表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/48

海軍本部 Admiralty

 毒にも薬にもならぬ凡庸な貴族士官ではあったが、海軍本部での必死の猟官運動がようやくに実ったのか。あるいは宮廷の有力者から寄せられた「なんとかならないかね」という無形の圧力に人事課が屈したのか。或いは、毎週のように顔を出すピアソン大尉の陳情に担当者が辟易していたのかもしれない。


 いずれにしても、王立海軍に属するジェームズ・アーサー・ピアソンが艦長として初めての船を与えられたのは、首都ログレスの海軍士官学校を卒業してから9年目のことであった。

 28歳で大尉というのは、士官学校の卒業者としても早いほうであったが、これは彼が特別に優秀なことを意味してはいない。現時点では、アルゴン男爵という身分に対する海軍本部の忖度に過ぎないことを誰よりも彼自身がよく知っていた。


 グラナダ級は、800年前までは王立海軍の航路警備で主力の地位であった形式で、2700年前のパラス海賊戦役でも大いに活躍した傑作雷撃艇だが、1400年前にホーネット級(維持コストが僅かに安く、乗組員が僅かに少なく済み、僅かに整備しやすく、グラナダ級とほぼ同程度の戦闘力を持っている)が開発されてからは徐々に新型に切り替えられて、現在の中央星域では殆ど見かけることもなくなっていた。


 とは言え、辺境星域の誰も知らないような惑星の守備隊に配備された等級外の老朽艦ではあるが、それでも船は船。艦長は艦長である。

「古強者か!素晴らしい!」

 待ちに待った艦長着任への辞令を受け取ったピアソン男爵大尉は、きっと脳みそが茹で上がっていたのだろう。人生の絶頂期が訪れたかのように鼻歌を歌いながら官舎の荷物を纏めると、これまで在籍していた海軍本部の資料整理第3課(平穏を望む退役寸前の老士官や、あまり使い出のない貴族士官などが配属されている暇な部署でもある)へと踊るような足取りをしつつ離任の挨拶に赴いた。


 ここで一つピアソン大尉の名誉のために告げておくと、彼は無能からは程遠い人物であり、本来は軽佻浮薄な人柄でもない。

 海軍本部の資料整理課には、尖った得意分野や際立った特性は持たないものの、標準的な能力を持ちうる士官たちが普段からプールされており、危急の際に人手の足りない部署へと急遽配属されるという慣習が王立海軍には存在している。

 前線でも、後方でも、小型艦艇の艦長となっても、大型艦の士官であっても、事務官でも、陸戦の指揮官など、どのような任務に廻しても無難に使えると言うのが、海軍本部での閑職部署についている士官たちへの評価であって、海軍本部の資料課にいたと言う履歴は、野心に乏しい傾向はあるものの、特に人格にも能力にも問題がない士官だという証明書でもあった。


 その為、資料課の同僚たちは、無難で安全、そしてさほど忙しい訳でもない後方の部署を好き好んで離れ、危険な蛮地に赴こうというこの貴族士官に対してやや奇異の視線を向けたけれども、男爵の冒険する度胸に対して敬意を表して、賑やかな壮行会で送り出してやったのだった。



 HMS一億隻。俗にワンハンドレッドミリオンシップスと呼ばれる王立海軍ではあるが、当然ながら士官の人数に比べれば、宇宙船はその数が限られている。

 此処で重要なのは、王立海軍(Royal Navy)においては艦長には自身の船における海尉の任命権が与えられているということと次いで船内における海尉の序列決定権を握っているという事実で、ログレスでは伝統的に王立海軍の船長や士官、航海士は高い社会的地位をもって尊敬される職業であり、宇宙艦隊は勿論のこと、反重力装置を設けた航空戦艦や海上艦、砂上船の士官職ですら、人々の敬意を受け取ることができるのだ。


 しかし、貴族から市民、士族、平民から領邦民、連邦諸国や同盟国、その他の外国人にノマドや宇宙放浪者、無国籍者までもから志願を受け付ける王立海軍においては、士官職。特に宇宙艦隊のそれは大変に人気職であり、艦長ともなれば普通、売り込んでくる知己の士官や下士官に困ることはない。

 本来、艦隊勤務を積み重ねてきた士官であれば、副艦長たる一等海尉は勿論、掌帆長ボースン掌砲長ガンナーなどが務まる熟練下士官の一人、二人は心当たりもあろうものが、悲しいかな。これまで海軍本部で事務仕事に励んできたピアソン大尉にはとんと心当たりがなかった。


 それでも、ピアソン大尉の艦長任命をどこから嗅ぎ付けたのか。真っ先に彼の住む高級官舎を訪ねてきたのは、マーシャ・ソームズ中尉だった。

 小柄な女性士官。士官学校で二年下の後輩であったソームズは、官舎の玄関口に迎え出たピアソンに対して人懐っこい笑みを浮かべて敬礼する。

「艦長、ピアソン大尉殿」

 ソームズ中尉の抱えているのは、海軍公報ガゼット。王立海軍における人事が記載されている海軍刊行の月報である。勿論、等級艦だけで1億隻。等級外の小型艦艇や跳躍機能のついてない恒星系内専用の艦艇、各惑星に配備された航空、陸上、水上、水中艦艇まで含めれば、何億隻になるとも知れない王立海軍の全人事など書ききれる訳がない。ただでさえ、同盟国や属領の補助軍、現地兵に傭兵まで含めた王立陸海軍の総兵力は数えきれないほどに膨大であり、一説には、王国市民の総数より多いとさえ言われているのだ。


 為に、主として惑星ログレス内の士官たちの異動と昇進、降格。退役や懲戒、それに大規模な艦隊の配置転換や提督、艦隊卿などの叙任のみが書かれているペーパー誌なのだが、それでも知己やら顔見知りの動向を気にするのは、海軍士官にとって癖のようなものであった。その海軍発行の官報でピアソンの名前を見つけたのだろう。

 実のところ、毎月、真っ先にピアソン大尉の名前を探していたソームズ中尉は、そんなことはおくびにも出さず、月報を片手で握りしめながら、この上なく嬉しそうに微笑んでいた。

「(海尉の)枠は、まだ空いてるでしょうか?」

 尋ねてくるソームズ中尉に、ピアソン大尉は大きくうなずいた。

「勿論だ。歓迎する」


 さてピアソン大尉の私室に招かれたソームズ中尉だが、彼女にとって残念に思うべきか、それとも安堵するべきか。この先輩の部屋には、使用人が控えているために二人きりという状況はあり得なかった。

「きっと艦長に。それも宇宙艦艇。でも先輩だったら艦長になると思っていましたよ」

 遠慮なく上官の部屋に入り込みながら、振り返ったソームズ中尉が嬉しそうに言った。

 まったくの他人が耳にすれば、ソームズ中尉を鼻持ちならないおべっか使いとでも思っただろうが、彼女は心の底から本気で言っていたし、ピアソン大尉もそれを承知していた。

 目をかけている後輩に我が事のように喜ばれれば、ピアソンとて悪い気はしない。

 王立海軍での出世は、大規模な戦役の勃発した時期は別として(例えば、ヴォルガや大カペーといった数十万隻を動員できるような列強相手との衝突ともなれば、戦域エリアにおける海尉の先任序列には当然に巨大な空白が生まれることとなる)基本的に出自や宮廷とのコネがものを言った。


 平民出身の提督や将官もいない訳ではないが、貴族や市民に比べれば数はさほど多くはない。海軍一家でもない限り、貴族や士族に比べれば、出世競争はかなり不利である。元々の人数は、貴族のほうがずっと少ないにも関わらずだ。

 そして外国人や無国籍、ノマドやドリフター出身者が王立海軍で出世する為には、さらなる努力と幸運が必要とされた。特に提督になるには、最も優れた貴族士官たちにも匹敵するだけの戦功を求められる。


 ソームズ中尉はノマド出身とされている。少なくとも両親はそうだし、本人にもノマドの出を意味する所属氏族と生まれた宇宙船番号を表す鮮やかな蒼の刺青が頬や腹部、脹脛、右肩の4か所に刻まれている。白子のように透明な肌は、数万年を宇宙船で生活してきた一族に顕著なメラニン色素欠乏の遺伝的な特徴だし、頬に入れてある奇怪な刺青は所属氏族を表している。宇宙船の中で代々生まれ育ってきたノマドや宇宙放浪者特有の惑星生活者には奇妙に映る容貌も、だが、本人に自分がノマド出だという意識がどれくらいあるのかは怪しいものだった。

 ノマドとは、銀河系各地で惑星や鉱山プラントを荒らしまわる宇宙の騎馬民族とでも言うべき宇宙船生活者の集団であるが、二十年ほど前、二万隻ほどの極めて大規模な氏族連合が王国の一部領域に侵入した。

 列強の宇宙艦艇のそれより強力で操船技術も優れたノマドは、王国の辺境をさんざんに荒らしまわったが、(そしてその主力はなおも健在で暴れまわっているのだが)、王立艦隊がただやられる筈もない。捕捉されて殲滅された氏族や、大人しく降伏したノマドの集団も千隻単位で存在していた。

 ソームズ中尉の両親は、真っ先に王国に投降した集団の一員で、本来は艦艇を没収されて廃棄コロニーに流刑される筈だったが、辺境星域での資源分布図を手土産代わりに海軍当局に取引を申し込んだ。

 辺境のそれでも暮らしやすい惑星の二等市民となった両親は、それまでの技術や知識を生かして小惑星での採掘事業に従事し、ちょっとした財産を築き上げることに成功すると、子供には自分たちと違う生き方を歩ませようと考えたらしい。

 まだ幼い娘を王都ログレスのパブリックスクールへと送り込んだのだった。


 さて、今まで暮らしていたのとは全くルールの異なる世界にたった一人で放り込まれ、何もわからずに右往左往するマーシャ・ソームズの面倒を気まぐれで見てやったのが、当時のパブリックスクールで上級生であったジェームズ・アーサー・ピアソン士爵(当時)であった。

 ノマド出身という出自を鑑みれば、ソームズ中尉の出世はおそらく頭打ちに違いない。宇宙船の操縦技術や修理修繕に多少の自信はあっても、並み居る秀才や天才を押しのけて戦功を立てるだけの才華が己にあると思い込めるほどにソームズ中尉は自信家でもなければ楽天家でもなかった。

 まして王立海軍には、貴族や郷士。そしてなにより代々の海軍一家出の優秀な士官たちが綺羅星のごとくひしめいており、虎視眈々と正規艦長ポストキャプテンや提督、艦隊卿(Fleet Lord)の座を狙っているのだ。


 とは言え、宇宙艦隊勤務の海尉というのは、これはこれで大したものである。

 王国各地に士官学校は数あれど、ログレスの王立士官学校は最難関の一つで、ピアソンの有形無形の助けがあったとはいえ、これを卒業できたのは、マーシャの頭の出来を考えると、奇跡や偶然の類とまではいわないが、紛れもなく一生の幸運であったに違いない。

 ログレス国籍を持つ士族や市民でありながら、何十年、何百年と士官候補生で燻っている先達がいることも鑑みるに、22歳で少尉。24歳で中尉という地位は、生まれながらの財力に努力できる環境と伝手が合わさって、十分に恵まれた境遇であるに違いなかった。


 ピアソン大尉は、3D立体紙製の星図を自室の机の上に広げた。

 空中にペンで書き込むと、コンピューター上にも記録が残る仕様の星図に伝統のコンパスを動かし、跳躍と重力帆を使っての速度を計算しつつ、ログレスから目的地への航海日数を割り出そうとする。

 配属先はログレスから2万8000光年。寂れた星域の有人惑星であった。

「配属先だが、ザラだ。知っているか?」

「聞いたこともないです」ピアソン大尉の質問にソームズ中尉が応えた。

 お互いにそれほど才気煥発といったタイプではないので、黙ってデーターを調べ上げる。

 ログレスから一般客船で片道3か月。砂と岩だらけでレアメタルが産出され、呼吸できる大気も有していた。

 ザラ開発公社と総督府が治めている。元は不法採掘業者の子孫が、いつの間にかなあなあで現地人化して自治政府の議会を立てており、一定の権限と領域を有している。

 犯罪者集団が土着化し、原住民として総督府を仰いでいるところは、如何にもログレスらしい政治的手腕の結果なのか。原住民がやり手なのか。一応、王国の辺境領邦として成立し、ログレス連邦の一部を構成していた。

 小なりとはいえ、星間航路を守るための鎮守府が置かれており、ピアソン大尉もそこに属することになる。

「人口は……3000万?ふむ」

 データーを読み込んでいたピアソン大尉は、少し意外そうに眉をピクリと動かした。

「……地下都市が発達してるな。

 生活はひどいもの。でもないのか。総合生活水準C-2」と言葉を続けるピアソン大尉。

「……あれ、意外と悪くないですよ。むしろ、かなりいい」とソームズ中尉がいった。

「Cだからな。それに民衆の生活水準で中央値が-2だ。

 かなり豊富な地下水脈もあって、大気もある。動植物も口に入る」

「廃棄コロニーなんかに比べれば、うむ。参考記録でも地表を普通に人が歩いています」

 赴任先がそれなりに過ごしやすそうな惑星であるのは、二人の青年士官にとって吉報であった。



 ログレスの首都惑星は、王国と同名の惑星ログレスであるが、惑星上に広がる行政区画はキャメロットと呼称されている。

 伝説の都から名付けられた王都キャメロットは、その行政区画内に1億4600万人の人口を抱え、広大な領域には、網の目のように交通網が張り巡らされていた。政治的にはシティを含む複数の区画に分割されており、各々が評議会カウンシルによって運営されている。

 サウス・キャメロットに存在するサザーク地区は、近年、人口が増加傾向にあった。船や国道、電車など、王都中央セントラルへのアクセスも充実したサザークは、北側は下町の趣を残しつつ、南側には閑静な住宅街が広がっており、比較的に裕福な退役軍人や騎士階級の他、外国人にも人気のある区画の一つである。



 セシリア・ミュラ海軍少尉がその日、二階を間借りしているメゾネットに戻ると、家主である退役陸軍大佐の老人が厳めしい顔つきでパイプを咥えながら新聞を読んでいた。

 交易上で莫大な利益を生み出すアンスリウム星域の航路支配権といくつかの貿易港を巡って、ログレスと大カペーが争っていた。

 カペーやアルハンブラなどの列強が中央星域での戦争を繰り返しながら、現地民を征服して惑星上の資源地帯や人口密集地を征服していったのに対して、ログレスは辺境方向に手を伸ばした。低文明の人口密集惑星やらにはさほど興味を示さず、小惑星やガスジャイアントからの採掘船や工業船を重視して製造し、航路とジャンプポイント適性帯のみ的を絞って艦隊を送り込んでは要地を抑え、数億の星系の航路の支配を権利として抑えると、十兆の臣民を中心に宇宙艦隊による同盟と条約の糸を隅々まで張り巡らせた一大帝国を作り上げたのだった。しかし、莫大な権益の存在は常に挑戦者や航路を脅かす宇宙海賊が絶えないことを意味している。

 ログレスが莫大な時間と経費を掛けて航路とジャンプポイントを切り開いたにも拘らず、まったく無法な略奪を仕掛けてきた大カペーだが、アンスリウム星域での一連の戦争は、王立海軍の厳しい訓練と規律、卓越した艦隊運用に関わらず、今のところ、現地人たちを味方につけた大カペーのほうが優位に戦争を運んでいた。恐らくは大カペーの十倍もの規模の艦隊を持つにも拘らず、広大な航路を支配するログレスは一か所に戦力を集中できず、局所的な戦力において大カペーに対して劣位にある。加えて、大カペーは兵器設計能力に優れており、艦船一隻一隻の性能はログレスを上回っていたし、特に地上戦では、勇猛無比なカペーの大陸軍グランダルメを相手に苦戦を強いられていたのだ。

「カペーのカエルどもめ!死んだカエルどもだけがいいカエルだ!」

 人種的には近似にあるのだが、カペー人はカエルを食べるために、ログレス人たちはカペー人をカエル呼ばわりしている。

 新聞を読んで頭に血が上っている老大佐の叫び声に、亡命カペー人の末裔であるミュラ少尉が複雑そうな顔で廊下にたたずんでいると、台所にいた大佐の細君が声をかけてきた。

「今日は豚肉のキャベツ巻き、白ワイン煮よ。楽しみにしていてね」

「はい、ありがとうございます。これ、今月のお家賃です」

 金貨を数枚手渡してから、階段を上って自室へと戻り、ベッドに腰かけたミュラ少尉は、海軍月報に目を通した。

 パラパラと捲りながら、目を通さずにミュラ少尉は考え込んだ。

 士官学校を出たにも拘らず、艦隊勤務の口はなかった。

 海軍少尉として任官を受けながら、基本給計算の予備士官として半給待機し続けるのは愉快な生活ではない。

 フリゲートなんて贅沢は言わない。戦列艦の千人もいる海尉の一人でいいから、宇宙艦艇に乗りたかった。

 等級を与えられたHMS(国王陛下、或いは女王陛下の)だけで、なんと1億隻もあるのだ。

 さらには毎月、一万隻を越える新造艦が就航している。毎月、1万隻だ。

 その4割がフリゲート。スループやコルベット、スクーナーやら戦闘艇、雷撃艇などの等級外の艦艇も含めれば、さらに増えるだろう。

 にも拘らず、セシリア・ミュラ少尉に艦隊勤務の口が掛からないとはどういう訳だろう。


 いや、答えは分かっている。カペーからの亡命者の子供であるセシリア・ミュラには此れといった有力な友人もいなければ、先任士官としての経歴もない。

 艦隊勤務の任命で優先されるのは、まず貴族と士族。市民。そして特別な扱いをされる海軍一族である。

 海軍とて、亡命者は信頼できない。王立海軍では出自が何であろうと出世できるが、それは百年も忠実に務めるか、一族が代々血で購ってからだ。時か、血による忠誠でしか信頼は購えない。

 ミュラ少尉は、精神的には完全にログレス人のつもりであった。だが、他人がそう見るかどうかは別の話とも理解している。


 その日の午後。ミュラ少尉は、人事を司る官公庁が密集したホワイトホールの海軍本部(Admiralty)前を予備士官に宛がわれるアルバイト目当てに訪れていた。

 寒空の下、似たような格好のコートを羽織った士官たちが、海軍本部の敷地内を何千人もうろうろとしていた。予備役の尉官のみならず、佐官や将官の姿までも見かけることができた。

「うふっ」ミュラ少尉は思わず含み笑いを漏らした。

 彼ら彼女らの半分は半給休職の予備士官で、残り半分は採掘船や海軍工廠の警備、要塞勤務での退屈な任期切れの後、新しい任に就く前に、なんとか艦隊勤務にありつけないか、海軍本部へと足を運んだ類だろう。

 任官だけではなく、海軍から予備役士官へとあてがわれる任務を求めている者もいるに違いない。

 施設の改修工事の現場監督や防御衛星の敷設に改修、さして重要ではない通信を託される連絡艇の操縦任務などで食い繋ぎながら、艦隊勤務の口に恵まれる日をじっと待ち続けるのだ。


 特に目ぼしい仕事や資格と合致するような割のいい仕事が見つからなかったので、ミュラ少尉は建物を出て、敷地内を宛てもなく歩き回った。

 ミュラ少尉が白い息を掌に吹きかけながら、海軍本部の巨大な柱に寄りかかって出入りする士官たちを眺めていると、一人が立ち止まって声をかけてきた。

「ミュラか?」

「カースン……先輩?」

 背の高いハンサムな青年は、ミュラ少尉の士官学校時代の上級生デビット・カースンであった。

 ミュラ少尉がそれとなく知己の階級を確かめてみれば、カースンの襟元には中尉の階級章。工作艦勤務を示す茶色の肩章をつけていた。

 相手が上官と悟って、ミュラ少尉は先に敬礼する。

 カペー人独特の、どことなく気だるげでありながら、何処か洗練された敬礼は、白鳥の羽ばたきを思わせるほどの優雅さであった。

「久しぶりだな」

 カースンが返礼する。此方はいかにもエリダヌス植民星域の出身らしく、本国人特有の精確さには欠けているものの、フランクで力強さを感じさせる敬礼だった。

 敬礼を維持したまま、ミュラ少尉は微かにほほ笑んだ。

「中尉になられたのですね。それに艦船での勤務。おめでとうございます」

 すぐに敬礼を解きながら、カースンは苦い笑みを浮かべた。

「……宇宙勤務といっても、採掘船の7等海尉だがな。今日は作業の進捗状況を報告に陸に降りてきたんだ。

 まあ、地上勤務や半給休職の予備士官に比べれば、海に出れるだけまだましだよ。で、君は……」

 若さから言っても仕方ないのだが、採掘艦隊で一番の下っ端士官として使い走りをさせられる不快感に耐えかねたようにカースン中尉は頬を歪めてみせた。

 前半の言葉を苦さを込めて吐き捨てた後、努めて明るく言ったカースン中尉だが、ミュラ少尉の肩章が予備役の灰色。現役将校を示す色をつけてないことに気づいたらしい。やや気まずい顔となった。

「それは……」

「なに……なに、待てば海路の日和あり、ですよ」

 後輩の明るい言葉ににやりと笑い、カースン中尉が手を振った。

「ワインでも飲まないか」

「あの、自分は……」

 士官クラブの食事は結構な値段がする。家賃を払ったばかりのこともあって、手元不如意を告げるのは、たとえ先輩に対してであっても恥ずかしかった。

 ミュラ少尉が頬を羞恥に赤く染めながら口ごもると、カースン中尉は大笑した。

「奢らせろ。なに、たまには先輩の顔を立てろ。

 採掘船での仕事は退屈だが、それなりの役職手当がつくんだ」

「遠慮なくご馳走になります」

 ミュラ少尉は、悪びれずに好意を受け取ることにした。

 いずれ、返せる日が来たら返せばいいのだ。もっともその日が来るとは限らないのが悩みどころであったが。


 海軍本部内の士官向け食堂でマルガ産ローストビーフを味わいながら、二人の話題は多岐に渡ったが、次第に同期や知己の栄達や任官が中心となった。

 中でも、カースンの同期で友人でもあるロイド少佐が早くもフリゲート艦長を拝命したというニュースは、ミュラ少尉を大変に驚愕させた。

 フリゲートは6等級艦。つまりは正式なHMS(His (Her) Majesty's Ship)であり、つまり30歳にも成らぬ若さでロイド卿は、勅任艦長(Post-captain)の地位に到達したことになる。

 まぎれもなく同期の出世頭であり、おそらくは王立士官学校史上有数の昇進速度に違いない。

「ロイド少佐は、早くもアルハンブラの私掠船を拿捕されたそうだ」

 級友の活躍を語るカースン中尉の口調にも熱が籠っていた。

 ロイド艦長と彼の海尉たちから直に聞かされたフリゲートとアルハンブラの強力な私掠船との息をつかせぬ砲撃戦。接近してから自律地雷を吸着させる過程。機関部を打ち砕いてからの、シールドを張りつつ海兵たちの突撃。艦内の制圧と降伏。

 フリゲート艦ネレイドの海尉たちが受け取った拿捕賞金は、一人当たりざっと4000万£。

 私掠船は、どうやらかなり強力なフリゲートだったらしい。海尉の俸給の200年分にも匹敵する金額で、そのうち2名がカースンが呼び寄せた同級生であった。

 相槌を打ちながら、ミュラは用心深くカースンの表情の変化を観察していた。しかし、彼はロイドの手元には招聘されなかったのだ。 


「連中、陸に戻ってきた時に、ウィリアム四世号の宴会場を借り切って衛星軌道上で馬鹿騒ぎをしたのさ。

 俺もさんざんご馳走になって、ローザンヌの198年まで土産にもらったくらいだ」

 豪華客船の貸し切りが事実でも、まったく心配も遠慮も不要だろう。宇宙艦艇は極めて高価な代物で、特に跳躍機能を持つ艦艇ともなれば、一隻拿捕するだけで海軍士官の100年分の俸給にも匹敵する賞金が支払われることも珍しくない。高額な拿捕賞金は、海軍士官たちがこぞって艦隊勤務。特にフリゲートへの赴任を熱望する理由の一つでもあった。


「まあ、拿捕したはいいが、やっこさん手強くてな。ネレイドは穴だらけで海軍工廠で修繕中。

 私掠船は、副艦長。ダーレス一等海尉が廻航したんだが……誰に任されることやら」

 私掠船が買い上げられれば、艦隊勤務の口が増える。

 高速のフリゲートは、商船隊の護衛任務や辺境惑星の守備隊、航路警備に採掘艦、工業艦やプラント、コロニーの防衛力強化、海賊や私掠船の追跡など、あらゆる分野で活躍できるために常に引く手数多であった。

 大規模会戦しか使い出のない強力だが鈍重な戦列艦などと違って、自身の食い扶持を稼げる船なので、廻せる人員さえあれば幾らあっても困ることはない。

 しかし、カースン中尉の言葉の調子には、いささか不穏な調子が含まれてはないだろうか。

 副艦長か、或いは副艦長に私掠船を任せたロイド艦長に思うところがあるのか。

 副艦長がそのまま私掠船を改装したフリゲート艦を任されても、呼び寄せるのは自分の知己に違いない。だが、少なくとも副艦長が転任すれば、ネレイドにも海尉の枠が一人は空くことになる。カースンにチャンスはあるだろうか。

 若く野心に満ちた尉官にとって、艦隊勤務という言葉がどれほどの重さを持つか。きっと当該者以外には想像すらできないに違いない。

 ミュラ少尉の陰気な沈黙に気付いたのか、カースンはそれとなく話題を切り替えた。

「そういえばピアソンを覚えているか?」

「あ、ええ。アルゴン士爵ですね。物静かな人でした。いつも本を読んでいた」

「そう。今は、アルゴン男爵閣下だ。いずれアルゴン伯爵閣下として貴族院に籍を持たれることになる」

 皮肉な口調で言ったカースンが赤ワインの瓶に手を伸ばした。勢いよく注ぐ時に、グラスに衝突していささか乱暴な音が鳴った。

「彼は今、大尉で今度は艦長を拝命したそうだ。運のいい男だ。俺も宮廷に友人がいればな」

 赤ワインを煽ってからのカースンの言葉には、今度は隠しようもない苦さと嫉妬が含まれていた。

 運だけではないだろう。幾つかの学科では、ピアソン士爵は主席のロイド卿と首位を争っていたのを覚えている。

 卓上演習では、ロイドとほぼ互角。操艦では教官たちにも引けを取らない腕前で、射撃や格闘なども水準以上であった。特に限定された戦局での戦術に関しては、ロイドを含めて次席以下を全く寄せ付けない異様なほどの強さを誇っていたが、反面、戦略においてはやや柔軟さと視野の広さを欠く為に結局、総合的な成績でロイド卿に負け越していたのを覚えている。


「……大尉。海尉艦長」

 ミュラ少尉は小さく呟いてみた。と、そこでカースン中尉が奇妙な眼差しでじっと見つめてきているのに気付いた。

 少し躊躇ってから、カースン中尉がポケットを探ってメモを取り出した。

「……訪ねてみるか?官舎の住所を知っている」言ってから、カースン中尉は敢えて付け加える。

「俺はいかんがね」

 ミュラ少尉は、メモを受け取った。

 カースン中尉の言い草だが、理由は尋ねるまでもない。

 しかし、ミュラ少尉は直接的な確執はなかった。駄目元で、訪ねてみるのも悪くないだろう。


ごめんね。また新作書いちゃった♡

ホーンブロワー見た後にスターウォーズ見てたらムラムラしちゃったの♡

ガンダムとかヤマトとか、バトルテック(?)とか男の子なら好きだよね。女の子も好きだよね。

あらすじは題名の通りだから、気にせず読んでね。

例によって不定期更新だけど気が向いたら更新することもあるから気にしないでね。

俺は気にしない。俺の中では一作もエタってないから(キリッ

作者に続きを書く気があれば、エタじゃないんだよ。(正々堂々とした言い分、一理ある


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ