17-6 ギーオスの正体
「――可哀相なオークの戦士ギーオス」
「ッ?! 俺の名前をっ、どうやって」
「お前に憑いている銀髪の子、シャーロットが教えてくれた。お前の右足の前にいるから踏むなよ」
悪霊の事なら専門家のようなものだ。悪霊本人みたいなものなら専門家の範疇だ。仮面で顔を覆っていても意識して無視しなければならない程に見えたり聞こえたりする。
特に、ギーオスに憑いている銀髪の女悪霊は姿が薄れていないのでよく見える。死因を考えれば現世への想いも強く残しているのだろう。
「この詐欺師がッ! 今のお前には顔がある。それでどうやってゴーストが見えるんだ」
ギーオスは右足の少し前を粉砕するために踏み付けた後、俺を殴ってきた。
密かに『擬態(怪)』、も使ったのに速攻で嘘がバレたな。ギーオスの言う通り、今の俺には悪霊は見えていない。『正体不明(?)』を入手する前、それこそレベル0だった頃の俺の顔を知っているギーオスにより顔の穴は封じられている。
ギーオス相手に霊的な手段は使えない。
「そうか。お前は『読心魔眼』を使えたな。それで俺の心を無断で読んで、無遠慮に過去を覗き込んで!」
「妖怪相手には使えなくても、ギーオスには使えるからな」
「俺を言葉で揺さぶって、いい気になったつもりか!」
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“『読心魔眼』、心を見通す妖なる魔眼スキル。
元々は発音器官を必要としない妖精が持つコミュニケーションスキル。相手の瞳の奥に焦点を合わせる事で心の声を聞く事が可能になる。
感情の希薄な純正のモンスターや、モンスターのような狂人的思考の持ち主には通用しないので注意”
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可哀相と言うだけで酷く動揺していたギーオスは、連想的にトラウマを思い起こしていた。俺はそれを眼球越しに見ただけだ。つまり、巨大化して目を見え易くしているお前が悪い。
「だが、一部は本当だ。お前の足元周辺に悪霊の手が伸びていたのは前に見ている。数が多くて恨みの度合いも大きかった。悪霊達はギーオスに喰われた被害者か」
はっきりと見たのは人間族を喰った事があるとギーオスが明かした時だ。目線を背けていたが、もっと前からたびたび、恨み深い悪霊の手がギーオスを引っ張ろうとしている様子を目撃している。
見えていないフリをしていたのはギーオスが恨まれるような奴に見えなかった所為である。が、実際にはギーオスは腕の数に等しい人間を喰っていた。
なお、腕の中にシャーロットがいたかは……腕の本数が多くて不明だ。
「それでも、ギーオスなりの慈悲があったのだろ。そう言ってくれ」
「慈悲だとッ! 馬鹿げている。慈悲深ければ殺されても仕方がないから納得しろというのは、真の無慈悲というのだッ。俺は悪霊の腕が群がっている通りのモンスターだ。それを、お前ごときが可哀相だと? 大概にしろ!」
訂正を求めてギーオスは俺を殴る。
縁のない黄昏世界に召喚されて人類復讐者と成ってまでギーオスが蘇った理由は、俺に訂正させるため、たったそれだけなのだ。
「俺は人喰いオークだ。さあ、憎め! 貶せ! 蔑め! それで俺は黒い海で未来永劫、罪を抱えながら漂流する真っ当な罰を受ける事ができる」
「そんな末路が本当に望みなのか、ギーオス?」
「それだけの事を仕出かした。お前に少しでも慈悲の心があるのならば、俺に喰われた人間族にこそ同情して俺を呪え!!」
ギーオスの言い分は真っ当だ。悪事に対して罰を求めるなど真っ当過ぎて弁護のしようがない。
人喰いオークであると正体の判明したギーオスに遠慮する必要はなく、本人が望む通りに訂正する。それで終わる戦いのはずなのに、俺は――、
「そこまで強がるなら指摘してやるからな、ギーオス、どうして俺に介錯された時に安堵した?」
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“『オーク・クライ』、オークに対する絶対優勢を示すスキル。
オークに対して、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が二倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、オークはスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、ステータス全体が二割減の補正を受ける”
“取得条件。
その一、オークに対して憐憫、憤怒という相反する感情を覚える事。
その二、オークに安堵と恐怖という相反する感情を覚えさせる事”
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「『オーク・クライ』の取得条件が証明している。ギーオス、お前は安堵したんだ」
――ギーオスの罪は十分に分かった。が、それだけではすべてを明るみにした事にはならない。
悪事には罰と呪いが必要だ。そうでなければ悪だけが栄える結果になってしまう。
一方で、悪事以外についても応報が必要なのだ。
「……知らん。別のオークの話だ」
「とぼけるな。俺はお前以外のオークに情けをかけていない。ギーオス以外に該当するオークはいない」
「知らんッ! お前の嘘偽りにはうんざりだ」
むきになって否定しても事実は変わらない。ギーオスは生物すべてが忌避すべき死の瞬間に安堵してしまった。
どうして殺されるというのに安堵したのか。理由は一つしか思い当たらない。
「人を喰い殺す事しかできなかった生き方を後悔したんだろ、ギーオス?」
ギーオスが人を喰っていたのは、過去にオークに弄ばれて殺されたシャーロットへの償いだ。彼女の最後の懇願であった『私を殺して』を愚直に守り続けた結果である。
ギーオス本人が望んで人を喰ってはいないのだ。
「違うッ! 俺は俺が望んだ通りに人間族を喰った。それだけだ!」
「自分を偽るな、ギーオス。お前が本当に望んでいたのは別の事のはずだ」
「分かったような事を言うなッ。お前に俺の何が分かる! 名前も分からなかったお前ごときが、俺の心を知ったように語るな!!」
確かに言う通りだ。少し前まで優太郎と勘違いしていたくらいに分かっていない俺がギーオスに対して大口を叩けるはずがない。心を土足で踏みにじるなど以ての外だろう。
だから、当事者にギーオスの説得を頼もう。
「『既知スキル習得』発動。対象は妖怪職の『斉東野語』」
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“『斉東野語』、信用などあるはずもない怪しげなる存在のスキル。
本スキル所持者の言葉を確実に信じさせない事が可能”
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「正気かっ?! 人間のままでありたいと願っているお前が、人間であるのを捨てるのか」
「名前を間違えていた罪滅ぼしみたいなものだからな。……ギーオス、お前は『俺の顔を覚えている』」
ギーオスの前で顔の穴が塞がる理由は、ギーオスが俺の顔を覚えているから。その前提をまずは覆す。
瀕死のオークが暗闇に立っていた人間の顔を正確に覚えているはずがない。
だから、ギーオスでは俺の顔を塞ぐ事はできない。
このように事実が嘘で塗り替わった。
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▼ギーオス
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“スキル詳細
●人類復讐者固有スキル『人類萎縮権』
●オーク固有スキル『弱い者いじめ』
●オーク固有スキル『耐打撃』
●オーク固有スキル『魔→力置換』
●実績達成スキル『正体不明』(混世魔王オーバーコート中)
●実績達成スキル『正体不明(?)無効(御影限定)』(無効化)(New)
●実績達成スキル『八斎戒』”
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両目の間に悪寒を感じた。
同時に思考が人間離れしていき、悪霊を使役する禁忌に対する忌避感が急激に薄まっていく。
「誰かある。オークの戦士に謝罪する時間だぞ」
復活を果たした顔の穴から発したような声で、俺はギーオスに群がる悪霊に紛れていたシャーロットに向けて呼びかけを行った。姿を視認できずとも、絶対に彼女はそこにいると分かっていたのだ。
俺の力で腕だけ伸ばしているシャーロットを現世へと引っ張り上げる。一時的にではあるが、黒い海からサルベージされた魂は生前の体を作り上げていく。
『――ごめんなさい』
「ッ! 駄目だ。謝るな」
巨大化しているギーオスの足元に現れた銀髪のバトルシスターは涙を流しながら謝罪する。
『ごめんなさい。私の所為で、貴方は人喰いオークになってしまった。私のために、望まない人喰いを行わなくて済んだはずなのに。私が貴方を歪めてしまった。ごめんなさい』
「言うな。い、言わないでくれ。誰の所為でもない。俺が選んだ罪なんだ」
巨大なはずのギーオスが小さな彼女に怯えてしまっている。
『私が、殺して、と頼まなければ良かったのに』
「そんな事を言うなッ!! 俺は怖くて逃げたんだ。俺の指差した方向が悪かった所為でお前はあんな最後を。あの夜に懇願された時、俺は俺の罪から逃げてしまったんだ。だから、俺に謝るな!」
『ごめんなさい。私は貴方の優しさに最後まで甘えてしまった』
「謝るなッ。もう、謝らないでくれ……頼むから……ああっ」
膝を折ったギーオスは額を地面に擦りつけるようにして謝り始める。これ以上、彼女に謝られたら自分を偽れなくなってしまうから。
『ごめんなさい、優しいオーク。私の……甥。お姉様の子』
だが、彼女の謝罪は続いた。謝意だけで悪霊となっていた彼女の言葉を止められるはずがない。
ビクりと大きく震えた後、ギーオスの体が縮小していく。
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▼ギーオス
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“スキル詳細
●人類復讐者固有スキル『人類萎縮権』
●オーク固有スキル『弱い者いじめ』
●オーク固有スキル『耐打撃』
●オーク固有スキル『魔→力置換』
●実績達成スキル『正体不明』(無効化)(New)
●実績達成スキル『正体不明(?)無効(御影限定)』(無効化)
●実績達成スキル『八斎戒』”
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「あ、ああ……あ……ああああああアアアア?!」
とうとう、人類復讐者の『正体不明』を突破して、ギーオスの正体が暴露されたのだ。
「……本当は、助けたかった。助けてやりたかった。助けてやれなかった。だから喰うしかできなかったんだ。くそ」
『分かっていました。それなのに、ごめんなさい』
「俺はなんでこんなに……弱いオークなんだ。誰も助ける事ができないなんて、あんまりだ……。くそ、くそ」
ギーオスの正体は、誰も助ける事のできなかった弱いオークだ。