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東方幻想入り  作者: コノハ
世界の脅威
18/112

ふとした異常と私

 気が付いたら、私は目が覚めていた。

 体を起こし、部屋を見回す。私の隣にはすやすやと気持ち良さそうに眠るアリスがいた。もう少し周りを観察すると、窓が朝の日差しを取り込んでいた。どうも私は泣き疲れて眠ってしまったようだ。

 アリスに視線を移す。白一色のパジャマに身を包んで眠っている。私の方を向いて、横に眠っている。

 私がそばにいると言うのに、警戒心をかけらも抱いていないような、油断しきった顔だった。

 この人が、私の大切な家族だ。

 自分に強く言い聞かせる。

「……お姉ちゃん」

 耳元で話しかけても、反応はない。もっと、耳元に。すんすんと、匂いを嗅ぐ。甘い匂いがする。香水だろうか? 昨日アリスは香水をしている雰囲気はなかったが……。

「お姉ちゃん」

 少しだけ、肩を揺する。反応はない。露わになった首元が、私を惹きつける。

 白い、すべすべとした感じの首。

 つつつ、と指でなぞってみる。

「ひゃっ」

 バッ、と飛び退くように離れた。声は上げた。けど、起きては……いないみたい。

「お姉ちゃん、朝だよ」

 美しいアリス。キレイな首。

 血もきっと、おいしい。

 頭に浮かんだ思ってはいけないことを、振り払う。私は吸血鬼である以前にアリスの家族なのだ。食糧なんかじゃない、ぜったいに。

「……う、ううん」

 アリスが、目をひくりと動かした。体が自発的に動いた。起きるのか。

「……お姉ちゃん」

「……ん、おはよう澪」

 アリスは体を半ば起こし、私の方を見た。しなやかなその格好は、ともすれば淫靡なものに見えた。

「ん、おはようお姉ちゃん」

 私はベッドから降りた。アリスから離れたかった。血が欲しかった。

「朝ご飯、どうしましょうか」

「私はいらないよ、お姉ちゃん」

 アリスはしばらく黙っていた。私は寝室でアリスの方を見ずに話を続ける。

「いらないって、あなた栄養……。あ、ごめん」

「いいよ。自業自得だし」

 私は静かに言った。アリスのことを見てはいけない。アリスはご飯じゃない。アリスは家族。アリスは大切な人。アリスは私の愛する家族。だから、だから、だからダメ。

「……澪、眠くない?」

「あまり」

 そういえば、眠くない。なぜだろうか。吸血鬼は夜に起きるものだとばかり思っていたが。

「……そう。その、血が吸いたかったら私のことは気にせず、吸いに出かけても、いいわよ」

 そんな言葉が出てくるあたり、アリスも人間ではないのだな、と実感する。

「血なんて吸いたくない。私はお姉ちゃんの妹で、バケモノじゃないんだから」

 私は振り返ってアリスの方を見た。

 体の奥底から湧き上がるような熱い気持ちを感じた。情欲にも近いこの感情を、家族に対して向けている自分が許せなくて、気持ち悪かった。

「お姉ちゃん、やっぱり私ダメだ。私、永遠亭行ってくる」

 きっと、治してくれる。それができなくても、せめてこの熱い思いを消してくれる。

「……わかったわ。すぐ準備するから、ちょっとだけ待ってね?」

 私は首を振った。

「一人がいい。一人で行く」

 アリスの返事も聞かず、私は家を飛び出していた。

「待ちなさい! その森は!」

 だから、その警告は聞こえなかった。

 森の中を駆け抜ける。昨日は全く、何もわからなかったというのに、方向を見失わずに済んでいる。

 もうアリスが走っても追いついてこれないような場所まで来ると、私は走るのをやめ、歩く。

「こどもが、こんなところになんのようだ?」

 それからすぐに、森の茂みの右から、大きな鬼が出てきた。赤くて、角が二本生えている。

「ここがどこだか知らないようだな?」

 左の方から、青い鬼が出てきた。一つ目の鬼で、角はなかった。

「……許してください」

 まずいものにからまれた。化物が、こんなところにいるとは。アリスと歩いている時には何もなかったのに。……そうか、アリスがいたから、こいつらも出てこれなかったのか。

「だ、め、だ! 食べてやるぅっ!」

 赤鬼が思い切り、腕を振るってきた。とっさに、腕を交差させて防御行動をとる。来るべき衝撃に備えて、目を閉じる。

 腕に、衝撃。でも、それだけ。想像したような、両腕とも吹き飛んで十メートル吹き飛ばされる、とかいうことは全くなくて、ただ衝撃が来ただけだった。

「……え?」

「な、なんで、なんでなんともないんだよ!?」

 私と、鬼。二人一緒に驚いた。

 その次に私は鬼の腕を弾くようにして自分の腕を広げてみた。すると、面白いくらい簡単に、鬼の腕は弾かれる。

「……」

 その一連の事象で、私は確信した。

 私は強くなっている。人とは比べ物にならないくらい、強く。

「……」

 私が鬼たちを見ると、彼らは怯えたように一歩下がった。

「ゆ、許してくれ」

「だめ。いただきます」

 人間でないのなら、アリスでないなら。

 私に攻撃してきた者全てが、食糧だ。

 私は力の限り暴れた。存外、気分がよかった。


 ……うん、美味。

「……」

 私は青鬼の右腕を千切って、食べられる大きさにする。一口サイズにすると、口に運んで咀嚼する。血の甘い匂いとなんともいえない至上の味が広がって、最高においしい。内臓を見る気にはなれないから、まだお腹は裂いてない。いつか残さず食べれるようになればいいけど。

「……ああ」

 久しぶりに食事をとったような気分になって、思わず声が漏れた。

「へえ、素晴らしいじゃないか」

 そんな声が、どこからともなく聞こえた。私は振り返る。誰もいない。周りを見回す。誰もいない。

「誰?」

 私はそんなことを聞いていた。名乗りを上げて、襲ってきたら食べてやろう、そんな軽い気持ちだった。

「澪! 澪!」

 返事を待っていると、後ろから声が聞こえた。アリスの声だ。こっちに向かってくる。食べるのをやめた私は、鬼二人の胴体しか残っていない死体を森の奥の方へと放った。茂みに消えて、見えなくなる。

「澪、だいじょ……」

「お姉ちゃん」

 アリスはさすがに、固まっていた。血の海になった地面の中心で、血塗れになった私がいたのだ。驚くのも、無理はない。

「どうしたの、これ」

「鬼二人に襲われて、許してと言ってもやめてくれなかった。攻撃してきたから反撃したら、死んでしまった」

 全く嘘はついていない。だけど、なぜが罪悪感が身を包んだ。

「そ、それで、その、えっと」

「ごめんなさい、お姉ちゃん。血が吸いたくなって、お腹も空いてたから……食べてしまった」

 アリスはさらに驚いて、それから一度首を振ると、ゆっくりと私に近づいてきた。

「永遠亭にはまだ行くつもり?」

「うん、もちろん」

 私は私のことを知る権利があるし義務がある。そう思う。

「わかったわ。ついていってもいい?」

 さっきとは違い、私は頷いた。アリスに感じていた渇きを、私は感じなくなっていた。よかった。心の底から安堵する。

 ただお腹が空いていただけだったんだ。だから、思考回路が変になっていた。そういうことだ、きっとそう。

「うん、一緒にいこ、お姉ちゃん。おてて、つないでいい?」

「ええ」

 しっかりと手を繋ごうとして、自分の両手が血に濡れていることに気が付いた。

「あ、ごめんお姉ちゃん。手が汚れてるから繋げない」

 そう私が言うと、少しだけ残念そうな顔をして、しかたないわね、と言った。

「じゃ、行きましょうか」

「うん」

 さっき聞こえてきた不思議な声はなんだったのだろう。そんな疑問を私は持ったけれど、アリスには言わなかった。

 私とアリスは永遠亭に向けて足を運んだ。まだ、アリスからの愛情は感じる。

 鬼を食べても、私を家族だとみてくれる彼女の愛は、普通の愛では、ないかもしれない。私はそう感じ始めていた。

 けど、心地いい。だから、まあいいか。そう思った。

 それから何事もなく歩いて永遠亭に着く頃には、昼前になっていた。

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