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305.多機能豊穣装置 2





 リーヤは呟いた。


「質の違う土を集めろ、か」


 クノンが「大掛かりな魔道具を造る」と宣言した、翌日。


「――こちら、クノン様から預かっております」


 食堂のテーブルに着くと。

 朝食を運んでくる使用人から、メモを渡された。


 昨夜彼が言っていた、指示が書かれたメモである。


 まだ空も薄暗い早朝である。

 しかし、恐らく。


 クノンとハンクはもう活動しているだろう。


 テーブルに誰かが食事した跡があるから。

 二人分。


 使用人は朝食を運んできた足で、それらを片づけていく。


 彼らもきっと、リーヤと同じだ。

 これから始まる活動が楽しみで、いつもより早く起きてしまったのだ、と思う。


「もう誰か起きてますか?」


 と、リーヤは使用人に問うと。


「レイエス様とセイフィ様は、ついさっき屋敷を出ていきましたよ」


「えっ」


 レイエス、セイフィと言えば。


 リーヤ同様、クノンからメモの指示を受け取る予定だった面子だ。


 たぶん、リーヤと同じ役割を任されている、とは思うが。


「早いですね」


 軽い世間話のつもりで言うと、使用人は微笑んだ。


「ですよねぇ。ほんと使用人の苦労も考えてほしい。これだから研究熱心な魔術師は。昼夜問わず周りも気にせず自分たちだけ楽しんじゃって。世話をする方は振り回されて大変なんですよほんと。なぜこんなにも早く起きなきゃいけないんでしょうねぇ。ねえどう思います? これって特別料金が出てもいい早起きなんじゃないですかねぇ? あら? そういえばお客様も随分お早いですねぇ? 使用人の睡眠時間についてどう思っているかお尋ねしても構いませんか? 構いませんよね?」


 ――これはまずい!


「ご馳走様です!」


 火傷も構わずスープを片付け。

 パンを割ってサラダとベーコンを突っ込み。

 そのパンを片手に、リーヤは素早く食堂を脱出した。


 ……危なかった。


 めちゃくちゃ怖かった。


 一介の使用人とは思えない圧を放ちながら。

 そして微笑みながらじりじり迫ってくるところが、とても怖かった。


 上位貴族の使用人は只者じゃないな、と思いつつ。


 リーヤは改めて、クノンからのメモを読む。


 ――要するに、この開拓地周辺の土を集めろ、というものだ。


「……ふうん」


 大筋はそうだが、細かく書かれている。


 あの辺とかこの辺とか。

 大雑把だが、どこの土が欲しいかが書いてある。


 地図作りに参加していたリーヤである。

 もう地図を見なくても、だいたいの場所はわかる。


「ああ、これか」


 ――屋敷の前に鉢植えがあるから、これに採取してほしい、と。


 造る魔道具の名が、多機能豊穣装置だ。

 豊穣と付くだけあって、土を採取する理由はわかる。


 光属性で植物関係に詳しいレイエス。

 土属性で、土の扱いは手慣れたセイフィ。


 そして、風属性のリーヤは移動だ。


 現に、遠くの採取地を指定されている。

 徒歩で採取するとなると、確実に数日は掛かるだろう。


 しかし、飛べれば半日掛からない。

 適材適所である。


「よし」


 地図作りは粗方終わっているので、もうリーヤは必要ないだろう。


 今日からは開拓地の手伝いではなく。

 魔術師として、活動する。


 ――ずっと待っていたのだ。


 クノンがやる気になったのだ。

 まさか土集めだけで終わることはないだろう。


 パンを食べながら鉢植えをチェックし。

 頭の中にある地図で、土を採取する場所を確認し。


 リーヤは飛んだ。


 ここでしかできない研究を、期待して。





「――あ、レイエスさん」


 五ヵ所分の鉢植えを満たし、リーヤは開拓地に帰ってきた。


 降り立った屋敷の前に。

 聖女レイエスと、彼女の侍女が立っていた。


 周囲に鉢植えがあるので、彼女らもメモに従い、今帰ってきたのだろう。


「リーヤ、いいところに」


 いいところに。

 何らかのタイミングがよかったようだ。


「何? どこか送ってほしいの?」


 そう問うと、レイエスは紙を差し出した。


「クノンから新しい指示です。今受け取りました」


「そうなんだ」


 メモを受け取り、読む。


「……」


 ぞわ、と。

 総毛立つような感覚に襲われ、リーヤは身を震わせた。


 ――いや、さすがだ。


 やる気になったクノンは、やはり違う。


「レイエスさんは、その、これって大丈夫なの?」


「迷う理由はありません」


 レイエスは言った。

 いつも通りの無表情で。


「私は『結界』はただの魔術だと思っています。使えば使うほど、そう考えるようになりました」


 聖女の固有魔術「結界」。

 それは聖女しか使えない、特別な魔術である。


 しかし、レイエスは特別だとは考えなくなっていた。


 使えば使うほど。

 知れば知るほど、理解すれば理解するほど。


 だからこそ。


「つまり、『結界』にもいろんな使い方があっていいということです。

 クノンの『水球』のように。あなたの飛行のように」


 メモにしれっと。

 当然のように書かれているそれを。


 レイエスはいつも通りの調子で言う。


「――『結界』を分解する。躊躇う理由はありませんね」


「結界」も魔術。

 ならば、従来の魔術のように、いろんな変化を与えられるはず。


 あたりまえと言えばあたりまえ、なのだが。


 その対象が固有魔術というのが……。


 ……少なくとも、彼女の隣の侍女は、気にしているような。


 なんだか複雑そうな顔をしているし。


 ――だが、レイエスの返答もだが。


 リーヤへの指示も、なかなかのものだ。


「……分解した『結界』を、風で変形させてほしい……か」


 無茶だなあ、というのが正直な感想だ。


 できるかどうかは怪しい。


 そもそも「結界」は障壁だ。

 魔術……魔を通さない、強い障壁なのだ。


 なのに魔術で干渉しろ、というこの指示。

 理屈で考えれば、できるわけがない。


 だが、しかし。


 面白そうだ。

 とても面白そうだ。


 レイエスの言う通り――躊躇う理由がないほどに。





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― 新着の感想 ―
9章以前のイコだったら納得できたんだけど、9章の散々好き勝手やってるイコはこういう文句言う権利ないんだよなあ…
[一言] やっぱこういう話が1番わくわくする!
[良い点] やっと楽しい開発の話になった、これを待ってたんだ
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