第509話 姫王の思惑
―――トラージ港
「以上、代表者挨拶を終える。素晴らしき言葉を述べてくれたケルヴィン・セルシウスに、もう一度盛大な拍手を!」
―――パチパチパチ!
ふぅ、何とかやり切った。シュトラのカンペで乗り切った。まさか、決戦前にこんな式典形式な催しがあるとは思っていなかったぞ…… この港は関係者以外立ち入り禁止区域にバッチリ入っているから、戦いの場へ向かう俺達とツバキ様以外いないというのに。一体どこ向けの式典なんなんだと、文句の2つ3つくらいは言ってやりたい。うーむ、やっぱ国の体裁を保つ為に必要なのかな? 俺の言葉なんかで士気が上がるのか、甚だ疑問なのだが。
「ご主人様、お疲れ様でした」
「ああ、慣れない事はするもんじゃないな。シュトラ、カンペサンキュー。完璧な文章だったよ」
読み上げる俺は、棒読みだった感が否めなかったけど。完璧な文章を代償にして、何とか相殺で済んだんじゃなかろうか?
「お兄ちゃん、とっても格好良かったよ」
「うんうん、選手宣誓みたいだったね」
リオンよ、それってどうなの? 爽やかって意味なのか、初々しいって意味なのか。
「―――では、諸君! 妾は共に行く事はできぬが、必ずや諸君らが勝利してくれると信じておるぞ! これにて出航式を閉会する!」
と、挨拶が終わってホッとしていたら、いつの間にやらツバキ様の締めで式典が終わっていた。これより割り振られた船にいよいよ乗船して、各大陸の中心に位置する海域を目指す事となる。
船は全部で28隻、目的地に到着するまでは海中に潜行する手筈だ。各船には遠くからでもやり取りができるマジックアイテムが備え付けられている為、潜行中の連絡も可能となっている。故障等に備えてクロトの分身体を全ての船に乗せているし、その辺の対策は万全。俺とコレットの召喚士コンビが、何とかフォローしますとも。
……ただ、俺とコレットが同じ船に乗る事になってるのが、一抹の不安ではある。船での移動は数日かかる予定だ。詰まり、ある程度の日数は密閉空間にいる事となる。神聖なスメル不足によるコレットの錯乱を危惧しての配置らしいのだが、俺としては色々な危機を心配せざるを得ない。
「ケルヴィン! 先ほどの挨拶、なかなかであったぞ」
そんな事を憂いていると、ツバキ様が扇子をパタパタと扇ぎながらこちらへとやって来た。
「ああ、ツバキ様。ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ」
「そう謙遜するでない。どこかトライセンの姫君が考えたような文章にも思えたが、そう妾が勘違いしてしまうほど、素晴らしいものであったぞ。のう、皆の者?」
「えっへへー。私のお兄ちゃん、凄いでしょ?」
「うんうん、ケルにいは凄いんだよ!」
「はい、ご主人様は凄いのです」
ねえ、これは何という羞恥プレイなのかな?
「おいおい、勘弁してくれよ…… それじゃツバキ様、私達もそろそろ行こうと思います」
「うむ、妾が手伝えるのはここまでじゃからな。すまないが、ここで吉報を待たせてもらうとするぞ」
「なぜツバキ様が謝られるのですか。これ以上ないってくらい、私達はツバキ様に感謝しているんです。帰って来たら、俺に何かさせてくださいよ」
「そうか? ならば、この婚姻届けにサインをしてほしいのじゃが―――」
「―――よーし、皆準備は良いな!? 行くぞ!」
ツバキ様の計略発言を掻き消しながら、俺は思いっ切り仲間達に叫んだ。そして、船へと飛び乗った。
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「出航だ! 扉の閉め忘れに気を付けろよ!」
潜水艇兼飛空艇の機能を備えた船団が、次々と港を発って水中へと潜って行く。トラージの国王たるツバキにとっても、これだけの船団の活動を目にするのは、先の戦争以来の事。その光景を瞳に焼き付けるように、ツバキは最後の一隻が見えなくなるまで、ジッと海を眺めていた。
「……行ったか。しかし、また振られてしまうとはのう」
「ツバキ様、いつまでかの者に執着されるおつもりで?」
「わうっ!? お、おお、何だカゲヌイか…… 音もなく現れるのはいつもの事じゃが、少しは妾の身になって現れてほしいものじゃ。急に背後から声を掛けられては、心臓に悪い」
冷や汗を消し去ろうとするように、パタパタと風を自身へ仰ぐツバキ。何とも可愛らしい悲鳴といい、相当驚いたようである。
「申し訳ありませぬ。何やら、ツバキ様の後ろ姿から哀愁が漂っていたもので」
「妾に哀愁とは失礼な奴じゃな。それに、執着とはどういう意味じゃ?」
「そのままの意味かと。ケルヴィン殿を起用しようとする事、直接交渉や書簡でのやり取り諸々を含め、数えに数え計64回。その全てで敗北しております。如何にツバキ様と言えども、流石に潮時では? そろそろ婚期を考え―――」
「―――そんな回数、数えんで良いわ! 全く、死んでしまった爺と似たような事を言うからに、余計のお世話というものじゃ。妾、これでもエフィルと同い年であるぞ?」
「彼女こそ、彼の者と夫婦の契りを交わす寸前ではありませぬか…… 現実を見ましょう、現実を」
「現実を真っ正面から見据えてるからこそ、この結論なのじゃ。ケルヴィンの黒髪を思い出せ、同族の容姿を妾が見間違える筈がない。奴は間違いなく、竜神様と同じ地よりやって来た転移者である。トラージの王族はその純血を保つ為、同族の者としか婚姻を結ぶ事ができぬからな。トラージの未来を考えれば、ケルヴィン以上に適任な婿はおるまいて。その為にも、竜神様に無理を言ってケルヴィンを見定めて頂いたのだ。しっかりと許可も頂戴したぞ」
「だから先日、ご一緒に行かれたのですな。しかし……」
「しかしもかかしもないっ! 何、心配するな。次の手は考えておる」
「ほう、考えとは?」
パチンと扇子を閉じたツバキが、懐から何かを取り出す。それは香水瓶にも似た小さな容器であった。
「くくっ、デラミスの巫女の周辺を調査した件は覚えておるな? この瓶はその成果よ。奴め、清楚な容姿とは相反して、このような大胆な手を使うとはな。先にケルヴィンに唾をつけていた妾を、出し抜くだけの事はある」
「……一応、お伺いしておきましょうか。それは一体?」
「媚薬じゃ。それも手練れのくノ一が煎じた、強力な代物よ」
「………」
覆面で表情の見えないカゲヌイであるが、この時ばかりはその心中を察するのが容易だった。眉間を押さえながら俯いている。
「本気でございますか?」
「本気も本気じゃ。何、デラミスの巫女がそれをやったという事は、神に許されたと同意。ならば、妾だって問題なかろう。自分で言うのもアレだが、ほれ、容姿だって巫女には負けておらんぞ?」
実際、それを許した女神と実行した巫女にとって、とても痛いところをツバキは突いていた。
「それは些か早計かと。最初からケルヴィン殿と巫女が、そういった関係にあったのかもしれませぬ。昇格式の段階から、そういった噂が確かにありましたぞ」
「ええい、うるさいのう。妾が調べ上げたところ、ケルヴィンと巫女が顔を合わせたのは昇格式が初めてになる。ケルヴィンは色を好むが、セラやエフィルが一緒にいる前で、初めて会った他の女に手を出すような薄情な男ではない。関係を持つにしても、ある程度の期間は必要なのじゃ。まだ巫女がケルヴィンに一目惚れをし、強制的に関係を迫ったと考えた方が現実的! 理解したか? したのなら、これはもう決定事項。口出し無用じゃ!」
「むむっ……」
妙に的を射ているツバキの言葉に、カゲヌイはそれ以上説得を続ける事ができなかった。決戦に向かった者達が無事に帰還するのは、皆が願うところ。されど、帰ったら帰ったで一波乱が起きそうな者も、中にはいるものだ。