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348.技術の進歩





 暴走する火は、風に煽られ膨れ上がる。

 人の頭ほどの石が飛び交い、足元には氾濫した川のような激流が渦巻き。


 閃光が走り。

 それは次々に色を変え。

 黒い風穴が空いては塞がれる。


 魔法陣の中を、七属性の魔術が暴走している。

 隙間がないほどに。


 せめぎ合う魔術たちが織り成す音は、もう何が何やらという感じだ。


 爆発する炎も、触れたら切れそうな風の音も。

 見えない壁に当たって砕ける石の音も、砕ける波の音も。


 とにかくうるさい。


 ロジーの防音機能を作動させろ、と。

 シロトが言った理由がよくわかる。


 もし、この世の終わりがあるとすれば。

 きっとこんな感じだろう。


 そして――何もできないわけだが。


 ただただ、その魔術の嵐を、見守ることしかできないわけだが。


 だって、「何もしなくていい」と言われたから。





「昔は、あれが現れたら終わりだったんだ」


 と、シロトが説明を始めた。


 あの赤い本は、「悪夢の書(デビルブック)」と名付けられたそうだ。


「本からページがちぎれる。

 ページの数だけ魔術が発動する。


 そして、すべてのページが魔術を使い終わったら、消える。


 簡単に言えば自爆だな」


 自爆。

 出し切って、消える。


 確かに自爆のようだとは思うが。


 どんな生物だ。

 いや、あれこそ本当に生物なのだろうか?

 本じゃないのか?


 明確に魔術を使っていたようにも見えたが……。


「あの魔術の数は、何をどうしても対処ができなかったそうだ。

 中級クラスの魔術を、あの数だ。


 半分くらい抑え込めれば上等。

 四人がかりでな。


 だがそれができたところで、床や水槽までは守れない。

 

 だから、出会ったら実験は終わりだった」


 わかる。

 クノンもまったく思いつかない。


 あの魔術の嵐のような現象。

 あれに対処する方法なんてあるのだろうか。


 可能性があるとすれば――闇だろうか。


 魔術が発動すると同時に。

 最大速度で弱体化させて、搔き消す。


 これならできると思う。

 ただ、そこまで強力な衰退魔術があるのかどうか、という疑問は残るが。


 ……。


 というか、ないのだろう。

 クノンより優秀な魔術師たちが散々考えて、今に至るのだから。


「――これが技術の進歩だ」


悪夢の書(デビルブック)」は消えた。


 吹き荒れた嵐は、今では痕跡一つ残っていない。


 そして。


 魔法陣内の変化は、一切ない。

 水槽も無事だ。


「全てを強化したんですね」


 水槽も、魔法陣も。

 これらを構成する技術のすべてを、強化すること。


 それで耐えられるようになった。


 何もしなくても。

 ロジーが起きることを心配する程度の相手になってしまった、と。


 シロトの言う通り。

 これは技術の進歩の結果なのだろう。

 

「この世の終わりみたいだったのに、無駄死にか……」


 本当に「悪夢の書(デビルブック)」が死んだのかどうかはわからないが。

 もし死んだのだとすれば。


 実に切ない話である。


 自爆。

 意味のない死。

 悲しい現象である。


 何の操作もしていない神花も、特に何事もなかったかのようだし。


 何一つ、なんの変化も起こっていないのだ。


 命懸けで暴れたのに。

 何一つ。


「クノン」


 アイオンは静かに言った。


「夜番の交代、よろしく……」


「……はい」


 なんだか切ないし。

 夜番だし。


 直前の嵐の後だけに、クノンは思った。


 ――これが祭りの後の静けさと寂しさ、というものだろうか、と。


 まあ、クノンは祭りなんて知らないが。





 と。


 深夜に切ないことがあったりなかったりしたが。


「――おはようございます」


 使用人一号が朝食を運んできたことで、夜が明けたことを知った。


「おはよう。もう朝かね」


「はい。先生、身体の調子はどうですか?」


「ああ、もう大丈夫そうだ」


火法円環(レッドリング)」に遭遇して以降、休んでいたロジーだが。


 なんとか復帰できそうだ。


「――迷惑を掛けたね。もう大丈夫だよ」


 と、ロジーはクノンらを見回す。


 顔色がいい。

 本人の言う通り、もう大丈夫だろう。


 クノンはほっとした。


 やはりロジーの存在は大きい。

 彼が万全で即座に動ける、というだけで、精神的にとても楽だ。


 実力でも、信頼でも。

 やっぱり教師はすごいな、と思うばかりだ。


「私が休んでいる間、何か来たかね?」


 来た。

 切ない一冊の本が、物語を終えた。


 何も成せずに逝ってしまった。

 あんなに派手で、命を懸けて起こした嵐なのに。


 クノンはなんとも言えない心境だったが。


「――『悪夢の書(デビルブック)』が来ました」

 

 するっとシロトがそう告げ、


「――ああ、そう。それはラッキーだったね」


 さらっとロジーがそう返した。


 切ない自爆の物語だと思うのだが。

 クノン以外は、そうでもないらしい。





 使用人一号が地下室から出て行った。


 四日目が始まる。





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― 新着の感想 ―
『悪夢の書』少し怖いな、姿見同じで少し違う性質の物があるかもしれないという恐怖が
今のレベルが違う実験に参加してあまり役に立ててない自分と重ね合わせてセンチメンタルになってるんかな
[一言] >「悪夢の書」 生き物って言うより異界の自律兵器っぽい感じだよね
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