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354.七日目、ほぼ丸二日の空白





 一日目。

 その日の早朝にスタートした、魔人の腕開発実験。


 八柱円陣と十二星天陣。

 高次元な魔法陣を組み合わせて成立する、異空性物質交換の法を用い。

 造魔技術で特別な生態パーツを作り出す、というものだ。


 実験期間は、約七日間。

 一般的な開発実験と大きく違うのは、二点。


 魔法陣を維持するため、付きっ切りになること。

 そして異界から謎の何かがやってくること。


 付きっ切りという制限が、体力と精神力を削り。

 いつ来るかわからない異界からやってくるモノが与える、怪我や死というプレッシャー。


 特に後者。

 怪我どころか、命を落とすことさえあるほど危険なこともある。


 この日やってきたのは、黒い木。

 どんどん枝を伸ばしていく生物だ。

「あれは『伸黒樹(シャドウウッド)』だよ」とロジーが教えてくれた。


 そして、水を出す球体。

 これはロジーも知らない生物だったらしく、名前がわからない。


 どちらも無理なく対処できた。

 異界のモノとしては、弱い方だったのだ――と、後にわかる。


 だって、この時は脅威を感じることはなかったから。

 まだ(・・)




 二日目。

 実験は順調だ。


 というより、基本的に現状維持するのが役目である。

 まだ二日目だけに、特に問題はなかった。


 異界のモノは二匹。


 倍々に増えて行く「光点」――これも未発見だったらしく、名前はわからない。

 そして、実体のある幻影を生み出す「七色鼠」。


 これらも難なく対処し。

 多少乱された魔法陣を直して終わった。


 この実験の恐ろしさを知ったのは、次の日だ。




 三日目。

 ロジーが負傷した。


 異界からやってきた生物「火法円環(レッドリング)」。

 あれは、これまでの異界のモノとは、まるで別物だった。


 危険度が。

 あるいは殺意だろうか。


 開発メンバーで一番頼りになるロジーが襲われた。

 だが、彼がそのまま抑え込むことで拘束。

 その間に対処した。


 もし最初に襲われたのがロジーじゃなかったら?


 考えるだけで恐ろしい。


 ロジーの負傷はすぐに治したが、体力を消耗したらしく、眠りに着いた。

 彼はしばらく動けない。


 一時的にせよ、精神的支柱を失った。

 そう思った瞬間、強く自覚した。


 身体に蓄積していく疲労と、この実験に対する恐怖を。


 まだ実験三日目であることに、少し絶望する。


 その日の深夜、「悪夢の書(デビルブック)」が現れた。

 ロジー不在という事実に緊張感が増すが。


 自爆して何も成せない、悲しい生物だった。




 四日目。

 ロジーが復帰した。


 安心した。

 精神的支柱の復帰に、場の雰囲気が明るくなった。


 この辺りから、極限状態にも少し慣れてきた。


 ずっと緊張感を持って待つ、というのも限界がある。

 慣れてきたことで、休める時は休むことができるようになってきたと思う。


 要するに、力の抜き方がわかってきた。


 異界からやってきた「無色の妖精(スプライド)」も対処し、この日は過ぎて行った。




 五日目。

 昼頃に「群生する手(クランプスハンド)」が襲来した。


 これも、少し悲しい生き物だった。


 そして――





「――うーん。まずいなぁ。これはまずいぞ」


 ロジーが言った。

 いつも通り、穏やかに。


 口調は大して「まずい」ようには聞こえないが。

 

「まずいですね」

「まずい。ほんとまずい」


 シロトとアイオンも、わかっている。


「……いやあ、まずいですねぇこれは……」


 もちろんクノンもわかっている。


 ロジーの言葉は本音で。

 その言葉の意味を、ちゃんと理解している。


 ――クノンは、書き残してきたメモを簡単にまとめていた。


 そして、それも終わったところだ。


 あまりにも暇……いや。

 あまりにもプレッシャーが重すぎて。


 何もしないでいると、どんどん恐怖心が大きくなっていくのだ。

 すでに指先は震えている。

 自分がしくじったら死ぬ、自分がしくじったら仲間が死ぬと、何度も何度も最悪のケース考えてしまう。


 だから、できるだけ現状を考えないようにしていた。

 要は逃避行動だったのだが……。


 それにも限界がある。


「――ロジー、まだ来ないか?」


 不意に、聞きなれない低い男の声がやってきた。


 地下室にやってきたのは、執事服を着た長身の男。

 彼は仮面をつけていた。


 臨時採用助手の、使用人二号、だそうだ。


 初老のロジーを呼び捨てできるだけに、知り合いなのかもしれない。

 年齢的にも、一号と三号よりは、かなり上だと思う。


 初めて彼がやってきたのは、昨日の夜である。

 そして二回目の今は……恐らく、朝を迎えたのだろう。


「まだだね。――いや、恐ろしいね」


 そう。

 恐ろしい。

 この状況は、かなり、恐ろしい。


 何せ――「群生する手(クランプスハンド)」がやってきて、もう丸一日と半分が過ぎている。


 朝が来たのなら、今日は七日目だ。


 そして、今日の昼には丸二日になる。

 

 ――異界のモノは、丸一日空いたら、大物が来る可能性が高くなる。


 その恐怖は、全員が知っている。

 前情報が少なすぎたクノンも、もう知っている。


 前にやってきた「火法円環(レッドリング)」は、ロジーを負傷させたから。


 今考えても、あれは危なかった。

 下手すれば誰かが死んでいた。

 もし運が悪ければ、全滅していたかもしれない。


 それくらい危険な存在だった。


 あれと並ぶ生物が来る可能性が高い。

 もしかしたら、あれより危険なモノが来るかもしれない。


 だから「まずい」のだ。


「いざとなったら逃げろよ。いくら貴重な素材を使った実験でも、次がある。

 だが、命は代えが聞かないぞ」


 使用人二号の視線は、ロジーに向いているが。

 きっと言葉は、この場の全員に投げかけている。


「ロジー、判断を誤るなよ。おまえの指示一つだ」


「そうだね。

 ……気分的には今すぐ破棄したいくらいなんだが、あと一日だ。


 幸い、精神面はともかく体力は温存できている。


 だから、ギリギリまで粘ってみるよ」


 そう、あと一日だ。

 今実験を破棄すれば、これまでの時間が無駄になる。


 いや、経験とレポートは残るのか。

 ならば完全に無駄ではない。


 次に賭けるという手も、悪くないだろう。


 ――神花という、次はいつ手に入るかわからない素材の存在がなければ。


 次の実験がいつになるかわからない。

 だから、粘りたい気持ちがよくわかる。 


 正直、クノンも怖い。

 今すぐ逃げ出したいくらい。


 何かが来るなら、もうすぐだろう。





 使用人二号が朝食を配り、地下室を出て行った。

 それから間もなく、やってきた。


火法円環(レッドリング)」以上の生物が。





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― 新着の感想 ―
[一言] 〇〇円環以上の難敵… 〇魂かな、2の方の
[一言] ちょっかいかけたせいで追いかけ回されてたオーガが来くれたらいいのに
[一言] ……見た事があれば、ヤバいなりにやりようはある ……問題は「見た事も聞いた事もない」ヤツが出てくるかもしれないって事だ、下手すりゃ身構える暇もなく全滅なんて事もあり得る
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