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家での悪役令嬢

アルメリア公爵家別邸……ここは、王都にある我が家で、宰相という役職上王都を離れることができない父とそれにくっついて来た母が暮らしている。その為、別邸とは思えぬほどの豪奢な造りであり、かつ広大な敷地を保有している。前世の知識からすると、これでも十分豪邸といえるものだ。


家に入ると、まずは私の部屋に入った。そして椅子に座り、心を落ち着ける。なにせ、夜にはラスボスとの対面だ。緊張を和らげたい。


「お嬢様……!」


「………あら、ターニャ。ただいま」


涙ながらに入ってきたのは、私付きの侍女であるターニャ。平民の出ながら完璧な礼儀作法を身に付け、尚かつ美しい顔立ちをしている。


「何故そんなに落ち着いているのです……!私はもう、悔しくて悔しくて……」


ボロボロと涙を流す彼女を見ていると、心がホッコリ温まる気がした。それと同時に、随分心配を掛けてしまったのだなと申し訳ない気持ちになる。


ターニャは平民の……それも、いわゆるスラムの出で、私がお忍びで街に出た時に拾った少女だ。

あの頃の私は公爵子女という肩書きが重く感じていた時だった。

家の中でも公爵令嬢としてあるべき姿というのを否が応でも意識させられてそう感じていたし、貴族の集まりの中でも家格や利害関係に左右され中々気軽に話せる相手というのはいなかった。街に出て道で倒れている彼女を拾った時も、『この子なら私の話し相手になってくれるかもしれない』という打算的な想いで拾ったのだ。けれども彼女はそれ以来恩義を感じているらしく、私にそれはそれはとてもよく仕えてくれている。

私からしても、ターニャは家族と言っても過言ではない存在だ。


「落ち着いて、ターニャ。今は悲しみに浸って泣く時ではないわ」


「……そうですね。失礼致しました。旦那様は、夜にはお戻りになられるそうです」


ターニャは頭の回転が良い。そして、すぐに事態に対応することができる。今も、それまでの涙はどこに行ったのか、落ち着きを取り戻していた。


「……そう。では、何か落ち着ける飲み物をちょうだい」


「畏まりました」


「……ターニャ」


「なんでしょう?」


「……ありがとう」


私のお礼に、彼女は再び涙をその瞳に溜めながら口を開いた。


「僭越ながら、お嬢様。私はアルメリア公爵家に仕えているのではなく、お嬢様にお仕えさせていただいているのだと思っております。ですから、例え王族の方であろうと、お嬢様を裏切ったエドワード様を決して許すことはありませんし、これから旦那様とのやり取りも私は全てお嬢様のお味方にございます」


ターニャのその言葉に、私こそが涙が溢れそうになる。

……自分を絶対的に肯定してくれる存在がいることが、なんて心強いことか。なんて幸せなことか。


「私は、幸せ者ね」


「いえ、私の方こそ。……そして、この館には私以外の者も同じ想いでいる者がいるということを、どうかお嬢様はお忘れないように」


そう、実はターニャの他にも私が拾ってきた者はいる。全部で七人。

今思えば、幼少期の私は変わっていた。

普通なら可愛らしいドレスだとか、アクセサリーだとか、もしくは本であったりだとか……幼少期にプレゼントとして欲しがるのはそういったものだろう。

けれども私は、そういったプレゼントはいらないからとターニャのような身寄りのない子を拾っては、その子達を側にいて貰えるようにして欲しいと親に強請ったものだった。

恐ろしいことに、プレゼントといえど、平民の子供を養うことぐらいむしろ後者の方が安上がり。親も渋々了承して、毎年1人ぐらい同じ年の身寄りのない子供を私は拾っていた。この辺りはゲームの設定にもないし、もしかしたら思い出していなくとも前世が影響しているのかもしれない。


彼らと共に過ごした時間は、私にとって公爵令嬢という立場や肩書きを忘れることができる、とても貴重な時間だった。年を経るごとに、互いの立場というものをハッキリさせないといけないという周りの圧力から、ターニャのように主人・使用人という立場になってしまっているが、それでも私にとって彼らは特別な存在。


「……だけど、ターニャ。貴女は貴女の幸せを1番に考えてちょうだい」


私の言葉に、ターニャは怪訝そうな表情を浮かべていた。いや、実際は無表情なんだけど……長く共に過ごしたお陰で、大体どんな気持ちなのかはそれで伝わってくる。


「私の我儘で、貴女達をこの様な窮屈な世界に引きずり込んでしまったわ。貴女達が望むのであれば、いつでも自由になって貰って構わない。むしろ、これから先のことを考えるとその方が良い………」


「お嬢様、それ以上は仰らないでください」


ターニャが、珍しく私の言葉を遮った。


「私は、あの時死ぬはずでした。それを救って下さったのは、他ならぬお嬢様です。あの時から私の命は貴女様のもの。私が貴女様のお側を離れる時は、私の命が亡くなる時か……もしくは、貴女様が私を不要と判断した時のみです」


「まあ。それではターニャは、死ぬまで私の側を離れられないわよ」


「それに勝る幸せがございましょうか」


「……貴女の気持ちはよく分かったわ。やっぱり、私の方こそ幸せ者ね。だけど、ターニャ。幸せは決して1つではないのよ。だから先ほどの私の言葉も忘れないでね」


「………お嬢様がそう仰るのであれば」


渋々といった体で、ターニャは頷いてくれた。……もしも身分剥奪からの教会幽閉コースになってしまったら、やっぱりターニャにはついて来てほしくない。それだけ、大切だからね。

でも、何だかこの調子だとついて来てしまいそうだな………。ああ、やっぱり何としてもお父様に勝たなければ。

そんな決意を新たに、ターニャが淹れてくれたお茶を飲む。……うん、美味しい。


「………お嬢様」


気持ちが落ち着いたところで、別の使用人が扉をノックしてきた。


「どうぞ」


「……失礼します」


入ってきたのは、侍女頭のエルルだった。寸分の隙もないメイド服の着こなしは、これぞ本物と見せつけているかのよう。


「……お嬢様。旦那様がお呼びです」


「あら、もう?確かお父様は夜にならないとお戻りになられないと……」


「お嬢様の件で、早めに切り上げられたそうです」


「……まあ……」


ふう、と溜息を吐く。ああ、さっきの誓いは何処へやら……何だか胃がキリキリしてきた。


「……僭越ながら、お嬢様。私は今回の件、お嬢様には何ら落ち度がないと思っております」


普段は人一倍厳しいエルルからのまさかの味方宣言に、私は驚いて思わず目をぱちくりさせてしまった。


「この館の者は、皆お嬢様のお味方です。ですから、堂々と旦那様にお会いなさって下さい」


……物語では悪役として描かれているアイリス。けれども、実はアイリスは家では使用人達と良好な関係を築いていた。勿論、貴族出だろうが平民の出であろうが関係なく。……つまり、物語で主人公を男爵令嬢の癖に云々と蔑み誹謗中傷するのは、本当にエド様をそれだけ好きで、嫉妬に駆られてしてしまったことなのだ。


改めて、アイリスに同情する……と、いけない。今は私がアイリスなのだ。私は私の為に、アイリスを幸せにしなければ。

覚悟ができたところで、エルルに先導されて父様の書斎へ。後ろには、ターニャがついててくれている。


「……それでは、お嬢様」


「ええ、ありがとう。エルル。ターニャもこちらで待っていてちょうだい」


「畏まりました」


戦いの場に着いた。

心の中で、いざ出陣……!と重厚な扉を前に気合を入れる。

ノックをしようと挙げた手が、少しだけ震えていた。

やっぱり、怖いものは怖い。

一旦手を下ろし、生唾を飲みつつ息を整え……それから再び手を挙げノックをした。



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[一言] アイリス!頑張れ!!そして自分の幸せを掴み取ってっ(>人<;)
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