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361.幕間  七日目の夜に 後編





「――何度見てもややこしいのう」


 薄暗い地下室。

 光を放つ黒い球を数個浮かべて灯りにし、グレイは床を観察する。


 床に描かれた、複雑かつ細かい魔法陣。

 

 八柱円陣。

 十二星天陣。

 その二つを複合して成立する、異空性物質交換の法。


 ――百年くらい前に、グレイと弟子たちで考案したものだ。


 今なら、もう少し簡略化できる。


 魔力通達機関の省略と拡大。

 そして圧縮を使い……と、そこまで考えてやめた。


 この手の魔法陣は、一部だけ変えることはできない。


 一つ変えれば別の部分に支障が出る。

 構造上、線と文字がたくさんの場所に紐づけられていて、繊細なバランスで成り立っている。


 見直すなら、作り直すつもりで。

 それくらいの覚悟でやらねばならない。


 それは面倒臭い。

 たぶん掛かりっきりで一ヵ月以上掛かる。


 こういう面倒なのは、弟子に投げるのが一番だ。


「ノア、おまえこれちょっと作り直してみろ。もう少し小さくできるだろう」


「ああすまんグレイ。最近俺も歳で、目がアレでな。細かい作業ができないんだ」


「本は読めるのにか?」


「すまん嘘だ。面倒臭いから嫌だ」


 師弟だからだろうか。

 考えることは同じだったらしい。


「師匠の命令に嫌と応えるか。おまえは破門じゃ、破門」


「俺はいいけど。グレイの手伝いが一人減るだけだぞ」


「破門はなしじゃ。まだまだおまえをこき使う」


 ――この二人仲いいな、とロジーは思った。


「ロジー、おまえがやれ。……あ、おまえは弟子じゃなかったな」


「長いこと教えは受けましたがね」


 どうやら手近に任せられそうな弟子はいないらしい。


 ――まあ、魔法陣のことはいいだろう。


 適当に暇してそうな弟子に投げておけば、なんとかするだろう。

 十年後くらいには。


「走り書きのレポートは読んだ。正式なのは後で読む」


 グレイ・ルーヴァは魔法陣中央へ向かう。


 もう効力を失った魔法陣。

 そのど真ん中には、魔人の腕が入った水槽。


 そして水槽の上に、光る花弁――神花がそっと置かれている。


「どれ――」


 神花が浮かび上がり、人影の前を漂う。


「ふうん……魔と、風と、水か。ああ闇も入っておるな」


 異界の実験には、副産物が生まれることがある。


 長丁場の実験なら、特に顕著だ。

 この「魔人の四肢培養実験」も例外ではない。


 案の定、できていた。


「四属性持ちの神花か。悪くない」


 神花は異界の魔力に触れ。

 魔術師たちの属性魔術に触れ。


 その特徴を帯びることがある。


 つまり、魔術を学習するのだ。

 まあ、学習したところで使えるわけではないが。


 それでも、貴重な素材である。


「いい具合ではないか」


 とりあえず、神花は回収だ。


 元々「貸す」と言って渡したのだから、文句はあるまい。


 残していても処分に困るだろう。

 だから、これはグレイが有効活用する。


 さて、次は。


「――ふむ」


 今度は水槽が浮かび上がる。


 仔細に観察するグレイは、頷いた。


「いい出来じゃ。

 実に素直な育ち方をしておる。


 これなら、本来の腕より使いやすいじゃろうて」


 ――グレイ・ルーヴァの言葉の意味は、ロジーにもノアにもわからない。


 だが、きっと。

 彼女には見るべき箇所があるのだろう。





 しばらく水槽を見ていたが。

 満足したのか、水槽を置いて人影が振り返った。


「若いのをチームに入れると違うな。確か特級生が二人いたんじゃろ?」


「はあ……あの、何がどう違うのでしょう?」


 言葉の意味を掴みかね、ロジーは問う。


「おまえはまだわからんか。

 造魔には、作り手の意志や癖、思考といったものが宿るんじゃよ。


 腕やら足ならそうでもないが、臓器や脳、顔のパーツには結構出るぞ」


 そう言われて、ロジーもなんとなくわかった。


「患者の細胞から造った眼球なのに、違う目の色になった、とか?」


「おう、それもじゃな。

 目なら、透明な部位が、造り手の魔力の影響を受けるんじゃ。それが染色に繋がると考えられる」


 それならロジーもわかる。


 造魔学は、魔力を使う。

 その魔力が、生態パーツに影響を与える。


 そもそも影響を与えて成長させるのだ。

 ならば、影響を受けない方が、むしろ不自然かもしれない。


「そして、この実験は常に高濃度の魔力に満たされる。

 その中で魔人の腕が成長するわけじゃが。


 ――魔力は未知の力じゃ。


 異界の生物を見たじゃろう? あれらはこの世界の生物とは根本から違う」


 確かに違う。

 生物とは思えないモノも出てくる。


「ちなみに気づいておるか?

 異界から来る者は、大きく二種類に分けられる。


 一つは、増えるもの。

 増殖、増量、繁殖とも言えるかもしれん。


 これらはそれほど強くない。

 強くないから繁殖力が高いのだと考えられる。小動物が一度にたくさん子を産むのと似たようなものだな。

 

 そしてもう一つは、侵略するもの。

 これは単純に攻撃を仕掛けてくるものじゃ。危険な大物はこっちになる。

 言わば肉食獣じゃな」


 この実験は以前もやったことがあり。

 また、過去のレポートも読んでいるロジーは、なんとなく気づいていたが。


「吸い込む、というのは、侵略になるのでしょうか?」


 思い出すのは、最後に遭遇したあいつだ。


 あの、空間の一部がやぶれたような、何か。

 クノンが「夜空」と呼び出したので、仲間内では暫定的にそう呼んでいるが。


 夜空は、吸い込んだ。

 魔術、魔力、そして生物を。


 あれは侵略なのだろうか。


 ロジーを負傷させた「火法円環(レッドリング)」は。

 間違いなく侵略者だと思うが。


「儂はそう思うが、カテゴリーが一つ増えたと判断してもいいかもしれん。

 レポート、楽しみにしておるぞ」


 どうやらグレイ・ルーヴァも知らない生物だったらしい。





「よし、用事も済んだし帰るか――ん?」


 目的は果たした。

 神花の回収と、完成した魔人の腕の観察。


 どちらも滞りなく済み、さあ帰ろうかと思った時。


「……おまえ、見た(・・)か?」


 帰りかけたグレイは、振り返り、魔人の腕を凝視した。


「どうしたグレイ?」


見られた(・・・・)


「あ?」


 ノアにはまったく通じていないが。


 グレイは構わず、もう一度水槽を浮かべて観察する。


「ふはは。こいつ、儂の知らん魔術を憶えておる。


 おい、神花の影響か?

 それともおまえも何かに見られた(・・・・)か? 


 今更隠すなよ。

 小さいとて、魔力の動きを察知されたおまえの落ち度じゃろ?」


 ――笑いながら腕に語り掛ける老人。


 ノアとロジーは視線を交わす


 ちょっと色々な意味で危険な様子に。

 さすがに言葉が出ない。


 いよいよか。

 不老不死とは言え、何百年も生きているから。

 さすがにもう、頭が……。


 怯え、不安、不吉、認めたくないという意志。


 いい歳をした男たちの、ない交ぜになった負の感情が。

 互いの視線だけで伝わるようだ。


「――おいロジー、実験メンバーは誰じゃ? 生徒が二人おるんじゃろう?」


 本人だけをよそに。


「あ、はあ。……私と、アイオンと、娘のシロトと、クノンです」


「なるほど、クノンか」


 記憶にある名前だ。


 目の見えない特級生だ。

 眼帯が目立つし、何かと縁もあったので、ちょくちょく名前は聞いている。


 アレが関わったならば、大方の見当がつく。


 あいつが魔人の腕を「見た」わけだ。

 何らかの魔術を使って。


 そして、魔人の腕はそれを「憶えた」わけだ。


 よっぽど近くでじっと見たに違いない。

 周囲を通り過ぎるような魔術は、まず憶えないから。


 いや、そもそも。

 憶える、という表現でいいのか。


 もしや魔人の腕が自我だか意識だか、そういうものを持っているのか?


 ――知らない現象だ。

 ――知らない可能性だ。


「ロジー、明日から世話になるぞ」


「は、はい?」


 急に名前を呼ばれて、ロジーは驚いた。


 再び、言葉にならない不安な視線を交わしていたから。


「しばらくこの腕を観察する。

 この腕、おまえの娘に移植するんじゃろ? 移植はすぐに済むが、定着するまで何ヵ月かは掛かるはず。


 その間、じっくり見たい。

 移植の邪魔はせんし、儂は正体を偽る。


 構わんな?」





 グレイ・ルーヴァは、この地の支配者だ。

 今も昔も大いに魔術界に貢献し、今なお先頭を者だ。


 世界一の魔女。

 その名は伊達ではない。


 そんな彼女に逆らう言葉を、ロジーは持っていなかった。


 あと、頭は大丈夫そうだ。

 そっちの意味ではほっとした。





「グレイもこう言っているし、使用人として雇ってやればどうだ?」


「この方をこき使えるわけなかろう。君じゃあるまいし」


「儂は別に構わんが。ただし掃除は嫌いだし飯もまずいぞ」


「あんたは本当に魔術以外何もできねぇな」


「はっはっはっ。そんなに褒めるなよ」


「……」


 誰も褒めてはいないが。

 まあ、グレイ・ルーヴァがご機嫌なので、それでいい。


「……ふう」


 ロジーとしては、少々気が重いが。


 しばらくは、非常に気を遣う日々を送ることになりそうだ。





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― 新着の感想 ―
クノンのやった事のせいで余計な厄介事がロジー達を襲う! w
ボケ老人扱いされそうなグレイ様に草w
ファイト!クノン 面倒ごとにしかならなさそうな展開やん 国家機密の目、バレちゃいそう
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