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第三話:魔王様と千年後の街

 眷属たちと別れてから、街を目指して歩いていた。

 俺が別れを告げたとき、眷属たちが浮かべた寂しさと悲しさが入り混じった表情が頭に浮かび胸が締め付けられる。

 ……俺も彼らと共にすごしたい。あいつらのことが大好きだ。千年待ってくれたことに感動すら覚えた。

 だけど、あの子らにはあの子らの人生を歩いてほしい。


(懐かしいな)


 ロロアの用意してくれた鞄の中には昔彼女が作っていた通信機、その進化版と呼べるようなものが入っていた。

 昔は通信をするだけの機能しかなかったのだが、端末全体が画面のようになっている。

 説明書があるので、ざっと流し読みする。


「いつの間にか、地図機能までつけていたのか」


 説明書通りに操作すると画面に地図が映る。

 どういう仕組みか、自分の現在位置がマーカーされており、歩くとしっかりと追随してきた。

 これがあれば、迷いようがない。

 近くの街を選ぶと、宿屋やら、食料品店やら、服屋やら、いろいろと表示され、評判まで書かれている。

 コメントを書いている連中に知り合いが混じっている……というか、俺の眷属の名前が多いのが気になる。『やー♪、お肉料理がとっても美味しい店なの! きつね大満足!』『んっ、ここの主人はわかってる。特殊素材の取り扱いがとても丁寧。星五つ』などなど。


(便利すぎるだろう)


 そして、どうやらこの端末では本も読めるようで【千年でこう変わった! 今の常識全集】なんてものまで入っている。

 言うまでもなく俺のために用意されたもの。

 著者は黒死竜のドルクスだった。

 この端末の名前はロロアフォンⅦというらしくて、魔王軍の制式装備らしい。


「残りⅠ~Ⅵまではどうなっているのか気になるところだ」


 そもそもの主目的である通信も強化されており、昔は通信距離がせいぜい数キロだったのだが、こいつはほぼどこでも繋がるらしい。

 眷属たちの連絡先も入っている。

 それらを消そうとして……やめた。好きに生きろと言って距離を取ったが、繋がりを消してしまうことはない。

 ただ、親離れは必要なので説明書にあった機能、着信拒否を使ってみる。

 これから、それぞれの道を歩んで行くのに、俺にいつまでもべったりしていては駄目なのだ。


「あいつら、俺がこうやって一人で旅に出ることを予想していたのか?」


 バックの中を見ると、そうとしか考えられない。

 旅に必要な道具や、水、保存食がかばんに詰められている。


(それにしても人の体というのは不便だ)


 すぐに疲れるし喉が渇く、腹まで減ってきた。

 歩き始めてたった二時間ほどだというのに、限界を感じている。

 魔王ルシルだったころは食事なんて必要としなかったし、体力もあり一週間ほど戦い続けたことすらあったのに。

 この不便さこそ、普通であり、俺が望んだものだろう。

 日差しがきついし、どこかで涼もう。

 このままじゃ行き倒れてしまう。


 ◇


 木陰を求めて、街道からそれて大樹に寄り掛かっていた。

 地図をみると、あと十キロほどある。

 ……二時間かけて、たった十キロしか進んでいない。

 今までの俺なら、この程度の距離、五分もかからずたどり着けたが、今のペースならさらにあと二時間かかってしまう。


「【水球】」


 魔術を使う。

 この身に魔力を宿っているのを感じていたし、魔王の力はなくしても記憶は残っている。無数の魔術を行使できるのだ。

 ただ、魔術師としては並程度の魔力量しかない。

 一応、魔力量は低くとも、魔力と体との相性はいいらしく、ロスをほとんど感じないところは長所と言っていい。

 詠唱が終わり、頭のうえにふわふわと水のボール浮かび、落ちてきた。

 口を開けてそれを出迎える。

 びしょ濡れになるが構いはしない。

 喉が潤ったし、火照った体が冷えて気持ちいい。


「魔力が足りなくて、戦闘魔術の使用は絶望的。生活魔術を三、四発打つがの精一杯って感じか。体力が駄目なら、魔力も駄目。人というのは、よくこれで生きていけるものだ……よし、そろそろ出発するかな」


 立ち上がると、さっきより体が軽かった。疲れが取れたというより、体力がついたという感じだ。だるさもなくなっているし、踏み出す足に力強さを感じる。


「ふむ、ここまで歩いてきたから、体が鍛えられたのか? 人は貧弱だが、鍛えることで強くなれるのだったな。成長というのはなかなか気分がいい。始めから完璧な存在である俺たちには、なかったものだ」


 人というのは負荷をかければ、その分だけ強くなる生き物だったのを思い出す。

 魔王軍にも、眷属に匹敵する猛者がいた。

 彼らは鍛えて強くなっていたのだ。ならば、一般人となった俺も鍛えればそうなれるだろう。

 ふむ、ならここからは走ろう。

 もっと体力をつけなければ不便で仕方ない。

 体力だけじゃない、魔力のほうも鍛えれば強くなる可能性があるから、あとで試してみようか。

 こうやって、すぐに強くなっていくなら、人の体というのはそこまで悪いものでもないかもしれない。


 ◇


 そして、のこり十キロを三十分ほどで走り切り、街が見えるところまでたどり着いた。

 さっきは十キロを二時間歩いただけでバテていたのに、同じ距離を三十分で走りきれるなんて、鍛錬というのはすごい。

 一休みしたら、今の走りで鍛えられて、さらに速くなっているだろう。

 どんどん成長していくのは快感だ。

 やはり、人の体というのは面白い。


(このまま街に入るのもあれだな)


 走ったせいで、汗だくで気持ち悪い。

 街に入るまえになんとかしよう。

 それも魔力鍛錬も兼ねて。


「【水球】」


 さきほどのように水を頭から被る。

 汗と汚れが雑に流れていく。


「【熱纏】」


 熱を纏う魔法で一気に乾かす。

 これですっきりだ。

 そして残った魔力量を感じ取る。


「ふむ、やっぱり魔力も鍛えれば上がるんだな」


 さきほどの計算では、生活魔術三、四発で限界だと感じたが、もう二、三発はいけそうな気がする。

 万全の状態なら、一発ぐらいは戦闘魔術を使える魔力量だ。

 これからは魔力が回復するたびに、適当な魔術を使おう。魔力を鍛えるのだ。ある程度強くないと、この世界を楽しむどころじゃない。

 鍛えて強くなるなんて、普通の奴らだって当たり前にするだろう。

 さて、いよいよか。

 俺が救った魔族たちが千年かけて作った街へと足を踏み入れる。

 長い眠りにつく前、俺がいなくなったあとも魔族たちがやっていけると信じてはいた。しかし、心配ではあった。

 ドルクスから無事だと聞いていたが、自分の目で見届けたい。

 さあ、行こう。

 魔王としてではなく、ただの人として、俺が守った魔族たちが作り上げた街を楽しむのだ。


 ◇


 街はそれなりに栄えていた。

 建物のほとんどは二階建てのレンガ作り、街灯も用意されており、文明の匂いがする。

 衛生面も問題なさそうだ。

 千年前の街なんて、道端に糞尿とゴミが散乱していた。

 それを考えると立派な進歩と言える。

 この街は多種多様な種族が入り乱れており、中には人間もいる。


(それでいい。俺はなにも人間と魔族の対立なんて望んでいない。俺が望んだのはありとあらゆる種族たちが共に暮らす世界。神が選んだからと言って、人間を排除する気なんてなかった)


 俺は魔族のためにここを大陸から切り離したが、その当初から人間は多くいた。彼らはその子孫たちだろう。

 一部、人間という種族そのものを嫌う魔族は当時からいたが、なんとかうまくやっているようだ。

 こういうのを見ると嬉しくなってくる。


(まずは飯だ)


 飯というのは文化そのもの。

 何より俺は腹が減っている。

 端末を操作すると、とくにおすすめと表示されている酒場が近かったのでそこに向かう。

 いい匂いが漂ってきた。

 店の名前は、きつね亭とあり、大衆店で敷居が低く入りやすい、それでいて掃除が行き届いていて好印象だ。


「いらっしゃいませ! お一人様ですか」

「ああ」


 活発で可愛い子だ。落ち着いた黄色の髪をした少女。

 猫耳と尻尾が特徴的だ。ただ、よくよく見ると猫というよりはトラだろう。

 尻尾に黒のシマシマがある。

 トラ獣人だけあって力持ちだ。料理やらジョッキやらを限界まで乗せたお盆を、両手と頭、さらに尻尾に乗せて運んでいる。

 いや、これ力よりもバランス感覚のほうが凄まじいな。


「では、こちらへ」


 俺を案内すると、少女は軽やかに配膳に戻った。

 可愛くて、テキパキしていて、見ているだけで気持ちいい。

 メニューを見る。


「……ほう」


 言葉も文字も千年前と変わっていない。魔族言語だ。

 かつて、天使たちが行う粛清から逃れるために、ありとあらゆる魔族が協力しあって魔王軍を結成した。

 その際、種族ごとに言葉と文字が違い、意識疎通に問題が出て、統一言語を決めることになった。

 どこか一つの種族の言語と文字を使うと角が立つ。

 だからこそ、俺達は新たに言葉を作ることを選んだ。

 簡潔かつ機能的なものを開発したのだ。それこそが魔族言語。魔族すべての言葉という意味を込めて名付けた。

 それが今も使われている。あのがんばりが無駄にならなかったとうれしくなる。


「注文を頼む、特製バラ煮込みと、季節の果実酒だ」

「はいっ、すぐに用意しますね」


 メニューに一番人気と書かれていた料理と酒だ。

 次々に客が入ってきた。人気店なだけあって盛況なようだ。

 ロロアフォンⅦの端末情報だけでは、うまいかどうかは半信半疑だったが、この盛況っぷりなら期待できそうだ。

 痛みを感じて首の裏を撫でる。


「痛っ、まさかな」


 ちりちりと首筋のあたりに変な感覚があった。

 昔から不思議なジンクスがある。

 運命の出会いが訪れるとき、決まってここに痛みが走る。

 眷属にしたロロアやライナたちと出会った日も、こういう感覚があった。

 だけど、今回ばかりはさすがに気の所為だろう。

 魔王の力をなくした俺に、眷属を作る力などないし、この世界はもうこんなに平和になったのだ。

 今更、眷属が必要になる状況などありはしないだろう。

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