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356.少し苛立った





「いだだだだだ!」


 容赦ない引力が、クノンの身体を締め付ける。


 障壁に阻まれ、前に行けず。

 しかし、引き込む力が緩むこともなく。


 このままでは見えない壁でぺしゃんこになる。


 だが、焦るな。

 まずは状況確認だ。


 骨をやったであろう肩は痛いが、潰れそうなほどの圧はない。


 今は、まだ。

 なんとなく、少しずつ強くなっている気がするが……。


 今はまだ大丈夫だ。

 少し身体中の骨がきしみ、内臓が圧迫されて呼吸しづらいだけだ。

 

 とにかく。

 ダメージが蓄積して動けなくなる前に、打開策を練らねばならない。 


「ぐぐ、ぐ」


 痛みを訴える肩の位置をずらしつつ、クノンは「鏡眼」で周囲を見た。


 ロジー、シロト、アイオン。

 三人とも似たような状態になっている。


 引っ張られて、宙に浮いたような格好で、障壁に圧しつけられている。


 ――いや、違う。


 三人とも、夜空を睨んでいる。

 あの穏やかなロジーさえも、恐ろしいほど冷徹な目をしている。


 さすがだ、とクノンは思った。


 彼らはすでに打開策を考えていた。

 クノンより先に。


 この辺の差が、実力の差なのだろう。


 まあ、それはもういい。

 実力差はもう理解している。


 その上で、クノンも動くのだ。


 追いつくつもりで。

 追い越すつもりで。





「――先生、恐らく物質は動いてません!」


 シロトが叫んだ。


 物質。

 そういえば、魔法陣の外側……干渉領域で影響を受けているのは、人だけだ。


 荷物や椅子は残ったまま。


 部屋が軋んでいるのは……。

 そう、魔法陣の障壁を引っ張っているからだろう。

 

 強力な魔法陣が軋み、なんだか歪んでいるように見えるのは、気のせいじゃない。


 この状態ではあるが。

 障壁は、クノンらを守ってくれているのだろう。


 そうじゃなければ、一瞬で真っ平になっていた、かもしれない。


 魔法陣が歪むほどの力で引っ張られているのだ。

 人は、耐えられないだろう。


 ――シロトの説は、きっと合っている。


 物質には影響していない。

 夜空の真下にある水槽も、残っているから。


「これは、困った……」


 囁くような声なのに、アイオンの言葉はしっかり聞こえた。


 困った?

 何が?


 一瞬わからなかったが、クノンも気づいた。


 そうだ。

 夜空は魔法陣を壊せないのだ。

 少なくとも、床の線を消すことはない。


 引力は、恐らく魔術的な力である。

 だからこそ「物質は吸い込まない」という制限を付けることができている。


 魔法陣を描いている線は、物質だ。

 特殊な粉を用いている。


 つまり、あれは吸い込まないわけだ。


 床の魔法陣が大きく崩れれば。

 異界との繋がりが断たれ、実験は中断されることになるのだが……。


 これは、確かに困った。


「あっ」


 そこで、クノンは気づいた。


「先生! 神花、もう吸われちゃってます!」


 魔法陣の中に浮かべていた「水球」。

 その中にあった神花。


 あれは生物という括りでいいのだと思う。

 だから物質ではない。


 ゆえに、とっくに吸われている。


 神花は夜空の中にある。

 それがわかる。


「……?」


 わかる?

 つまり、残っている?


 ――神花が「水球」をまとっているせいか、わかる。


「水球」ごと、夜空の中にある。

 それがなんとなくわかる。


「ああ、しかし、この状況では神花があっても……」


「そ、そうですね」


 あれは魔法陣内で動かせる物質であり、魔法陣を構成する一要素である。


 この状況では。

 たとえ神花があっても、どう使えば対処できるかわからない。


「――『呪い』はあまり効果がないようです」


 アイオンの言葉に、ロジーは「わかってる」と返す。


「私も『呪い』を増幅させているが、手応えがない。まるで魔術まで吸い込まれているようだ」


 魔術まで吸い込まれる。

 ということは、魔術による攻撃はほぼ無効、だろうか。


 パッチワークの一枚として、夜空を空間に貼り付けた。

 そんな生物だ。


 いや、あれこそ生物なのだろうか。

 とてもじゃないが生物には見えない。


 そんな謎の存在に、どう対抗すればいいのか。


「……大丈夫ですか、先生? 汗が……」


 シロトの言葉で気づいた。


 顔こそ静観で夜空を睨んでいるが、……顔色が悪い。

 尋常じゃない汗を流して、一目で普通じゃないとわかる。まあクノンは見えないが。


「足の骨が折れている」


 どうやら最初の引力で、負傷したようだ。


「私も、たぶんアバラが数本……」


 アイオンも続く。


「僕も肩の骨が……」


 クノンも一応言っておいた。


「君こそ大丈夫か、シロト」


「私は大丈夫です――少し頭を切ったようですが、私が一番軽傷です」


 クノンは弾かれたように、シロトを見た。


 本人の言った通りだ。

 彼女は流血していて、顔の右側を血が伝っている。


 さっき「鏡眼」で見た時はなかったが……あのあと流れてきたのかもしれない。


「……ちょっと不快だな」


 女性が傷ついている。

 目の前で。


 自分はそれを防ぐことさえできなかった。

 そして、その血を拭うことさえできないでいる。


 何が紳士だ。


 夜空にも、自分にも、少し苛立った。





「――先生、僕に策があります。できるかどうか判断をお願いします」


 だいぶ無茶だとは思うが。

 夜空に攻撃する方法は、考えついた。


 ロジーたちが思いつくなら、任せようと思っていたが。


 どうにも手を打ちようがないようだから。


 だからクノンは提言した。


 あとは、考え着いた策が実現可能かどうか、だ。


 



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― 新着の感想 ―
今頃前の話やけど、やっぱり最終的には魔力量が強さなんかな。 でも二つ星でも、愛弟子の聖女の実子は魔力量多くなってたよね、、
[一言]  特定の物にだけ効果を及ぼす磁力みたいなものかな?この場合は魔力を持つ生物とそれに密接な関係のある物とか魔素だと物質を含みそうだし。
[一言] ダメージの差が個人の魔力的な素質で出てるとすると1番軽症なのはクノン君になるはずだから何を参照してダメージ出してるんだろうか 馴染み具合とかなんかな
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