現実
…おはようございます。
さて、私アイリスは父様の指示を受けてからアルメニア領に移り、今日がその初日です。朝日が眩しく、領地を照らしています。
そんな朝早くから私がやっているのは、ヨガ。朝一の運動は目がさめるし、何より健康に良い。……いや、ね。私の身体、少しポッチャリめなのですよ。そりゃ公爵令嬢という大層な地位にいるので、食事が豪華・ハイカロリーなものを好きなだけ食べて良いというものだから、太りもしますよ。なので、ダイエットも兼ねて朝から精を出しております。
「お嬢様、おはようございます。…って、キャア!」
「…あら、ターニャ。おはよう」
ターニャは、何に驚いているのかしら?あ、勿論ターニャも私に着いてアルメニア領についてきました。幽閉コースじゃなかったし、まあ良いかということで。
「おはよう、ではありません。お嬢様、一体そのような格好で何をしていらっしゃるのですか」
「そのような格好って……」
私は自分の姿を見る。……ちょろっと調達してきた下働用の麻のズボンと上着。運動にはピッタリだと思うのだけど?
「私、これから朝は健康の為に運動をしようと思って。動き易い服を選んだのだけれども、ダメかしら?」
「お嬢様が、運動を?」
ターニャは怪訝そうな表情を浮かべる。確かに、貴族のお嬢様が運動って、あまりイメージないわよね。
「ええ。身体を動かさないと、健康に良くないって本で読んだのよ。これかは毎朝やるつもりだから、驚かないでちょうだいね」
「畏まりました。……失礼致しました」
「良いのよ。……汗をかいたから、湯浴みの支度をして貰える?」
「勿論です」
それから、ターニャが準備してくれたお風呂に入って朝食をいただく。…運動した後なので、朝はガッツリ食べた。勿論、バランス良くいただきましたよ。
「……これからのことをセバスと話し合いたいの。約束を取り付けて貰えないかしら」
「畏まりました」
優秀なターニャは、それからすぐに約束を取り付けてくれて、昼前にセバスとの面談という運びになった。セバスは、我が家の家令にして執事。執事と言っても、我が領の運営を実質的に任せられているスーパー執事なのだ。
入ってきたセバスは、どこかリーメと同じ匂いをしている…つまりは、キッチリと燕尾服を隙のない着こなし、キビキビとしていてそれでいて見る人に慌てた印象を持たせないという綺麗で無駄がない動き…まさに執事とはこうあるべきと言った姿の白髪が眩しい男性です。
「………お忙しい中、お呼び立てしてしまって申し訳ないわ」
「いいえ。本来であれば、私めから挨拶に向かうべきところを申し訳ございません」
「では、早速。ここ3年の領地の収支報告書全てと現状の行政の仕組みをレポートに纏めて持ってきてくれないかしら」
「畏まりました。しかし、それをどうするのですか?」
「勿論、全て読むわ。私は、曲がりなりにも現公爵から領主代行を承ったのですから。だけど、現在恥ずかしながら領がどのような運営をされているのか、市井がどのような状況なのか詳しく分かっておりません。だから、私に1ヶ月くださらない?」
「1ヶ月ですか」
「ええ。全ての資料を読み、尚且つ視察を行うに当たってそれぐらいの日数が必要だから」
「畏まりました。ですが、視察するには色々と前準備が必要ですので大凡1週間くらいお時間が必要かと」
「今回は、より現状を把握する為にお忍びで視察をするつもりよ。だから、同行して貰うのは最小限の人数。その人員は私の方で確保するので、セバスの手を煩わせはしないわ」
「出過ぎた質問、失礼致しました」
「いいえ。これから運営していくに当たって、貴方のことは重用させていただくわ。何なりと、意見なさって」
セバスが去った後、ターニャを呼びつける。
「ターニャ。ライルとディダそれからレーメを呼んできてくださらない?」
「畏まりました」
それから数分ぐらいでターニャと共に入ってきた3人は、幼い頃から私と共にいる3人……つまりは、私が拾ってきた3人だ。
ライルは金髪の美しい髪を持ち貴公子な顔つきなのだけれども、体つきは王国騎士団と比べても見劣りしないほどのガッシリと戦う為の体型となっている。一応、私の護衛という扱いだ。
ディダも、ライルと同じく私の護衛。飄々とした雰囲気でお調子者だけれども、その実力は折り紙付き。
レーメはメガネをかけた少女で、本好きが講じて我が家の図書室の司書の役割を担っている。公爵家の図書室といえば、前世でいう中学校ほどの規模の蔵書があるから彼女の役割はとても大切なものだ。
「久しぶりですね、皆さん」
3人は学園にまで役割上着いてくることができなかった為に、王都には来ず、この領地でそれぞれ働いてくれていた。
自由にして良い…と言って私はこの領を離れたのに、相変わらずこの家にいてくれて嬉しいと思うと同時に申し訳なさを感じる。
「久しぶり、我らが姫様」
1番に返答してくれたのは、ディダ。いつものように軽い返答で、にこやかな表情を浮かべている。
「ディダ。お前はまた、アイリス様にそのような口調で…」
「良いのよ、ライル。皆は私にとって、家族のようなもの。誰もいない時ぐらい、昔のようにしてくれていた方が私も嬉しいわ」
「ですが、アイリス様……」
「お願い、ライル」
「………分かった」
ライルは、大きな溜息を吐きつつも了承してくれた。
「皆も知っての通り、私はエドワード様から婚約破棄をされ、この領地に戻ってきました」
「私、納得できないですー。何故、アイリス様が婚約破棄をされて、しかも謹慎処分を受けなきゃならないんですかー」
ターニャと同様、悔しそうに涙を浮かべているレーメ。見た目とのギャップがすごいけれども、彼女の喋り方はいつもこんなのんびりとした口調だ。
「本当にな。全く、見る目がない坊ちゃんだ」
「ありがとう。でも、これは決まったこと。それに私としては、この領でまた皆と共に暮らせて嬉しいというのが本音よ。……それで、本題なのだけど。皆も知っての通り此の度私は、この地の領主代行を任命されました。それでまず始めに各地を視察するつもりなんだけど……それに皆もついてきて下さらない?」
「承りました」
「姫様の護衛かー。腕が鳴るなあ」
ヤル気を出してくれた2人に対して、レーメは少し難しい表情をしていた。
「2人は護衛だから分かるんですけれどもー。私はどうして同行を?」
「それは勿論、貴方の知識が欲しいからよ?」
「へ?」
「貴方は我が公爵家のありとあらゆる本を読み尽くしているでしょう?その中には、郷土史やら地理についての本もあるわよね。そういった本で得た知識を、私は欲しているの。実際見に行った時に予備知識があるのとないのでは大分違うから」
ウチって本当に蔵書量が凄いことになっている。単に貴族だからというよりも、代々宰相職を務めてきたからなのだろう。この館のどの部屋よりも広いそこが、全て本で埋まっている。ジャンルは本当に様々。物語は勿論、代々当主の趣味の本だとか、政治・地理・法律等々様々。それを全て読破しているレーメの知識もそれはもう凄いことになっているだろうと私は思う。
「……そういうことなら、分かりましたー。お役目、頑張って果たしますねー」