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黄昏の私はもう救われない  作者: クンスト
第十七章 天へと届く虚言の城
197/232

G-2 誇り高きオークの悲嘆

筆が乗ったので続き投稿しましたー。

「私達は数か月前に行方不明になったお姉様を探しているの。名前はラーラリア・ララ・リテリ。知っていて? モンスターの低能でも覚えられるくらいに美人で私似だから見ていれば思い出せるはず」


 草木で見えづらい場所に存在する小さな洞窟とさえ呼べない地面の裂け目。身を潜めて体を休めるには丁度良く、偶然発見してからは時々利用している。

 まだ立場の弱いオークなので、集落の他のオークに奪われないように見つけたアイテムや食料はここに隠している。もちろん、いつかは発見される事を前提に、似たような場所に分散して隠しているが。

 財産と呼べる程の物は存在しない。保存食代わりのどこぞの魔物の大腿骨。以前の集落――別の魔族との抗争で崩壊して引っ越し――残骸から集めた布切れや装飾。人間族の冒険者が落とした用途不明の物品。まあ、ゴミばかりだ。


「この冒険者用の保存食、舌がピリピリしますけど腐っていません? 他にないの」

「シャーロット様。オーク相手に贅沢を言っても」

「メーアを動けなくしたのですから、このくらいの補填はしてもらわないと!」


 現実から目を背けてもキンキン響く声は聞こえてしまう。

 どうして、人間族のメス共は自分について来ているのか分からない。


「このオークとかいうモンスターも話せば分かるかもしれないわ」

「人語を理解するモンスターは魔王の配下か、長年を生きる特別な魔族だけです。オークが分かるはずがありません」

「でも、強いメーアを倒すくらいだから、きっとこのオークも特別なのよ。そうよね?」


 知らん。喋っている内容はまったく何も分からない。

 そう言ってやりたいが人間族の言葉が分からないため何も言えない。さっさと出て行けと牙を見せて威嚇する。


「こわッ」


 驚いてはいても出て行かない。何故だ。


「……このオーク、怖いけど、怖くないのよね。どうしてだろう??」


 面倒なので叩き潰すべきであるものの、いや、違うな。面倒だから安直な行動を起こせない。

 渋々と我慢して口をつぐみ、戦いの傷を癒すだけだった。




 体を癒すのに二日もかけたが、休んだ甲斐かいがあり傷は癒えた。斬られた肩も、ナイフで突かれたももふさがった。


「薬草も使わず、丈夫な体ね」

「……フン」

「あ、水をんできてくれたの。ありがとう」


 世話してやっている訳ではない。

 脆弱な癖に勝手に外へと出て行かれて近場でモンスターに狩られては、連鎖的に隠れ家に休んでいる自分まで発見されかねない。それだけの理由で水を持ってきてやっただけだ。他意はない。


「シャーロット様の言う通り、このオークは珍しいモンスターなのでしょうね」

「メーアの傷もかなり治ったわね。これならお姉様をまた探せるわ」

「……いえ、シャーロット様。やはり、私だけでは護衛は不十分でした。魔界を無事に捜索できません。国に帰りましょう」


 脆弱な方のメスが戦士の方のメスと言い合いになっている。脆弱な癖に口ばかり動く。


「お姉様が困っているかもしれないのに! メーアまで皆と同じような事を」

「比較的浅瀬の魔界とあなどった私がオークに敗北する有様です。どうか、考えを改めていただけないでしょうか?」

「絶対に嫌!」


 勝手に外へと出て行くなと何度も伝えようとしているのに、覚える気配がない。今も出て行ってしまう。不満を顔に出しながら、自分の安全のために追いかける。


「私が追うべきなのでしょうが。どうしてでしょう。アナタなら任せられる気がします。シャーロット様をお願いします」

「フンっ」


 だから、言葉は通じないと言っている。頭を下げられたからといっても何も分からん。




 わきまえているという言い方は不適切だが、脆弱なメスは裂け目の近くにいた。

 遠く離れられるだけの勇気がないだけの事でしかない。弱い奴が弱気に行動する。当たり前過ぎて特別な感想すら浮かばない。面倒だとは感じている。


「お姉様は勇者パーティーに参加していたの。私と違ってレベルも高くて。でも、魔界の探索中にはぐれて行方不明になったって」


 樹木に体を預けて腰掛けたまま人間族は喋っている。意思疎通できている気になっているのだ。

 まったくの見当違いだが、訂正する方法すらないのだから困ったものである。


「私はお姉様を探しにきたの。皆はもう生きてはいないって言うけれど、もし生きていたら助けてあげたいって。でも……、本当は私だって生きているなんて信じている訳じゃなくて、ただ諦められないだけなのかも」


 オークは戦士として優秀だ。それはスキルからも証明される。


==========

“『弱い者いじめ』、弱者に対して強くなるスキル。


 本スキル所持者のレベルが対象よりも大きい時、『力』が一割増す”

==========


 『弱い者いじめ』により確実に弱い相手を判別できる。弱者との戦闘を避けて(・・・)、強敵と戦い続ける事ができるのだ。

 『弱い者いじめ』はこの人間族が弱いと判別している。戦士ではない。強者こそが正義たる魔界にまったく似つかわしくない間違った生き物だ。


「せめて遺品があればって。遺品探しのために死ぬ思いをするなんて、私間違っているよね」


 このメスは魔界では生きられない。即時、出ていくべきだ。幸い、自分との戦闘で負傷していた戦士の方のメスは回復している。帰還は叶うかもしれない。

 結論が出たのであれば行動するだけだ。

 脆弱なメスの腕を引っ張って裂け目に連れ戻す。


「ねぇ、ちょっと急にどうしたの?!」


 拾ったアイテムの中には人間族の装備も多い。ほとんどは使い物にならないだろうが、一つや二つは無事なものもある。生還の役には立つだろう。

 人間族二人に、そういったアイテム類を押し付けた。選別はお前等がしろ。そこまでは面倒見切れない。



「ゴミを渡してきて何が……えっ、これってバトルシスターの専用アクセサリー。しかも名前が。嘘、まさか!?」



 受け取ったのであれば止まっていないで外に出て行け。

 そして、二度と魔界に戻ってくるな。

 裂け目から二人を追い出して、魔界の外の方角を指差す。知っている限りでは一番安全な方角ではあっても、実際に帰還できるかは二人の『運』次第だ。


「シャーロット様。目的は果たされました。さあ、帰りましょう」

「うん、メーア。ありがとう、優しいオークっ」

「フン」




 ここ数日を無駄にして気分が悪いというのに機嫌はそう悪くない。自然と口角が上がって牙が隠れてしまうのが気に入らない。

 病み上がりの体を慣らすために他種族のモンスターと数度戦いを終える。久しぶりに集落に戻ったのは夜になってからだ。

 数日とはいえ無事に壊滅せずに元の場所に存在した故郷では、楽しげなうたげが行われている。過去には肉付きの良いモンスターを仕留めた時に行われていた記憶もあるが、記憶よりも集落のオークは興奮している。

 守りもおろそかな事に警備もいない。


「ふん、歩哨のサボりか」

「てめぇは……ギーオスか。顔を見せねぇから死んでいたと思っていたぜ」


 集落の中心付近に来て、ようやく顔見知りのオークを発見した。


「今夜は騒がしいな。こんなにさわいでいると他種族に集落を嗅ぎ付けられるぞ」

「仕方ねぇって。久しぶりに綺麗で美味い獲物を捕らえられたんだ。何匹も殺されたらしいが、どうにか生きて捕まえたってよ」


 やはり大物を捕まえたらしい。相伴しょうばんに預かれるとは思っていないが、純粋な好奇心によりどのくらいの大きさなのかは見ておきたかった。



「――馬鹿な奴等らしくてよ。弱い奴を連れていたから、そっちを狙ったら簡単だったって。クソがよ、俺も狩りに参加しておきたかったぜ」



 規模の大きくない集落だ。中心部で行われる宴の様子くらい遠くからでも分かる。

 だが……分からない事がある。


「弱い奴を、連れていた??」

「ああ、戦士か騎士かは知らねぇが。そっちは酷く抵抗したからもうやっちまったらしいぜ」


 何故、収穫祭だというのに焚火であぶられている大型魔物の肉が無いのか。

 何故、代わりに片腕と半身を失った裸体ではりつけにされた顔見知りの――がいるのか。

 何故、脆弱な方のもう一人は、倍は大きいオークに――ているのか。


「ぎゃはは。興奮し過ぎて殺すなよ。人間族は弱いんだから丁寧に扱って」

「早く変われって、なぁ?」

「そっちの方は……誰だよ、死んでんじゃねぇか! ああ、勿体もったいねぇ。下の方を後で貸せよ」


 分からない事だらけだ。

 分からない事だらけなのに、焚火に照らされた顔が自分へと向けられたのは分かる。

 分からない事だらけなのに、瞳孔の開き切った目が自分を見ているのだけは分かる。

 分からない事だらけなのに、口の動きが読み取れてしまう。


 分かりたくない事なのに、その人間族が『私を殺して』と懇願こんがんした事だけは理解できてしまう――。




 戦士の種族であるはずの自分が、脆弱な人間族のメスの顔が恐ろしくて集落から逃げ出した。

 戻って来られたのは朝露が発生した頃。覚悟していた通りに、もう全部終わっていた。

 脆弱な人間族が興奮した多数のオークに襲われて一日耐えられるはずがなかった。夜の内に死んでしまい、肉も骨も、すべて喰われてしまったらしい。

 まだくすぶっている焚火のそばで、震えながら無意味に立ちすくんでしまう。

 しばらくの後、最後に脆弱な人間族のメスを目撃した付近に膝をつけ、血や体液で湿しめった痕跡へと両手をついた。


「お、オぉ。おおおおおオオオオオッ!!」


 き止める事のできない感情が体を動かした。まさか、感情で涙が溢れ出てくるなどとは、自分がこんなに感情豊かだったのかと心底驚く。


「間違えた。自分は……俺はッ、間違えたッ!」


 オークごときに追い詰められた二人だった。魔界から脱出するなど到底不可能だったのだ。


「あの場で、殺してやるべきだった。俺が殺してやらねばならなかったッ! 殺してやらなかった所為で苦しい最後を強制してしまったッ!!」


 後悔が目や鼻や口からあふれてしまい、どうにも止められない。

 オークは戦士の種族だと浮かれていたのは俺一人だけだった。俺は馬鹿なオークだ。俺の判断ミスにより苦しんで死ぬべきではなかった脆弱な者が酷い最後を迎えてしまった。


「逃げてしまったッ。逃げてはならなかった!!」


 せめて、昨晩の内に願い通りに殺してやる事ができれば違ったのだろうが、その最低限さえ果たせてやれなかった。

 情けない己に落胆して涙が止まらない。

 苦しみを共感して涙を止められない。



「俺はもう間違えないからッ。許してッ、お願いだ! 許してくれ!!」



 もう肉片しか残っていない彼女達へ向けた誓いは、死ぬその日まで決して破らなかった。

 人間族殺しのギーオス。

 一人占めのギーオス。

 喰い方が汚いギーオス。

 そう集落のオーク共には呼ばれていた。発見した人間族は絶対に逃がさずに殺して、他のオークには決して分け与えず、死体も遊ばれないようにすべて喰いくしていたためにいつしか呼ばれていた。

 特にメスの顔は潰してから喰うため変わり者と呼ばれていた。感情豊かな人間族の顔は変化を楽しむものだとオークはのたまうが、顔を残したままでは彼女の絶望した顔を思い出してしまい、吐きそうになって喰えたものではなかった。

 異母兄弟などは「いいじゃねぇか。強いオークが手柄を独り占めするってのは!」と勝手に勘違いしていたようだが、訂正は行わず、ただ人間族を殺害し続けた。


「お願いだ。殺さないでくれ!」

『私を殺して』


 人間族とのエンカウントを重ねて、いくつかの台詞を覚えたが無視した。

 ……俺が見逃した場合、お前は後であの脆弱なメスと同じように絶対に後悔するのだ。


「モンスターめ! そんなに人間族を殺して楽しいか!」

『私を殺して。私を殺して』


 楽しいかどうかは無関係だ。

 ……俺がもう後悔しないために、必死なだけだ。


「いやッ、助けて!」

『私を殺して。私を殺して。私を殺して』


 今更な救命懇願だ。魔界に来た時点で命はない。俺に殺されるようでは、やはり助からない命だ。

 ……俺は助けられる程に強くないから、殺す以外に手段がないのだ。



『私を殺して。私を殺して。私を殺して。私を殺し私を殺私を私を殺私を殺して殺して私私私殺殺殺私殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺して』



 彼女の表情、彼女の口の動き、彼女の絶望した目が脳裏に焼きついて離れてくれない。

 あるいは……本当に、彼女が耳元でささやき続けているのだろうか。いや、間違いなくそうに違いない。

 あの夜、なさけなく逃げた俺は呪われるべきオークなのである。





 人間族を殺して喰い続けた俺の結末は、地球とかいう禁忌の土地への追放だった。異母兄弟との確執かくしつなど紆余曲折あったが、要約すれば俺は他のオークにうとまれた。罪深き俺の最後に相応しいものとなったと言える。

 追放直後に冷たい川に着水して、訳も分からない内に背中に致命傷を受けた。

 激痛はすれど簡単過ぎる最後に拍子抜けだった。あるいは、どことも知れない世界でゴミのように朽ち果てて死ぬ。これが、運命が下した俺への罰なのだろうと受け入れた。


介錯かいしゃくぐらいはしてやるか」


 ……いや、早とちりだ。

 今際に現れたのは散々喰い散らかした人間族だった。性別は異なるが、あの脆弱なメスと同じくらいに弱々しい男が瀕死の俺を見下ろしている。

 愛用していた槍を構えて穂先を向けているのでトドメを刺すつもりだろう。この最後も因果応報だ。戦士に憧れた俺が戦士ではない人間族に殺されるなど当てつけが酷くて、ああ、まったく悪くない。



「……化物だからって理由で殺す訳じゃないぞ」



 人間族の呪いの言葉は覚えたつもりでいたのに理解できない。冷静になって考えればここは異世界だ。分からなくても仕方がない。

 どうせ俺を太った醜い化物とでもののしったのだろう。そうに違いない――。




 ――これで終われたと錯覚した後に落胆させられた。

 死した後に黒い海に沈む寸前に、人間族の男の言葉の意味を理解してしまった。魂となり肉体の壁や言葉の壁が解かれたためか。あるいは、これも復讐の一環なのか。

 死んだくらいで楽になれるなどとは、俺の罪はそんなに軽くはない。

 黒い海で永劫を彷徨う悪霊となる事が罰かとも思われたが、俺に下されたのは別の運命。死んでも死に切れない疑問を抱えた俺の悲嘆は、更なる異世界でようやく解消されるのだ。




 にくし。

 憎し。

 憎し。憎し。憎し。

 憎し。憎し。憎し、憎し、憎し、憎し――憎し、か……。

 見知らぬ場所で我が身はがされた。追放された先での仕打ち、それは仕方あるまい。そうと分かっていながら我は忠言し、そうなると分かっていた通りに追放された。されど、我が最後には疑問が残る。

 我が身が受けし苦悩は炎。親類に追放された後、我が身を焦がした炎。

 だが、その結末には……疑問が付きまとう。



「何故、お前は俺をあわれんだ? 同情した? 太った醜い化物と罵らなかった?」

『私を殺して』

「俺はあの夜に逃げ出した薄情なオークなのに。殺してやれなかったオークなのに。決して哀れまれるようなオークではない」

『私を殺して』

「同情されるべきオークではない! だというのに何故だ! 何故、お前は俺を哀れんだッ!!」



 我が名は……ギーオス。オーク唯一の戦士、ギーオス。


 善く行くものは轍迹てっせきなし。我が疑問に答えて見せよ人類よ。我は我が憎悪さえ炎にくべる。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
リテリさんとこ王族だけあって兄弟多いな。そして行動的なのも共通か。 漫画でも小説でもオークが暴れてる、オークの週だ
まさか川辺でエンカウントした一般オークだと思っていたオークにこんな過去があったとは...死は救済的な感じで殺してるから神仏適正があったのだろうか?人間に意図せずして呪われてるあたりどこぞの龍神に近いよ…
 ギーオスさんは戦闘中に三〇歳の誕生日を迎えオーク・ワイズマンへクラスチェンジを果たす展開に一票。
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