親の心、子知らず
領主代行?……それってつまり、お父様の代わりに領地を治めるってことよね。
こういうのを何と言うのか……棚からぼた餅?猫に小判?ああ、どっちも違う!何だか混乱し過ぎて訳の分からない言葉しか浮かんでこない。
「……領主代行は、普通、嫡男である弟の役目では?」
「やったところで、どうせ領地に行かないだろう。彼奴は今、お前の言うところの病に夢中なようだからな」
……まあ、確かに。ユーリ様に夢中のため、距離を取らなければならない筈の第二王子のもろ取り巻きと化しているのだから。
きっと長期休暇も王都に残ってキャッキャウフフの展開を繰り広げていることだろう。
……彼女は第二王子のモノになったのだから、それこそ距離を取れば良いのに。多分弟の中では好きになった人の幸せを見守るだとか何とかで自分の立ち位置を美化しているのだろう。
……と、それよりも今はお父様からの指示を考えよう。
受けるか、受けないか……選択肢はあるようでいて、ない。
婚約破棄をそれも王族との方との縁談が破産になった私にとって、破格の申し入れ。
むしろ、嬉々として受け入れなければならないだろう。
王位継承権を巡って王国の行く先が危ぶまれ、難しい舵取りを迫られる可能性があるとしても。
「……承りました。王都が“どんな状態に”なろうとも揺らぐことのない領にしてみせます」
私かそう言うと父様は満足気に頷き、そして下がって良いとのジェスチャーをしたため、部屋を出た。
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私の名前は、ルイ・ド・アルメリア。アルメリア公爵にして、宰相の地位を賜る者だ。
さて、今日は随分様々な事が起きた日であった。
まずは、我が娘アイリスの学園追放と婚約解消。……これは私からすると、既定路線を辿っただけのもの。そもそも、娘の動向を知った時から諌め止めることはできた。けれども、そうしなかったのは全て婚約解消をさせるため……これに尽きる。逆にもしも娘が愚かな事をしなくとも、病気を理由に早々に婚約破棄をさせていた。そしていずれにせよ、教会に幽閉という形で貴族社会から一歩引いて貰おうと思っていた。
……エドワード第二王子に惚れ抜いていた娘のことだから、何を言ってもきかないだろう、丁度良い。そう思っていた。
だというのに娘に会ってみれば、惚れた男に屈辱的な別れを切り出されたにも関わらず随分スッキリとしていて落ち着いた様子。オマケに、私の考えを見事に当ててきた。
……面白い。そう思った。
さしたる苦労もなく、環境に地位にそして妻に甘やかされて育った二人。
娘は己が手で出来ないことは何もないという典型的な貴族に成り果てていた。息子は己が力を過信し、爪の甘い若造に成り果てたが……城勤めが始まったらこちらは徹底的に私がしごこうと思っている。
それはともかく、だからこそ娘は負けたのだ……他の貴族の子息子女たちに。
エドワード様が告発したユーリ・ノイヤー男爵令嬢に対する嫌がらせの殆どを、娘は行っていない。
けれども、ユーリ・ノイヤー男爵令嬢は確かに嫌がらせを受けていた。
では、誰が嫌がらせを行っていたのか……それはエドワード第二王子に近づく彼女を快く思わない他の貴族の子女たち。そして、これを機にアイリスを蹴落としてしまいたいと考えていた者たち。
彼らの方がよほど上手く動いていた。
何せ、自身の行っていたことの殆どをアイリスに擦りつけることができたのだから。
……あの学園は貴族社会の縮図だ。下手をすれば、すぐに蹴落とされる。
彼らの動向をつぶさに調べさせ、娘の婚約破棄に利用すると同時に各家に圧力をかける材料とする私も私だが。
だからこそ、驚いた。
唯一今回の盤面で良いように転がされるような娘が、ある種の悟りを開いたように私と話し、こちらの考えを物の見事に当てたのだから。……現時点で悲しいことに、息子よりも世の流れを見る力があり、かつ、己の分を弁えていた。
まるで人が変わったようだと思ったが、そう言えばこの子はたまに可笑しなことを言い出していたな……と彼女の話を聞きながら思い返していた。その最たるは、平民の子を拾っては、側に置いていたこと。
高価なプレゼントを強請る代わりに、平民の子を拾ってきては側にいれるように取りはからえと言ってきた。……自分の子飼いを作るつもりかと了承したものの、そのような素ぶりを見せることはなく。
やはり奇天烈な娘だとその時は終わったが……さっきの娘は、そう言いだした時の顔によく似ていた。
ただで置いておくのは、勿体無い。気がつけば、領主代行の地位をやると言っていた。酔狂なことだと、我ながら思う。だが、領地にはセバスがいるし、早々可笑しなことにはならない。であれば、アイリスがどんなことを仕出かすのか、それを見るのも一興。
だが、ただ1つ……彼女が言い当てられなかったことがある。それは、第二王子婚約の許可のくだり。宰相の私は、第一王子と婚約させた方が良い思っていた。けれどもそれでも第二王子との婚約を許可したのは、単に娘がそれを願ったから。
私も所詮、人の子ということ。娘に甘い父の1人。最終的に、娘が言った通り第二王子の手綱を握るためだと自分を納得させて婚約にこぎ着けてしまった。そして……娘が婚約を決めてからは中立の立場を捨て王族の動向に心を砕き、調整してきた。
私も息子のことは言えない。自分なら何とかできると己の力を過信していたのだ。
……けれども、私の願いとは裏腹に時期王の座を巡る争いは水面下で激化。遅かれ早かれ、娘は争いの渦中に投げ込まれる。あの娘に、それを切り抜けられる才覚も期待できず。
故に、ほとぼりが冷めるまで貴族社会から下がらせるしかないと判断した。勿論、ゴタゴタが収まったら手元に戻すつもりで。
けれども今日の様子だと、あれは最早私が手を引き守るだけにおさまらない。
逆に荒波を自ら越えていけるのではないかという期待すら持てる。
……どのような動きをするのか。今後が楽しみだと思った。