第518話 スマザードメイト
―――中央海域
それぞれが異なる得物を扱う10機ものロイヤルガード、シュトラは戦況を見ながらその全てを操り、トリスタンに打撃を与えようとしていた。だが、トリスタンの騎乗するディマイズギリモットはその度に口から超音波の壁を作り出して、攻撃をロイヤルガードごと押し出して妨害行動を行う。その効果範囲は最大で大怪鳥の周囲全域にまで及ぶ事が分かっており、10機全てが総攻撃を仕掛けたとしても、トリスタンにまで刃が届く事はなかった。
一方でトリスタンの攻撃手である鏡のゴーレム、タイラントリグレスの攻撃が上手く行われているかと問われれば、こちらも攻めあぐねていた。タイラントリグレスの体は強大であり、能力だけでなくそのパワーも凄まじい事が窺えたが、何分動きが遅過ぎたのだ。シュトラ達が乗るのは、最大息吹からそれなりに時間が経過し、疲れが癒えてアズグラッドによる底上げまでもが加わった氷竜王サラフィアだ。竜形態のサラフィアはダハクと同じくらいのサイズで、こちらも竜としてはかなりでかい。それでも前述の要素もあって俊敏性は何ら損なわれておらず、迂闊な攻撃はできないものの、振るわれる拳は容易に回避していた。
「一進一退、膠着状態が続きますね! 聡明なシュトラ様の次の一手は何ですかな?」
「………」
「ほう、長考とは光栄の至り。それでは、こちらから仕掛けさせて頂きましょう!」
妙なテンションなトリスタンは、シュトラの沈黙を見るなり更にハイに。互いに盤上遊戯が趣味という点が重なってなのか、その様は立ち振る舞い云々を抜きにしても、この戦いを心の底から楽しんでいるようでもあった。
「ギリィ、タイラントリグレス! 貴方達の真の力を、悪しき血族達にお見せなさい!」
トリスタンの高らかな宣言に呼応するように、一応の人型を保っていたタイラントリグレスがキュインと電子的な音を響かせた。やがてその鏡の体が、バラバラに分解される。
「ああっ? 勝手にぶっ壊れたのか!?」
「たぶん違うわ。クロトみたいに体を分けたのよ」
「ご名答! 見事正解されたシュトラ様には、これをプレゼント致しましょう!」
―――パチン。
トリスタンがわざとらしく指を鳴らす。合図に従い、彼の足下に控えるディマイズギリモットがこれまでとは異なる音波を発し、更には幾百ものパーツとなって飛翔する鏡の大群が周囲を遊泳する。
「―――っ!」
その光景に何かを感じ取ったシュトラが両手を大急ぎで引き、トリスタンの近くにいたロイヤルガード達を後方へと退避させる。魔糸に追従するロイヤルガードの一団であるが、10機のうち2機が特にトリスタンに近い位置にいた為、行動が僅かに遅れてしまった。
大怪鳥から放たれたのは、集束された特殊な超音波。拡散するのではなく、方向を限定して放つ事で威力を増強させたそれらが、幾本の線となってランダムに放たれて行く。飛んだ先には展開された鏡が待ち構えており、迫り来る超音波の塊と衝突。ぶつかったエネルギーの塊は肥大と加速の追加要素をプラスされ、またあらぬ方向へと反射されていく。そして、その先々にも鏡があり、繰り返すは反射、反射、反射――― その過程で運悪く通り道に重なってしまったのは、先ほどの逃げ遅れたロイヤルガードだった。
まるで見えない大槍に貫かれるようにして、胴体に風穴を開けられる姫君の護り手達。ゴーレムの耐久性などはなから眼中になかったのか、その攻撃はいとも簡単に装甲を崩壊させ、尚も反射と増強を繰り返す。鏡の内側は恐るべき威力を持った弾丸が飛び交うフィールドと化し、その中枢にてトリスタンは優雅に両手を広げ構えていた。
「如何ですかな? これぞ攻防一体の我が領域、何人たりとも立ち入る事は敵いません。この手は考えていましたかな、シュトラ姫?」
「………」
シュトラは何も答えない。するとすれば、アズグラッドとサラフィアにごにょごにょと何か耳打ちをするだけだ。
「―――良いでしょう。氷王の神槍」
シュトラの指示に従い、サラフィアが魔法を詠唱する。輝く氷の息吹がアズグラッドの持つ焔槍へと降り掛かり、槍を中心に螺旋を描くが如く纏われる。竜の炎を吐き出すアズグラッドの槍に、氷竜王の支援により氷の力を融合。炎と氷が渦巻く魔槍がここに完成した。
(なるほど、槍による物理攻撃、炎と氷の魔法で同時攻撃か! 確かにそれなら、あの鏡野郎もどうにかなるかもな!)
ニヤリと歯を見せながら笑うアズグラッドは、融合した魔槍をトリスタンへと向けて構える。サラフィアの方も、今にもそちらへと飛び出すかのように、かなり前のめりな姿勢になっていた。
「……些かそれは、早計な手ではありませんか?」
「お兄様、構わないで!」
「おう、行くぜっ!」
竜騎士の号令に伴い、サラフィアが猛烈な勢いで突進。アズグラッドの槍先は、トリスタンの作り出したフィールドの外周を取り巻くタイラントリグレスへと向いていた。スピードが乗る毎に槍の炎と氷が猛烈に唸り出し、獲物を呑み込まんと牙を形成する。
「下策にもほどがありますな」
興醒めするようにその言葉を吐いたトリスタンが、パチンと再び指を鳴らした。タイラントリグレスの一部が反応して、保っていた領域の一部をずらす。否、正確には反射させる筈だった音波を躱して、散々強化を繰り返した攻撃の1つをシュトラ達に向かわせたのだ。
もう何度反射をさせて強化されたのかも分からない大怪鳥の音波は、限界を超えた速度の凶弾となって襲い掛かる。レベルが上がり以前と比較できないほど強くなったシュトラの目でも、それは追える速度ではなかった。突貫するサラフィアがそれを回避するのは更に難解な事であり、音波の塊は彼女の足を通り抜け、ロイヤルガードと同様に体を構成する分子を崩壊させる。
「まずは定石通り、足に当たりました。さて、次はどこに当たる事やら」
パチンパチンと指を鳴らす毎に放たれる凶弾の嵐。足の次はサラフィアの腕を、翼を――― 巨大な竜が大空から失墜すれば、それに騎乗する者達に次の矛先が向けられるは明白だった。
「―――あ」
「呆気ない最後でした。私としても残念極まる最後です」
青い空、青い海に挟まれて、シュトラとアズグラッドの鮮血が舞った。銃弾を浴びせられるにしては大き過ぎる風穴が、幼いシュトラの体中に開けられる。トリスタンの周りを飛び交っていた残弾全てが吐き出された時、偉大なる血を継ぐ兄妹の面影は微塵も残されておらず、残骸だけが海面へと落下していった。
「私が唯一恐れた化け物も、これで終いですか。実に呆気ない…… いえ、思い通り過ぎる?」
トリスタンが顎に手を当てた瞬間、彼方より爆音が轟いた。出でるは炎と氷の息吹の一斉放射。そして発射場所にいるのは見間違えようもなく、サラフィアの背より焔槍をぶっ放すアズグラッドの姿だった。
「フッ、嫌な予感とは当たるものですね!」
「その割には嬉しそうじゃねぇか、この野郎がっ!」
姿を消せるのならば、その逆も然り。先ほど突貫したサラフィア達の姿は、シュトラがA級青魔法【偽者の霧】で生み出した気配ある偽物。偽者を突貫させると同時に諜者の霧を自身に使用する事で、アズグラッド達は音波の嵐を逃れ、全く予想していなかったこの位置より攻撃の準備をしていたのだ。
「ですが、その攻撃は直線過ぎますね! タイラントリグレス!」
「だよなぁ! 脳筋な俺もそう思うぜ! だからよぉ、ダハクっ!」
放たれた息吹を鏡の盾を終結させて防御しようとしたトリスタンに対し、アズグラッドはかつての相棒の名を叫んだ。
「おう、時間稼ぎご苦労さん! とっておきのが出来上がったぜ!」
書籍版『黒の召喚士』最新刊、6月25日発売予定です。