17-11 銀角4
戦闘経験だけは多彩な人生を過ごしている。初めてレベルアップしてまだ一年未満ではあるものの魔王を代表とする強敵との戦いはそこいらのビュッフェに負けない。死んでも死なない難敵との戦闘も数多く経験済みだ。
濃い戦闘経験が、兄弟妖怪が用いている偽装工作の正体を思い至らせる。あいつ等は兄弟ではなかったが、兄妹で入れ替わる事により死を回避していた。
「状況が、『永遠の比翼』吸血魔王の計略と重なる」
兄のエミールが妹のエミーラに化ける事により一人二役で正体を欺いていた。『正体不明』スキルありきの不死ではあったが、エミールの女装を看破できなければ吸血魔王を攻略できなかっただろう。
金角と銀角も似た方法を用いているのではないだろうか。
「あそこにいるのが……銀角ではなく金角だとすれば?」
色違いなだけで金角と銀角の容姿はかなり似ていた。正確には、キツネ系の顔のため人間ほどに個体を識別するのは難しい。毛を銀色に染め直せば兄の金角が弟の銀角に入れ替わる事も可能だろう。
もし、金角が銀角のふりをして戦っているのだとすれば、黒曜達は対象を間違っている事になる。銀角を殺しているつもりで金角を殺しているとすれば、嘘をついている事にされている可能性がある。
「言動を嘘に置き換えるという魔王城の能力がブラフで、本当は、嘘の言動をなかった事にする能力だとすれば?」
推測の正しさを証明するためには、隠れている本物の銀角を探し出さなければならない。証明できなかったとしても、本物の銀角を倒せれば魔王城は消えるだろう。
戦場の近くに隠れているはずだ。兄の奮戦を放置して遠くに隠れていられる程に薄情な弟ではあるまい。心情はともかく、兄弟入れ替わりに気付かれていないかが気になるはずだ。絶対にこのあたりに潜んでいる。
「――妖術“招来須弥山”急急如律令」
範囲攻撃はヒントだ。攻撃の範囲外に銀角はいる。
『擬態(怪)』も使う妖怪を探すのは骨が折れる。探索系のスキルを持たない俺が本気で隠れている妖怪を探し出せるのか不安になる。
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“『エンカウント率上昇(強制)』、遭遇を避けたい相手と邂逅できるスキル。
通常エンカウント率が上昇するというよりも、通常エンカウントがすべてボス戦に置き換わる深刻症状を引き起こすスキル。通常エンカウントしないとは言っていない。
家に引き籠っている分には安全。
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「いや、スキルがあったわ」
「……む、キサマは仮面の救世主職っ。どうしてここに?!」
「てか、いたぞ。正面に」
あっけなく、天井の梁の上に潜んでいる妖怪を発見してしまった。俺も隠れやすい場所を選んで進んでいた。考える事は同じだったらしい。
隠れていたのは金毛のキツネ顔。金角の姿だ。
姿は金角であるが、兄弟が入れ替わっているのであれば銀角が兄の姿をしていてもおかしくはないか。
本物の銀角は背中を向けており、首を限界まで回してあんぐりと口を開けていた。不意打ちになってしまったが妖怪相手に正々堂々はありはしない。
腰の瓢箪へと伸ばされた銀角の手を蹴りつけて、背中を突き刺す。
「おのれッ!」
瓢箪を警戒した分だけ突き刺すのが遅れて、ナイフは急所から外れてしまった。
だが、ダメージを負った銀角は床方向へと落下していき、下で戦っていた黒曜達も気付く。
「金角!? 隠れていたのか」
「いいや、そいつが銀角だ」
落ちた銀角を追わずに蹴った瓢箪の回収を優先する。
「こんな宝貝。壊してやる」
「『羊脂玉浄瓶』は貴重な宝貝なのだぞ! やめろッ」
「……なんてな、もったいないから『武器強奪』。いいよな、金角」
「な?!」
キャッチした瓢箪の蓋をさっそく外して、金角へと呼びかけた。
「しまッ」
吸引が開始されるが……これは少々奇妙だ。これまで何度か向けられた事のある宝貝なので使い方を間違った訳ではない。吸引が始まったのであれば正常に機能している。
けれども、おかしい。
名前を呼び、返事をしたのは俺が発見した金角の姿をした銀角の方だった。俺が吸い込みたいのは不死状態にある銀角の姿をした金角の方である。
金角の姿をしている銀角の方が、金角と呼ばれて返事をして、吸引が始まるのはおかしい。
「ぬ、ぬぉっ」
床に爪を立てて耐えようとする銀角であるが、妖怪の『力』は牛魔王のような例外を除いて低い。吸引力に負けて引きずられていく。
「駄目だッ。俺が金角だ」
「よせッ。銀角!!」
もう少しで銀角がつま先から瓢箪に吸い込まれていく。その寸前、先んじて瓢箪へと飛び込んできたのは、銀角の姿をした金角だ。
「さらばだ。兄ジャ」
「銀角ッ!!」
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“『世界をこの嘘言で支配する(銀の特権)』、嘘を極めた怪しげなる存在のスキル。
自分の嘘だけが成立する常時発動スキル。
他人の嘘を許容せず、成立させない”
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弟に発現したSランクスキルを確認した兄は、嫉妬せず素直に喜んだ。
「良いスキルに恵まれたな。他人の嘘を成立させない能力であれば応用が効く」
「兄ジャのスキルも使い道があるではないか」
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“『世界をこの嘘言で支配する(金の特権)』、嘘を極めた怪しげなる存在のスキル。
自分以外の嘘が成立する常時発動スキル。
自分の嘘を許容しないかわりに、他人の嘘をすべて許容する”
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兄弟妖怪はSランク到達と共に、それぞれ別のスキルを発現させていた。
常時発動型であるためオン、オフの切り替えが難しいデメリットはあるものの、効果は強力で工夫のし甲斐がある。が、兄と弟で優劣をつけるならば弟の方が優れている。兄の方は想定外の嘘まで成立してしまい、予想外の結果を招くリスクがあった。
「他人の嘘を許容しないお前のスキルならば、俺がお前の姿に『擬態』する事で不死身となれるやもしれん」
「……それはできない、兄ジャ。兄ジャの『擬態』も嘘と判定される」
「なるほど。良い案だと思ったのだが。いや、入れ替わり程度では安心できんな」
銀角の魔王城の中では、城主たる銀角だけが嘘をつける。兄弟であっても金角の嘘は否定されるだろう。
入れ替わりを実現したければ銀角が金角の格好をする他ない。
「……兄ジャ。俺に『斉東野語』をかけてくれ。俺が兄ジャではない、と言ってくれ」
「なに?」
「俺が俺を兄ジャだと信じながら、俺に『擬態』すれば無敵になれる」
または、銀角が己を金角であると信じた状態で更に銀角を演じるか。心より信じているのだから嘘ではない。嘘ではないが、実質的には銀角が銀角を演じるという奇妙な状態となる。魔王城がどういう判定を行うかは微妙なところである。
「しかし、弟よ」
「頼む、兄ジャ。俺達、兄弟は二人で一人。無敵の兄弟よ」
うまくいけば銀角は弟という立ち位置を失う代わりに、入れ替わりなく無敵の状態となりえる。
弟の提案に、兄は悩みながらも返事をした。
「そうさな、弟よ。俺達は無敵の兄弟よ」