第510話 最後の安息
―――水燕三番艦
船の中は思いの外快適だった。中は広く、俺達には個室が与えられているので、それほど窮屈な感じはしないのだ。船の壁には所々窓があって、そこからは外の様子を覗く事もできる。数日の航海であれば、ストレスになるどころかちょっとした小旅行気分だ。
「……ブルッ」
しかし船の潜水後、間もなくして俺は謎の寒気に襲われた。何だろう、風邪だろうか? これから決戦の場に向かうってのに、幸先が悪い。エフィルに粥でも作ってもらおうか。
「ご主人様、何か温まるものを作ってきますね!」
「あ、ああ、悪いな」
俺がお願いするまでもなく、俺の震えを感じ取ったエフィルは船の調理場へと直行した。この奉公精神と察しの良さ、流石としか言いようがない。
基本的に28艦の船全てに調理場は設置されているのだが、乗組員が食べる料理を提供するのはエフィル、ロザリア、プリティアちゃんの仕事となっている。3人が別々の艦に乗っていて、選ばれしトラージ料理人達がそれぞれを支援する形だ。クロトの分身体を使えば船の間で受け渡しが可能な為、美女美少女が作った美味い飯を食って、士気を高めようという算段だ。
……一部、やけに逞しいダハク視点での美女が混じっているものの、料理の味は本物だから問題はない。誰が作った料理なのか、そこをぼかして移動させているから、問題はないのだ。俺の乗ってる船はエフィル安定だしな! 何の問題もない!
「ケルにい、見て見て! 海の中が見えるよ!」
「あ、お魚さんっ! グローマもいる!」
リオンとシュトラは船に備えられた窓より、海中の光景を眺めていた。普通に海を見るだけでも興奮するというのに、今回は海中探索をしているようなものだ。そりゃはしゃぐし、興奮もするだろう。子供のそういう姿を見せられると、こちらまで嬉しくなってしまう。まだ出発したばかりだし、この辺りは竜海かな?
「ケルヴィン、こっちも見てみなさいよ! 凄いわよ、凄い! 何というか…… すっごい!」
セラもリオン達に負けない勢いで楽しんでいらっしゃる。というか、それ以上に楽しんでいる気さえする。それで良いのか、比較的年長者のお姉さん。
「ふふっ。ケルヴィン様方はいつも通り、本日も賑やかですね」
「……よう、コレット」
「今、ほんの少し間がありませんでした?」
「ウウン、気ノセイジャナイカナ?」
別にコレットの顔を見たせいじゃないとは思うけど、タイミング良くあの寒気が再度到来。本格的に体調が悪いのかもしれない。あ、これが船酔いって奴なのか!? メルフィーナだって船酔いしてたっていうし、可能性は否定できないぞ!
「あの、ケルヴィン様? 具合が悪いのでしたら、お部屋で横になるのが良いかと。ええ、ケルヴィン様は横になるだけで良いのです。私が近くで寄り添い、白魔法で力添え致しますので。寝てるだけ、寝てるだけです」
「そうしてくれるとありがたいけど…… いや、今エフィルが元気になる料理を作ってるから、それを食べてから考えるよ。コレットだって、そこまで暇な訳じゃないんだろ?」
「いえ、最優先すべきはケルヴィン様の体調です。メルフィーナ様が愛したそのお身体、何よりも大事に致しませんとハァハァ!」
「コレット、せめて興奮を隠す努力をしてくれ……」
ある意味いつも通りだから、逆に落ち着くと思ってしまう俺はもう手遅れなんだろうな。たまに見せる聖女モードの時の方が、今じゃ違和感がありまくる。これでも、コレット本心より心配してくれている。だからこれ以上、俺からは何も言えんわ。
さて、俺の腰にしがみ付くコレットを見て分かる通り、俺が乗るこの水燕三番艦にはセルシウス一家(ダハク不在)とコレットがいる。各船の面子の割り振りは、主にパーティ別だ。ガウン所属ならそれでひと纏まり、刀哉達なら刹那や雅、奈々が同じ船といった具合。
しかしながら、これには例外もある。召喚士である俺とコレットの配下は、召喚を応用して水中でも自由に船の行き来が可能な為、決戦の日までは好き勝手にぶらぶらできるのだ。ダハクならプリティアの乗る船に、聖騎士団団長のクリフは稽古をつけに刀哉のところに行ったり、セラがバアル一家に会いに行ったりが可能――― マジで自由だな。術者である俺は無理なのに……
「ご主人様、お待たせして申し訳ありません。最高の一品を仕上げて参りました」
「全然待ってないぞー。うおっ、レインボーな光!」
エフィルが押し運ぶ配膳台から、何やら後光のような神聖な光が差している。眩しくて直視できない……!
「スンスン…… この香り、メルフィーナ様と同じ匂いがします!」
「ええっ……」
メルの奴、お粥と同じ匂いしてたの? いや、流石にそれは無理があるだろ。食い気のあるメルだって、もっと色気のある匂いしてたぞ。
「わあっ! エフィルねえ、何それ!?」
「ま、眩しいよぉ…… でも、お腹の空く良い香りがする」
「もしかしてそれって、前に料理対決した時に出した、あの伝説の……!」
「いえ、それとは別種の料理となっています。今回はお粥です」
「あ、なーんだ、早とちり!」
いやいや、あんなに輝いている時点で、伝説の料理と称しちゃって良いとも思うんだけれども。
「そうだ。エフィル、クレアさんから頂いた料理があったよな? 折角だし、部屋に集まって皆で食べないか?」
「流石はご主人様、名案です」
「わーい! それじゃ僕の方でアンねえ達に念話しておくから、先に行っててよ」
「リオンちゃん、私も手伝うわ」
「承知致しました。お飲み物はどうしましょうか?」
「「ハクちゃん農園産リンゴジュースで!」」
「あ、それ私もお願い!」
我が家の補給担当は安心と信頼の活躍をしてくれる。現在進行形でストーカー行為に及んでいるのは、まあ相手が相手だ。俺とジェラールの安寧を期待して、全てに目を瞑ろう。
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「これは料理界の革命よ! エフィルの料理が頂点だと思っていたけど、クレアったらこんな隠し玉を持っていたなんて!」
「むう…… 仮孫を贔屓したいところではあるが、エフィルはそういうものを好まんからのう。引き分け、引き分けじゃ!」
いつか聞いたような台詞に、驚きと感嘆の気持ちを乗せるセラとジェラール。俺も後光粥の合間にクレアさん特製料理を一口頂いたが、確かにエフィルの料理にも劣らない味だった。料理自体も俺には分からないもので、どう表現したら良いのか、正直言葉が出てこない。こう、イメージとしたらイタリアのコース料理に出てくるような、高級そうだけど名前が分からない…… みたいな? 駄目だ、知識に乏しい俺では、この程度の食レポしかできない……!
「美味しかった……」
「美味しかった、ね……」
「生まれてきて良かった……」
リオン、シュトラ、アンジェの3人も、完食した後はどこか遠い目をしながら、心ここに在らずといった様子。至福の余韻に今も浸り、生の喜びを噛み締めているようにも見える。メルフィーナ最大の誤算は、今この場にいられなかった事だろう。まあ、レシピが同封されていたし、全てが終わったらエフィルに作ってもらうとしよう。あいつ、まず間違いなく感動するだろうな。感極まって泣いたりして―――
「―――心のどこかで、慢心していたようです。ご主人様、私はこれより一層の努力をすると、ここに約束します。ご主人様のメイドとして、誇って頂けるメイドになってみせます!」
「そ、そうか。期待してるよ」
「はいっ!」
エフィルがこれまでにないくらいに燃えている。今のままでも、十分過ぎるほどに誇っているんだけど。全幅の信頼を置いているんだけど。
「ハグ、スゥ、ハグ……! これが、これがメルフィーナ様の味……! そして、匂い……!」
それはそれとしてコレット、それ俺のお粥なんだけど。