表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方幻想入り  作者: コノハ
世界の脅威
30/112

振り払われた手と私

 エイリンのお願いというのは、単純だった。

「ノーマを、助けてあげたいの」

「……んなことわかるわよ」

 アリスは苦しそうな表情だった。親しい人がいなくなる苦しみを、アリスは何度も味わってるはずだから。 ……ごめん、アリス。

「ありがとう、アリス。お願いっていうのは……、澪に潜入してほしいの」

 アリスは渋い顔をした。

「……で?」

「そこで、ノーマを連れ出して逃げるか、せめてアジトがどんな場所なのかくらいでもわかったら……」

 エイリンは私を見た。

 エイリンは、苦しんでた私をいつも助けてくれた。レミリアに魅了されかかったときも、死にかけたときも、自殺しかけたときも。だから、できるだけ思いには応えたい。けど……。

「もしそんなマネして、向こうが澪を裏切り者だと認識したらどうすんのよ。その状態であいつらに捕まったら、終わることのない責め苦が待ってるのよ? 子供にそんなことさせるつもり?」

「だけど、今幻想郷の人間で解放団が接触してこようとするのは澪一人なの」

 幻想郷の人間、と言われたことが、嬉しかった。私は名実ともに仲間だと言われたような気がした。

「あのね。だからってスパイみたいなマネさせられるわけないでしょ。この子もう二度も捕まって地獄を見てるのよ? 次そんな目に遭ったら今度こそ壊れるわよ?」

 エイリンは呻いた。苦しそうに、悲しそうに。

「……そう、ね。私が、考えなしだったわね。は、はは。月の頭脳が、とんだ体たらくだ」

 月の、頭脳? なんだろう、この人偉い人だったのかな。それとも、ものすごく賢い人だったのかな。

「気持ちはわかるわ。でも」

「私、行く」

 二人が、驚いたようにこっちを見た。

「私、頑張る。ノーマを、助ける」

 ノーマは友達ではないけど、ノーマに何かをしてもらったわけではないけど。

 けど私は、アリスの家族なんだ。アリスが見ず知らずの私を助けたように、私も見ず知らずのノーマを助けよう。

「……でも、そんなことしたら」

「裏切ったことがばれたら、私、今までよりもずっと酷いことをされると思う」

 怖い。例えようもないくらい、耐えようもないくらい大きな恐怖が私の心を鷲掴みにしようとしている。でも。

 でもそれよりも私が怖いのは痛みの先にあるもの。ノーマを助けられなかったら? 心の底から向こうの仲間になってしまったら? それが、怖い。

「ねえ、お姉ちゃん。もし私が私でなくなっても、お姉ちゃんは私の家族でいてくれる?」

 アリスは頷いてくれた。

「……絶対に、永遠に家族よ」

「それなら、もう何も怖くない」

 私が壊れても、私が私でなくなっても、私が狂っても、アリスは家族。その安心が、私を恐怖から解放してくれる。

「じゃあ、行ってくる」

「待ちなさい」

 竹林の中に飛び込もうとした私の肩を、アリスが掴んだ。

「……本当に、行くつもり?」

「もちろん。私、ノーマのために、皆のために、頑張るよ」

 いつも、私は必要に迫られて頑張った。今、初めて他人のために頑張っている。家族の役に立てるのが、幻想郷の皆に恩返しができるのが、嬉しかった。

「……帰って、来なくてもいいわ」

「え?」

「無事でさえいてくれたら、心の底から解放団に入ってもいいのよ。お願いだから、無茶してボロボロにならないで。お願いよ」

「……」

 私は答えなかった。絶対に、解放団の仲間にはならない。それだけは、譲れない部分だったからだ。

「行ってくる」

 アリスの手を振り払い、私は竹林の中を駆ける。

 しばらく走り、エイリンとアリスの姿が見えなくなったところで、目の前に御陵臣が現れた。いつも不敵で気味の悪い笑顔を浮かべていた顔は、複雑そうな表情になっていた。

「……あんな相談を我々が聞いていないと思った?」

 私は首を振った。

「あなたの仲間になりたい。アリス達に言ったのは、全部嘘」

 アリス、私、頑張るよ。

「……ほう」

「私は拷問なんてしたくない。でも、解放団には従う」

「それは、いけません。入団の儀式はあれだと決まっているのだから」

「もしそうなら、私が今の解放団を皆殺しにして、私が新しい解放団のリーダーになる」

 御陵臣は顔を引きつらせた。

「解放団を乗っ取って、何をするつもり?」

「幻想郷から出る」

 私は静かに言った。

「もう、こんなところにいたくない。協力させて」

「さもなくば、皆殺しに?」

 私は頷く。

 そうすると、御陵臣は大笑いした。

「あははは! わかった、わかった。

 来る者拒まず去る者は地の果てまで追いかけ、裏切り者は許さない、幻想郷という檻から解放を目指す唯一の団体、解放団へようこそ!」

 私はその嘘くさくて白々しい文言を聞いた次の瞬間、後頭部を思い切り殴られ、意識が飛んだ。


 目を覚ますと、私は王座のような豪奢な椅子に座らされていた。

 縛られてもいない。私の体には大きいくらいのマントも羽織らされていた。周りを見渡すと、多くの人が私に頭を垂れていた。ごつごつした岩が壁や床になっている、洞窟みたいな広い部屋だった。遠くにある部屋の入り口からこの玉座のような椅子まで、真っ直ぐに赤絨毯が敷かれている。

「……御陵臣は?」

 私が呼ぶと、私の隣に御陵臣がいた。相変わらずの、神出鬼没。

「どうかしましたか、姫様?」

「どういうつもり?」

 もとより、と言って御陵臣は語り始めた。

「姫様には、こうして我々のアイドルとして幻想郷の人間と戦ってほしかったのですよ。死なず、老いず、そしてなりより強い。そんな、まるで夢のような存在。それが、あなたです。さあ、姫様。我々はあなたの指示を待っています」

 元から、こうして私を持ち上げるつもりだったのか。だからあんなに熱心だったのか。

 たぶん、ここまでもちあげても、裏切った瞬間私は姫様からただの供物に早変わりするのだろうな。どういうつもりなのだろう、本当に。

「……」

 どうするべきだろう。指示を? どんな指示? どんな指示ならいいのだろう。

「お食事はいかがですか、姫様?」

「私、ごはんはいらない」

 私が言うと、御陵臣は軽く笑った。

「我々と同じ食事を姫様が欲しているとは思いません。……おい」

 そう彼が呼ぶと、入り口が開き、たくさんの生肉が運ばれて来た。それは皿に盛られた、たくさんの、人の肉だった。

「ごはんはいらないと言った」

「しかしもう調理してしまいました」

 私は立ち上がって、その大きな皿まで歩く。食べたい衝動を我慢しつつ、それをよく観察する。一つ一つのパーツが小さい。……そんな。

「……まさか、子供の肉?」

「お目が高い。ここの人間の子供ですが、お口に合うかと」

「まさか、寺子屋から攫って来た、の?」

 御陵臣はこともなげに頷いた。

 悲しそうに私を気遣うケイネの顔が浮かんだ。

「……他にも攫った子は、どうしたの?」

「皆、姫様のために」

 私はかくりと膝をおとした。ケイネの生徒はみんな、みんな、私のせいで、私のために死んだ?

「……うそだ」

「証拠をお見せしましょう」

 御陵臣が指を鳴らすと、次から次へと、皿に盛られた人の肉が運ばれてくる。それが終わると、私の周りには、ゆうに三十人を超える数の人の死体があった。

「……殺したの?」

「はい。入団の儀式の一環として」

 私は周りを見る。人の死体ばかりだ。全員、ケイネの生徒だったであろう人たち。

「……もし、私が食べないと言ったら?」

「別に。その者たちが全てゴミとなるだけです」

 私は、もう我慢ができなかった。最低。こんな人間達と同じ所属?

 私が!?

「ノーマはどこ?」

「ノーマ?」

「死なない子」

 ああ、と御陵臣が言った。

「持って来ましょうか?」

「お願い」

 御陵臣が、何か合図をした。するとしばらくして、ノーマが連れてこられた。その顔は無表情で、目は虚ろ。何をされたのか、小さく小刻みに震えていた。

「こっちに」

 私は自分から歩いていって、ノーマの肩を抱いた。

「御陵臣。短い間だったけど、本当、気持ち悪かった」

 私は膂力にまかせて、ノーマを運んできた人を吹き飛ばした。その人は壁に激突すると小さく悲鳴をあげて気を失った。

「裏切りですか」

「当初の予定通り」

 にこりと、御陵臣は微笑んだ。

「それならば、こちらもです」

 御陵臣が、何かのボタンを取り出した。なんだろう、と思っていると、彼はそれを押した。

 部屋の周りから大量の人が、現れた。

「……」

「裏切り者には、死を。しかしあなたは死にません。ので、狂うまで痛めつけることにします。泣いても叫んでも、これが最後のチャンスです。心の底から仲間になると誓い、その少年を喰らいなさい」

 もし、ここで断って、逃亡に失敗すれば、私はどうにかなっても、いためつけられるだろう。ここで仲間になって幻想郷と敵対する、というのも選択肢の一つなのかもしれない。

 私の心は、捕まったら与えられるであろう苦痛にもう折れ始めている。

 アリスの言葉が頭に浮かぶ。

 アリスは心の底から仲間になっていいと言った。

 ケイネの悲しそうな顔が思い浮かぶ。

 帰りを待つケイネの気持ちを踏みにじった人間と、同じになるのか?

 カグヤたちの言葉を思い出す。

 彼女たちはノーマの帰りを、今も待っている。私は、ノーマを助ける為にここに来たのだ。

 他にも、たくさん、私が出会った人たちの顔が浮かんでは消えて行く。

 私は、決めた。

「仲間になど、誰がなるか。私はノーマを助けにきたんだ」

 ノーマの手を掴んで、入り口から逃げようと歩き出す。

 すると、ノーマが私の手を振り払った。私はノーマを見る。かたかたと震えて、小さくうずくまってしまった。

 ああ、折れてしまったのか。

 私はノーマを責めることができなかった。たぶん、私もすぐにこうなるのだから。

 ノーマを振り向いて、彼を見ていたのはほんの数秒。けど、もう全てが遅かった。もう私は包囲され、なぜだか身動きすらとれなくなっていた。動きを縛る、誰かの力だろう。本当に、なんでこんなにもいろんな力を持っている人がいるのだろうか。

 もう、私には何もできはしない。あとはただされるがまま。

 私は早々に諦めた。二度攫われたのが、私の心に響いていたのだろう、抵抗する気力もあまり湧かなかった。

 壊れる前にもう一度アリスに会いたいな。会えるかな。

 私が捕えられる前に懸念したのは、そんな事だった。

 それから私は、私は……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ