第515話 光の化身
―――中央海域
1つの島と見間違う大きさを誇るエルピスと比較すれば、それはその百分の一のサイズにも満たないものであっただろう。だが喩えそうだったとしても、その投下物がどうしようもない程に巨大であったのは間違いなく、大空でそれぞれの戦いを繰り広げる者達の視線を一挙に集めたのもまた事実。何よりも重要だったのが、それがただ単に巨大なだけの代物ではなかった事だ。
エルピスより投下されたそれは、一見生物なのか、それとも機械なのか判別がつかなかった。なぜならば、それが両方の外見を併せ持っていたからだ。太陽光を悉く反射する洗練された青と白の外装は、かつてエフィルとジェラールが戦ったジルドラの作品達を連想させられる。未来的なデザインはこの時代において酷くミスマッチであり、エルピスと同様にある筈のない技術の集大成だといえた。
その上で、それには生身である部分も存在していたのだ。装甲がアーマーといった武具の役割を担うとすれば、こちらはその使用者である使い手だ。この空に現在8体いる竜王と同様の威圧感を感じさせる、生物として頂点に属する絶対種。機械的な装甲の中に、何らかの竜王と思われる竜がいた。
「ようこそ皆々様! 神の方舟エルピスが誘う、冒涜的かつ危険な空路へ! 皆様の最初のお相手は、この統率者こそトリスタン・ファーゼが! そしてその助手役となる生まれ変わりし創造者、ニュージルドラさんが務めさせて頂きます!」
一部の者達が嫌悪感を顕わにするほど聞き覚えのある声が、投下物と同じ位置から聞こえてくる。近くにいたというのもあるだろうが、この時に最も早く反応したのはアズグラッドだった。
「ああっ? てめぇ、マジでトリスタンか!?」
「おっと、これは懐かしい顔だ。アズグラッド様、相も変わらず戦に飢えているようですな。こんな戦に参戦されているとは、理解に苦しみます」
「んだとこの裏切りもんがっ! てめぇのせいで、トライセンは滅茶苦茶にされたんだぞ!」
「何を言うかと思えば、そんな世迷い言を。愛国心迸る私はしっかりとあの戦いの中で、華々しい戦死を遂げたではありませんか! むしろトライセンを衰退させたのは、貴方の父君であるゼル・トライセンではありませんかな?」
「この野郎……!」
トリスタンは嘘を言っていない。その口から出てくるのは、悪意に満ちた事実だけだ。それ故にこそアズグラッドを苛立たせ、冷静さを欠かせた。
「落ち着け、トライセンの若き王よ! くだらん戯言に耳を貸すなっ!」
「……っ! わりぃ、頭に血が上ってた!」
すかさず、ボガに騎乗したジェラールが叫んで注意を促す。トリスタンを相手にする場合、会話は厳禁。一方的に話される言葉を徹底的に無視して、空気を読まずに攻撃を仕掛けるが吉。ケルヴィン達はそれを対トリスタン戦の基本戦法として、今回のメンバー達にも周知していたのだ。
「む、そこの黒鎧の騎士殿。もしやジルドラさんを倒した英雄殿では? おやおや、あちらの三つ首竜に乗るのは、かつて私を射殺した使用人ではありませんか! 良いですねぇ。キャストは豪華なほど、数が多いほど映える!」
気が付けば、トリスタンの周りはエフィルとムドファラク、ジェラールとボガ、アズグラッドとサラフィアによって包囲されていた。いずれも話を聞く素振りは一切見せず、臨戦態勢に移行している。
「返事がないというのは、実に寂しいものです。ならば、少しばかり有益な情報を漏らしてあげましょう。何、私が一方的に口走るだけの話です。耳に入れるだけならば、何の問題もないでしょう? それに無視する一方で、貴方方も気になっている筈です。先ほど私が語った、生まれ変わったジルドラさんについて!」
―――ドゴォーーーン!
トリスタン宛ての返答はなかったが、その代わりに強烈な炎の矢と剣戟、焔槍ドラグーンの炎が放たれた。巨大な竜型兵器がその手より繰り出した防御壁に阻まれたものの、その攻撃がエフィル達の無言の断りである事は明白だった。
「ジルドラが生き返ろうが、ワシらには関係ない事だ。やるべき事は何ら変わらん。お主を、その竜と共に断ち切るのみ」
「その通りです。燃やしてしまえば、何であろうと等しく灰になりますから」
「そうですか。ですが、私も貴方方を無視しているので、勝手に独り言を喋りましょう!」
竜型兵器のシールドの向こうにいるトリスタンの表情に変化はない。ただひたすらに楽しそうに、周りの決戦の舞台を舐めるように眺めていた。
「改めてご紹介致しましょう! 私が配下に置いていた最後の神柱、神機デウスエクスマキナ! これは私のとっておき切り札であり、他の神柱が倒された事で更なる力を得た最強の配下でありました。ですが、先の戦いで私は知ったのです。その程度では、貴方方には勝てないと! ですから…… 泣く泣く、泣く泣く! ジルドラさんに素材として、デウスを提供したのです!」
トリスタンが大袈裟に両手を振り上げ、葛藤するかのような仕草をして見せる。もちろんこれは彼の演技であり、挑発だった。
「ジルドラさんはこの最高の素材を受け取る代わりに、同じくして最高の素体を提供してくださいました! その名も光竜王サンクレス、先代の光竜王ムルムルを相手に挑戦し、勇敢にも立ち向かった美しき古竜です! 彼はジルドラさんより賜った秘策を賜り…… まあ、その詳細は私の知るところではありませんが、恐らくは正々堂々と! 真っ向から実力勝負をする方法だったのでしょう! 兎も角、彼はムルムルに勝利し、新たなる光竜王となった!」
流暢にトリスタンが高説を垂れるこの間、機械竜は周囲から総攻撃を受けていた。だが、一切合切がシールドによって遮断され、トリスタンへ攻撃を通さない。自信の表れは本物のようだ。
「これは言わば、私とジルドラさんによる共同開発の集大成! 何せこの傑作の動力となるコアは、あのジルドラさんが最後の備えとして用意していた、彼のオリジナルを想定して造られた体……! ジルドラさんは果たしてこの体で、何を成そうとしていたんでしょうなぁ。それも想像すれば容易いので、私はそのお手伝いをする事にしました。この体を配下とする事で私のコントロール下に置き、心臓部に据えたのです! 今こそお披露目致しましょう! その名も『ジルドラ・サン』! 神の力にも匹敵する、光の化身です! フフフッ、永い永い時間を費やしてまで求めた究極の力、遂に手中に収めましたね、ジルドラさん! おっと、別にジョークではありませんよ? 勝手ながら、名前は私が名付けさせて頂きましたがね!」
長々とした話に区切りがつくと同時に、持ち得る火力を注ぎ込んだ一斉攻撃にも途切れが生じる。やはり単純な火力による正面攻撃では、シールドを破れそうにない。
「ったく、ペラペラと好き勝手に言いやがって!」
「……悪趣味な奴じゃな。仇であったジルドラに同情するつもりはないが、奴もまた厄介な輩に目を付けられたものじゃて」
「どのような誹謗中傷も、無言よりは心地好いものです。良いですかな? これはジルドラさんが自らをも材料にして造り出した、最高傑作なのです。万が一にも、貴方方が勝つ事はなぶはっ……!?」
その瞬間、アズグラッドは目が点になった。どこからともなく現れたケルヴィンが、シールドを乗り越えてトリスタンの顔面を殴ったのだ。ほんの少し前まで空々しい態度を取っていたトリスタンが、ジルドラ・サンの肩から物凄い勢いで吹っ飛び、落下していく。
「よう、トリスタン。お前には1つだけ借りがあったよな? 取り敢えず、一発殴らせろ」
「いや、もう殴ってるだろ……」
アズグラッドは呟くように反論した。
本日はコミカライズ版の更新日。
素晴らしいアングル。