18話: エピローグ 〜へたくそ〜
✳︎この物語はフィクションです
結局あれから、すぐにチーナを病院に連れていった。
俺の威嚇を受けて、あいつらは相当怯えていたようだ。
佐々木なんて、しばらく座り込んでいた。
「漏らしたのか?タオルいるか?」
と総司が追い討ちをかけていたのをぼんやりと覚えている。
こんな威圧的な対処、後々の軋轢に繋がりそうで避けていたのだが、後悔はしていない。
病院では塗り薬を処方されたくらいで、幸いにも大した事は無かった。
今は帰って来て、俺の部屋の寝室で、ベッドに隣合って腰掛けている。
『ごめんな、チーナ。今日はこんな事になっちまって』
おもむろに俺は口を開く。
この部屋に入ってから随分と重い空気がのしかかっていたため、この言葉を捻り出すのは中々に大変だった。
でも、俺から言わなければならない事だ。
クラゲの件もそうだし、要らぬいざこざに彼女を巻き込んでしまったのは俺だ。
アンチ連中も許せないが、俺の落ち度であることも間違いない。
『何ともないよ。クラゲは痛かったけど、ヨリがちゃんと処置してくれたし。喧嘩の方は、私にも原因があるんでしょ』
そう言って、俺に優しく笑いかけてくれるチーナ。
『海、嫌いになったか?』
『ううん。多分、大丈夫だよ。気持ちよかったし、来年も行きたいな』
子供がクラゲに刺されて、以来海が苦手になる事は良くあること。
密かに心配していたのだが、気を使って言ってる風でもないし、大丈夫そうだ。
多分、チーナは見た目より根性ある奴なんだろう。
すると不意に、俺が膝に置いていた手が温もりに包まれる。
驚いて見ると、チーナが俺の手を握り、まっすぐ見つめていた。
チーナほどの美少女の上目遣い。
俺の心臓は思わず、ドクンと跳ね上がる。
『ねぇ、ヨリ』
『……どうした?』
それでも何とか顔には出さず、話しかけて来たチーナに応じる。
何か、聞きたいことでもあるのだろうか、心配そうな表情だ。
『教えて欲しい、ヨリはどうして、皆から……その……嫌われているのか』
言葉を濁そうとしたのか少しどもりつつも、結局ストレートに聞いて来た。
そう、俺はまだ彼女に、自分の境遇を詳しくは話していない。怖かったから。
転入した頃から、ずっと気になってはいたんだろう。
ただ、俺が言いたくないのを何となく察してくれていただけだ。
それでもここまで来たら、お互いに聞かない訳にも、答えない訳にもいかない。
『お前にとっては、嫌な話になるけど……』
そう言って、俺はおもむろに話し出した。
詩織が俺を嫌っていること。俺の評判を下げようとしていること。それは母の教育の影響であること。
姉であり、母から褒めちぎられて育った彼女にとって、俺はいつでも劣った存在でなければ許せない。
初めのうちは、俺も否定しようともがいていた。だが、中学の頃にその方法は諦めた。
父の頭の良さと、母の容姿と運動神経、全てを持って産まれた詩織。対して、目立つ長所がある訳でもない俺。
周りがどちらを信じるか、それは火を見るより明らかだ。
『母が俺を嫌っている理由は、正直まだ分かってない。もともと芸能人で、妊娠を機に引退したって聞いたから、その辺りが関わってそうな気はする。父が離婚しなかったことも含めて』
『そう……なんだ』
『今の状況を変えるために、考えてる事はある。けどそれは、母や姉との関係を改善しようってものではない。こんな俺に、お前は怒るだろう?』
身寄りが全員居なくなって、独りになってしまったチーナ。
家族の大切さを一番分かっている彼女は、家族と仲違いしたままの俺をきっと………受け入れられない。
俺の話を聞いて、チーナは少し考える素振りを見せる。
そして、数分考えた後、おもむろに口を開いた。
『私はね、許せないよ』
やっぱり………。
分かってはいた事だが、直接言葉にされると辛いものがある。
もうこれで、チーナからの信用はなくなった。
そう思った時だった、
『私は許せない……あなたのお母さんを。そしてお姉さんを』
『え……』
思ってもいなかった言葉。
チーナが許せないのは、俺であるはずだったのに。
今まで片手で握ってきていた俺の手を、今度は両手で握りしめてくるチーナ。
その表情に、嘘が介在する余地は無かった。
『きっとヨリは、お母さん達とのことも考え続けたはず。それにヨリにも、誰にも負けないくらいいい所が沢山ある。そんな事も分からない人達となら、仲良くする必要なんてない!』
『……怒らないのか?』
今まで俺を肯定してくれる奴は、同年代にはいなかったのに……
『怒るわけないよ』
こんなにも真っ直ぐ、俺を信じてくれる。
『だからヨリは、もっと自信をもって』
こんなにも、こんなにも優しい子が、俺を見てくれている。
涙が溢れた。
見られたくないから顔を背け、俺は何とか嗚咽を抑えながら、
『ありがとう』
そう伝えるのが精一杯だった。
すると、チーナがすっと立ち上がって、腕を広げて来た。
『私はあなたを信じてる。私はあなたの味方だよ。だからヨリ………ちゃんと挨拶、しとこう。"これからもよろしく"って』
『……あぁ、そうだな』
これは断れない。断っていいはずが無い。
俺は涙を拭ってチーナの前に立ち、彼女の目をしっかりと見つめる。
お互いに、自然な笑みがこぼれた。
まずはいつもどおり、チーナから。
ちゅっ…っと、体を寄せて頬を擦り寄せ、耳元でキス音を奏でてくれる。
そして、俺の番。
緊張は、不思議と無かった。
彼女の肩に手を置き、頭を下げて俺の左頬を彼女の左頬に触れさせる。
そして、
ツッ!
あ……音が出なかった。
それでも、顔を離した彼女は、今までに無いほど綺麗な笑顔を俺に向けてくれた。
『もう………へたくそ』
宜しければ、ブックマークや評価☆を宜しくお願いします!
少し短いですが第一章、完………ということで、お読みいただきありがとうございます。
第二章?もちろんあります。
ボチボチ詩織姉さんとの対決も始めていくつもりです。
それでは、今後ともよろしくお願い致します!