ。
もはやいつ何時『全面戦争』が勃発してもおかしくない現状で、皇帝直属の四騎士がなんの目的もなく桜の国チェリンをうろついているわけがない。
(しかも、たまたま偶然俺たちと遭遇するなんて、あまりに話が出来過ぎている……っ)
狙いはリアか会長か、はたまた俺か……。
ともかく、何かしらの『目的』があっての行動と見て間違いない。
そうしてジッとセバスさんの目を見つめれば、彼は観念したようにため息をこぼす。
「はぁ……。休暇――と言っても、信じてもらえなさそうだね。……正解だよ。君の予想通り、今日は『とても大きな目的』があってここへ出向いているんだ」
「とても大きな目的……?」
「まぁ、なんだ……。こうして大の男が何もせず、ただ素っ裸で話し合うというのは味がない……。せっかくの温泉だし、お互いに積もる話もあるだろう。続きはあそこでしよう」
セバスさんはそう言って、サウナ室を指差したのだった。