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第507話 門出

 ―――ケルヴィン邸・転移門前


 地下に設置した屋敷の転移門。これを潜り、本日俺達はトラージに向かう段取りとなっている。決戦を終えるまでの間、今ではすっかり住み慣れたこの屋敷とも暫しお別れだ。これまで色々あっただけに、少し感慨深い。しかしあまり思い出に浸り過ぎるのも、俺らしくないか。いつものようにちょっと遠出をしてくるだけだと考えて、手土産にメルフィーナを連れ戻す。うん、これでいこう。


 後は…… そうだな。留守番を頼むエリィとリュカにも、何か一声掛けておかないと。2人とも事情を知る側の従者だし、さぞ心配しているだろう。


「いいか? このマニュアルに沿って世話してやれば、何も問題ねぇからな? 俺が愛情と丹精込めて育てた野菜たちの事、マジで頼んだぞ! 冗談抜きに!」

「もー、ハクちゃんは心配性だなー。私とお母さんにゴーレム達もいるから、安心して行って大丈夫だよ」

「私のフルーツ畑も注視してほしい。もう直ぐ実りの時、その時はエフィル姐さん特製のデザートをお裾分けする。絶対約束する」

「あの、おでの水田も、できれば……」

「ご安心ください。私達が責任を持ってお世話致しますから」


 ……竜ズがエリィとリュカの下に集まって、マニュアル指導やら懇願やらを試みている。心配してんのはダハク達の方だったか。主に農園の、だけど。


「おーい、そんなに心配しなくたって大丈夫だぞ。お前ら、2人の仕事振りを知ってるだろ?」

「そ、そりゃ十分理解してるッスけど…… 野菜あいつらは、野菜あいつらは俺の子供みたいなもんなんス! いくら神経質になったって、心配し過ぎるなんてこたぁねぇんスよ!」

「珍しくダハクと意見が一致した。私の果物チルドレン達も、とても繊細だから我が身のように心配。糖度が高くなるか不安で、夜も眠れなくなる」

「ええと…… 分かりやすく言えば、恋心、みたいな感じ、だな」

「「それだ!」」

「そ、そうか……」


 この竜王達、もう完全に百姓魂に目覚めてるよ。後戻りできない段階にまで達してるよ。


「だけど、立ち入り禁止にしてた場所は流石にやらせるなよ? 危ないから」

「その辺は問題ないッスよ。この日の為に、俺が責任を持って全部収穫しといたッス。リュカ達に頼んだのは、安心安全超美味なダハク印の野菜のみ! いつか、全国の野菜ジャンキー達に俺のソウルを届けたいッスね~」


 野菜ジャンキーとは一体。そんな風に俺が言葉に詰まっていると、エフィルがクスクスと笑いながら俺の隣にやって来た。


「エフィル姐さん! 姐さんなら、俺らのこの気持ちが分かりますよね!」

「そうですね、尊い想いだと思います。私がご主人様を想うような、そんなニュアンスですよね?」

「流石は私達のエフィル姐さん。どこまでも思慮深く、愛に満ちている」


 エフィルの言葉に感動して、竜王達が激しく頷く。たぶんだけど、俺が同じ言葉を言ってもムド辺りは納得しなかったと思う。クソ、やはり世の中餌付けなのか……!?


「私からも2人に話があるので、エリィ達を少しお借りしても良いですか?」

「どうぞどうぞ、エフィル姐さんがそう望むのなら、私は無償で力の限り助力する」

「んだば、おでらは先に行こうか?」

「だな。それじゃ兄貴、一足先に行って、植物採集でもして待ってますんで!」

「トラージは苺が美味しい。この日の為に、お小遣いを貯めておいた」

「おでは、んんと、んんと……」

「いってらっしゃーい。畑は任せてー」

「あ、それな! マジで頼ん―――」


 何をするのか迷いに迷い、鼻歌交じりで財布のがま口を開き、振り向き様の言葉の途中で転移門を潜って行った偉大なる竜王達。あいつら、平常心が過ぎないか?


「コホン。エリィ、リュカ。私達が屋敷を留守にする間、ロザリアとフーバーも私用で不在となります。この屋敷の存続は貴女達の双肩にかかっているといっても、決して過言ではありません」

「はい」

「はい!」


 いつもは歳相応にはしゃぎ回るリュカも、メイド長であるエフィルの前ではいっぱしのメイドらしい態度を示している。双肩にかかるってのは言い過ぎ…… でもないか。


 決戦場もそうだが、地上に残る皆も故郷を護るという大任を担ってりるんだ。獣国ガウンは獣王とその息子達が、神皇国デラミスは教皇フィリップと古の勇者達が、水国トラージはツバキ様、そしてデラミスより派遣されたムルムルが、軍国トライセンはダン将軍やフーバー、ロザリアが残る事になっている。彼らと同じく、2人にはウルドさん達と共に俺達の故郷を護ってもらわなければならない。


 そうなると、これはなかなかに責任重大だ。エフィルがエリィ達の気を引き締めるのも、納得のいく話である。え、俺? ワクワクしちゃって、昨夜はなかなか寝付けなかったよ? ……はい、自重します。


「2人とも、俺達が帰って来るまで家を頼んだぞ。あと、帰ったら帰ったで、メルの奴が腹ペコになってるだろうから、料理の準備もしておいてくれ。たぶん、これまでにないくらいに食べると思うからさ」

「ふふっ、でしたら食材を沢山買い溜めておきませんと」

「私もお料理作るの頑張って、メイド長をフォローするね!」

「はははっ、頼もしいじゃないか」


 リュカには未だ見習いの肩書きが付いているけれど、俺としては2人とも立派な従者になってくれたと思っている。基本的なメイドの仕事はもちろん、レベル100を軽くオーバーしたその強さも侮れないもので、その辺で英雄を名乗っても何らおかしくない実力者に成長した。


 エリィ、リュカと初めて出会ったのは確か…… そう、トラージで起こった黒風騒動の時だった。あの頃は黒風のアジトから救出した人質達の中に、まさか我が家の使用人になる者がいるなんて、思いもしなかったっけ。あの連中はどうしようもない奴らだったけど、こんな数奇な出会いをさせてくれた切っ掛けになった事だけは感謝したい。あの後独房に連行されて、処刑されたのかも知らないけどさ。


「では、そろそろ参りましょうか。あまり待たせては、ツバキ様が頬を膨らませてしまいます」

「だな。じゃ、行って来る。夜は戸締りを忘れるなよ。泥棒が入って来たら事だからな」

「その時は私が撃退するね。ご主人様、気を付けていってらっしゃい!」

「ご無事をお祈りしております」


 我が家の頼りになる守護神達に見送られながら、俺達は転移門が展開したゲートの中へと歩みを進める。


「ああ、任せておけ。俺が恐れるもんなんて、この世にそんなにはないからな!」


 ゲートを潜る直前に振り向いて、2人にそう叫ぶ。そんなにって、それは頼りになる発言なのかしらと、何とも言えぬ苦笑いを返されてしまった。おかしい、正直に言ったつもりなんだけど。ほんの僅かな勇気を振り絞って、格好を付けてみた結果があの台詞だったんだけど……


 っと、心を挫くにはまだ早い。あっちに到着したら、トラージの港での乗船が待っているんだ。出航の大事な時に、ツバキ様に変な顔は見せられないぞ。そう気持ちを切り替えて向かった先、そこには―――


「あらん? やーん! ケルヴィンちゃんじゃなーい! 元気ぃ!?」


 ―――ギュッ(はぁと)と、ダイナミックでデンジャラスな抱擁が待っていた。


「おおう……」

「ああっ! 兄貴、狡い!」


 ごめん、嘘ついた。俺、まだ怖いものあったわ。唐突なプリティアちゃんとの接触はジェラール同様、一向に慣れる気がしないわ。

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