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318.余韻も何もない





「――やあ少年たち。帰り支度?」


 声に振り返ると、屋敷から出てきたレーシャがいた。


 まだ薄暗い早朝である。

 リーヤとカイユは、屋敷の前で荷物をまとめていた。


 朝食が済んだら発つ予定である。


「あ、レーシャさん! 最後に挨拶したかったんです!」


 ここで会えてよかった、とリーヤは思った。


「挨拶なら昨日したじゃない」


 苦笑するレーシャ。


 ――きっかけは多機能豊穣装置からだ。


 途中からレーシャが開発に加わった。

 そこから、リーヤとレーシャが近づいた。


 それまでは、あまり接点がなく。

 リーヤは彼女を「開拓地に常駐している魔術師」程度にしか思っていなかった。


 だが、しかし。


 あの魔道具開発から、共通の目的を持って交流が始まると。

 嫌でも認識が変わった。


 ――なぜレーシャはこんなところにいるのか。


 知識も、魔術も。

 どれもが非常にレベルが高いのだ。


 風魔術に関するリーヤの質問は、全て答えてくれた。

 しかもアドバイスまで付けて。


 その上、教えすぎない(・・・・・・)という気遣いまでして。


 魔術学校にいる教師と比べても、遜色がないのではないか。


 それくらい優秀な魔術師だと思っている。


 この遠征で一番の収穫は何か、と問われれば。

 レーシャと語らったことではないか。


 そう思うくらい、リーヤの中のレーシャは、大きな存在になっていた。


 ――なお、リーヤは、レーシャの正体を知らない。


 彼女は王宮魔術師だ。

 ヒューグリア王国トップクラスの魔術師である。


 優秀じゃないわけがないのである。





「――おい、立ち話してたって準備は終わらねぇぞ」


 年上の女に夢中になっている相方に、カイユは声を掛けた。


 少し待ったが、終わりそうになかったから。


「あ、すみません! 運んできます!」


 と、リーヤは慌てて屋敷へと消えていった。


「……」


「……」


 レーシャがカイユを見る。

 カイユがレーシャを見る。


 ――二人きりになったのは、これが初めてだった。


「……もしかしてユエン?」


 気づかなければいいな。

 そう思っていたが。


「……お久しぶりです、レーシャ先輩」


 最後の最後で、バレてしまった。


 しっかり名前を当てられた以上、誤魔化せない。


「あ、やっぱりユエンだ。その恰好どうしたの?」


「訳ありです。先輩も訳ありでここにいるんでしょう?」


「いやあなたほどの訳はないわ、私は」


 まあそうだろうな、とカイユも思う。


 ちゃんと女の子だったから。

 最後にレーシャと会い、別れた時は。


「よくわかりましたね。昔の知り合いに会ってもバレたことないんですけど」


「そりゃ可愛い後輩だもの。ちょっと男になったくらいじゃ誤魔化せないって」


 ちょっとじゃないと思うが。

 性別が逆って、ちょっとの変化じゃないと思うが。


 まあ、気づくくらいだから、レーシャの目にはわかるのだろう。


「何? どうしたの?」


「訳ありです。そしてこのタイミングで聞かれても困ります」


「……まあそうね。帰る直前に知ってもね」


 そう。


 カイユはもうすぐこの地を離れるのである。

 込み入った話などしている時間はない。


 ――魔術学校時代の先輩と後輩の再会だった。


 再会した意味がないくらい、短いものだったが。





 その後、つつがなく帰り支度を済ませ、朝食を食べて。


 屋敷の前に、遠征組が集まった。


 まだ空は暗い。

 開拓民も活動していないので、見送りも数名程度だ。


 ダリオにラヴィエルト、ワーナー。

 レーシャ。


 それからユークス、アーリー、イコ。


 それくらいである。


「――それではミリカ様、また来ます。どうかお元気で」


「――はい。クノン君も気を付けて」


 手を握ってそんな挨拶をして。


 少し名残惜しそうに、二人は握った手を見て。


 そして、離れた。


 こうしてクノンたちは開拓地を飛び立ったのだった。













「行ってしまいましたね」


 また、しばらく会えなくなる婚約者。


 見えなくなっても、空の彼方を見詰めていたミリカに。


 すすっと近づいたレイエスが囁いた。


「……そうですね」


 余韻も何もない。


 まあ。

 いつまでも余韻に浸っているわけにもいかないが。


 クノンとのちゃんとした別れは、昨夜済ませているのだ。


 やることはたくさんある。

 長く引きずっているわけにもいかない。


「ではミリカ様、行きましょうか」


「ええ、はい。……ワーナー様に伝えていただければ、私が聞く理由はないと思いますけど」


「もちろんワーナー様にも聞いてもらいますよ」


「あ、そうですか。はい。わかりました――では皆さん、今日も一日頑張りましょう」


 ミリカは見送りに出てきた皆に言い、自分はレイエスについて行く。


 本当に、余韻も何もない。


 レイエスの行き先は、温室である。


 ――地下の畑で、何をどう育てていくのか。


 作物の予定表を作る。

 時期も、育て方も、育てる畑の場所も、全て指定するから。


 自分が不在の間は、それに沿って育ててほしい。


 そんなレイエスからの要請を聞き入れ、その詳細の説明を受ける予定である。


 正直、ミリカは畑には詳しくない。

 だからワーナーに任せたいのだが。


 しかしレイエスは、ミリカにも聞いてほしいらしい。


 間違いがないように。


「レイエス様はいつ帰る予定でした?」


「これが終わったら発ちます。

 でもミリカ様がお望みでしたら、もう二、三日は融通できますよ」


「悪いからいいです。早く帰ってやるべきことをした方がいいでしょう。時間は貴重ですからね」


「なるほど。気を遣わせてしまいましたね」


 ――気を遣ったというか、なんというか。


 皮肉が通じないって、なかなか手ごわいものである。





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― 新着の感想 ―
結局終始ワーナー領でワーナーの代行でワーナーの女ですって感じの描写で最後まで味噌付けていったなあ…
[一言] レイエスさん、欠けてるのは感情ではなく表情筋なだけじゃなかろうかと時々思ってますw が、今回、皮肉が通じないくだりでさらにわかんなくなりました(ぉぃ
[一言] レイエスさん、この地に根を張る気満々で草なんですよ
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