306.多機能豊穣装置 3
「――この辺でいい?」
「――ええ、ありがとうレーシャ」
クノンが「大掛かりな魔道具を造る」と宣言した、翌日。
準教師セイフィは朝早く起きて。
旧友レーシャを叩き起こして、こき使っていた。
使用人から、クノンが書いたというメモを受け取り。
その通り動き、帰ってきたところだ。
開拓地から少し離れた地に行き、鉢植えに土を取ってきた。
足に使った風属性の友人レーシャには感謝である。
――どうもリーヤとはどこかで擦れ違いになったようで、捕まえられなかったのだ。
だから旧友に手伝いを求めた。
あまりよくない、とは知りつつも。
「で、何するの?」
屋敷の前に鉢植えを並べ、レーシャは問う。
昨夜のクノンの宣言の場に、彼女は呼ばれていなかった。
まあ、それはそうだろう。
彼女は開拓地の魔術師である。
優秀だし頼りになるが、魔術学校から来た遠征組の一員ではない。
そこははっきりさせておかねばならない。
どんなに仲良くなっていても。
「さあ……」
セイフィはメモを広げる。
どこそこで土を取ってこい、としか書かれていない。
今のところ、指示はここまでだ。
ここからどうするかは、まだわからない。
「というか、何するつもり?」
そのレーシャの質問は。
直近の予定ではなく、目標のことを聞いている。
「……うーん……」
――多機能豊穣装置という魔道具を造るのだ。
答えるなら、そうなる。
だが、果たして。
昨夜のテーブルに呼ばれていないレーシャに、話していいものかどうか。
「なんかずっとはっきりしないね。セイフィらしくない」
「いや、私も好きではっきりしないわけじゃないんだけど」
「朝早くにはっきり起こしたくせに?」
そう言われると弱いが。
でも、自分が主導で動いている企画ではない。
だから当然守秘義務は意識してしまう。
「さっきも言ったけど、クノンの指揮で動いてるからさ。知りたいならあの子に聞いてくれない?」
一応、クノン主導で研究が始まった、という話をレーシャにはしてある。
してある、が。
「やだ」
「なんでよ」
「私を仲間外れにしたから。絶対にクノンから手伝ってくれって言わせたい」
なんかへそを曲げてしまったのだ。
この王宮魔術師は。
「だいたい自動荷車の時は手伝わせたくせに」
「まあ、そうだけどさ」
レーシャは不機嫌そうだが。
セイフィには、クノンが線引きした理由はわかるつもりだ。
自動荷車。
あれは、この開拓地用に開発した魔道具だ。
だから開拓地付きのレーシャにも手伝ってもらったわけだ。
しかし。
今回の魔道具――多機能豊穣装置は、違う。
開拓地用ではなく。
きっとクノンの欲望の産物なのである。
もう我慢したくない、という意識の元に考案されたものなのである。
まあ、細かい事情はいいのだ。
彼の指示で動け。
そう師に命じられて同行してきた以上、セイフィは従うだけだ。
――思わぬ天敵と再会し、思わぬ話を持ち掛けられ。
そんなことがあったせいで、少々やる気が漲ってきている。
だから、丁度いいとばかりに乗っかる予定だ。
名前からして、とんでもない物を造るつもりのようだし。
しばらく自発的な研究はしていなかった。
ゆえに、大いに力を尽くすつもりだ。
「――あ、セイフィ先生」
へそを曲げるレーシャに困っていると、屋敷の横手からリーヤが顔を見せた。
「クノン君から新しい指示が出てますよ。こっちへ来てください」
「あ、ええ」
どうやら次にやることがあるようだ。
「それじゃレーシャ、またね――は?」
「何?」
行こうとしたら、レーシャに手を掴まれた。
というか繋がれた。
「何、はこっちのセリフだけど。何よ? どうしたの?」
「言いなさいよ」
「何を」
「これからなんかやるんでしょ? これも手伝えって言いなさいよ」
「……いや、だから、クノンの許可をさ」
「やだ! 向こうから手伝えって言わせたい!」
「じゃあ諦めたら?」
「やだ!!」
なんだこの我儘な女は、とセイフィは思った。
……でも、ちょっと気持ちもわかる、とも思った。
魔術師たちが動き出した。
なのに、レーシャだけ外されているこの状況。
しかも王宮魔術師だ。
腕利きを保証する肩書きまで持っているのに。
なのに、一人だけ外されている。
納得できるできないはともかく、へそを曲げる理由はわかる。
その上、クノンたちは後輩だ。
かつて特級クラスに属し、卒業したレーシャからすれば、かなりの後輩になる。
その後輩に「楽しそうだからまぜて」とは、ちょっと言いづらい。
むしろそっちから「手伝ってください」と言ってくるのが筋じゃないか、と。
そう思う気持ちもわかる。
卒業生が「手伝うよー」としゃしゃり出てくる行為は、大概鬱陶しいし。
……大人になると、見栄や外聞やプライドと言ったものが、どうしても絡んでくるもので。
レーシャが複雑な気持ちでいるのも、わからなくもない。
「ちょっとセイフィ! 強引に連れて行かないでよ!」
などと言いつつ、レーシャがぐいぐいセイフィを引っ張り歩き出す。
「あんた面倒臭くなったね」
「うるさい」
旧友のよしみで、セイフィはもう何も言わなかった。
そこに並ぶのは、大量の鉢植え。
そして聖女レイエスとリーヤがいた。
「……『結界』ね」
一見して、何をしているかはわからないが。
いくつかの鉢植えを覆う光の膜は「結界」である。
聖女の固有魔術「結界」。
聖女しか使えないだけに、かなり珍しい魔術だ。
「レーシャさん」
興味深そうに鉢植えを観察するレーシャに、レイエスは言った。
「守秘義務があるので、部外者の観察及び視察、情報収集は控えていただけると有難いです。
ここでやるな、邪魔だと仰るなら、目につかない場所へ移動しますので、今は近づかないでください」
それはしっかりした抗議だった。
守秘義務があるから。
部外者だから。
まさにその通りである。
「うっ……ちなみにこれ何やってるの?」
レーシャには痛いくらいの正論だ。
しかし、それでも興味が抑えられず、問うと。
「『結界』の効果を分解しています。障壁、豊穣、光、空間分離、温度管理に空気清浄、虫除けや魔除けなどの効果を一つ一つ細かく分けています。いえ、正確には分けようとしているところです」
想像以上に楽しそうなことをしていた。
レーシャはもう興味津々だ。
ついでにセイフィまで興味津々になっている。
「でも話せるのは私のやっている部分までですので、これ以上はお話できません。
もしこれ以上を知りたいならクノンに許可を――」
「クノンに許可取ってくる!」
レーシャは走った。
――もう見栄だプライドだ言っている場合じゃない!
こうして、あえて外されていた王宮魔術師レーシャも参加することが決定した。