第504話 終末の誘い
―――トラージ城
その日はツバキ様のお誘いもあって、トラージ城で一泊する事となった。一度言い出したツバキ様は、それが無難で可能な案であればまず譲らない性格なので、大人しくお世話になる事に。折角の機会だ。厨房の勇者達に、エフィルに代わってお礼をしておこう。
エフィルに一泊してくると念話を送った後、船に乗ってトラージ城に到着すると、いつの間にか水竜王の姿が消えていた。気配を探すと、なぜか海の中にて水竜王を発見。何気なくツバキ様に聞けば、竜海に出れば泳いで自分の巣に戻れるそうで、満足して帰って行ったんだという。最後までフリーダムだったな、トラージの守護竜。
それからは特に特筆すべき事柄はなく、城内で穏やかな時を過ごす事ができた。ここ最近にトラージで量産化を狙っているという炬燵でまったりし、新商品のゲテモノを自慢されたりと、どこか懐かしい時間だった。
途中、エマの腕前を見る為に米炊きを実践してもらうという、世にも恐ろしいイベントがなぜか開催。嫌な汗が自然と出てくる。結果は分かっていた。エマは普通に米を炊けていた。しかし、やはり直接目にすると感動もひとしおなのだ。エマはこれから米炊きは自分の仕事だと息巻いていたが、お前らのパーティ、米は常備してなかっただろ。 ……というツッコミは呑み込んでおいた。俺ができる唯一の優しさである。
「それではケルヴィンさん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
夜に隣の客室のエマと別れ、そのまま就寝。客室に敷かれた布団に入ると、不思議と直ぐに俺の意識は夢の中へと誘われた。 ……いや、この時から予感はしていたのかもいれない。今日は何か、特別な夢が見られそうだと。
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―――???
「……ん、やっぱりか」
いつか目にした、夢の中での光景。美しい庭園は今日も協調性のない様子で、俺の記憶から数多の異物を引っ張り出しては、その辺に放置したままにしている。以前メルフィーナと再会した時と同様、俺は再びここへとやって来たようだ。
「いつ振りかな? もう大分前の事にも感じられるよ」
「そうですか? 私はつい昨日の事のように感じられますが」
そんな軽口を叩きながら俺の前に現れたのは、私服姿のメルフィーナだった。但し、周りの目を気にする必要がないからか、天使の輪や翼は顕現させている。蒼い髪、純白の翼、黄金色に輝く輪がいつもよりも眩しい。
「………」
「どうしました? そんなに私の顔を見詰めて…… ふふっ、改めて見惚れてしまったとか?」
メルは笑顔だった。自惚れかもしれないけど、俺と会えた事がよほど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべていた。とびっきりの御馳走を目の前にした時のような、それでいて俺がよく目にした、あの見慣れた笑顔だ。
―――だが、違う。
「……クロメルの方か、お前?」
メルを模したそれは、驚いたように一瞬だけ目を見開いた。だけど直ぐに微笑みをこぼして、そのまま全身から漆黒の瘴気を放ち出し、闇の中に姿を隠す。
「ふふ、ふふふっ…… どうして気が付いたんです? 私は完璧に私を演じたいた筈なのに、どうやって見破ったんです?」
渦巻く闇が晴れ、その中からクロメルが正体を現した。清らかさ象徴のようだった純白の翼や黄金の輪が黒に染まり、髪もまた俺と同色に変化する。何よりも変わっていたのが、外見から推測するであろう年齢だ。十代後半頃の少女の姿から、リオンよりも幼く思える小さな小さな姿へ。しかし、バサリと暗黒の翼を散らせながら登場した彼女の顔には、それでも同じ表情が貼り付いていた。
「完璧過ぎたんだよ。前に会った時のあいつは笑顔だったけど、その下で何かを我慢していた。隠していたつもりだったんだろうが、辛そうだったんだ。俺がその違いを見逃す筈がないだろう? お前はモノホンのメルフィーナとは違うって、直ぐに確信したよ」
「まあ、とても嬉しいです。そんなにも私を見ていて下さっただなんて、私の事のように嬉しいです!」
「そうか。それは何よりだ」
クロメルは本当に、心の底から喜んでいるようだった。メルフィーナもクロメルも、元は同じ天使だ。それを喜ぶのは筋違いでもなんでもない。まあ、少しややこしくはあるけど。
「それにしても、あまり驚かれていないのですね? 私があなた様の夢の中に現れるという、ラスボス自らが出張るが如くのサプライズでしたのに……」
「少しは驚いたさ。で、夢の中で戦ってくれるのか? 俺は歓迎するぞ?」
「残念ですが、ここでは何もできませんよ。ただ、私があなた様の配下にある私を通じて、夢の中で語り掛けているだけですから。以前に私が、あなた様と密会していたように、かもですね?」
「……気付いていたのか」
クロメルは可愛らしく首を傾げて見せるも、心中では既にそうであると断定している。
「知っていて泳がせたのか?」
「いいえ。私が眠りに就いた際、私が情報を盗み取ったのは、正直なところ想定外でした。ほら、私って一度眠ったら、なかなか起きられないじゃないですか。思わぬ奇襲を受けちゃいました」
あ、そこはやっぱり一緒なのね。となれば、密かにあの戦艦の中では食費が凄い事になってんのかなぁ。と、要らぬ心配をついしてしまう。
「ですから、敬意を――― あの、何か失礼な事を考えてません?」
「気のせいだ」
「そうですか? ふふっ、あなた様とお喋りができたので、気分が高揚しているのかもしれませんね。ああ、凄く楽しいです」
「……涙ぐみながら言う台詞じゃないと思うけどな」
「あら? あれ?」
クロメルは瞳から、大粒の滴をぽろぽろと流していた。俺が指摘するまで、クロメルは気付いていなかったようである。 ……それは唐突な事で、指摘した俺の方が言葉に詰まってしまう。これ以上、何て声を掛けてやれば良いのか、その涙を拭ってやれば良いものなのか、俺には分からなかった。
「おかしいですね。こんな感情、もうとっくに捨てた筈なのに…… 申し訳ありません。私とした事が、あなた様との再会にとんだ水を差してしまいました。てへぺろ、というものですかね?」
涙を拭いたクロメルの目に、もう涙はなかった。小さな舌を出して、すっかり元の笑顔に戻っている。一瞬、何かの策略か? という考えが頭を過ぎったが、直ぐに掻き消した。こいつの目的はもう判明している。今更、そんな事をしたって何にもならない。メルフィーナからクロメルが生まれてしまった背景を思えば、その決意の固さも折り紙つきで、故意に俺の戦意を削ぐような行為をする筈がないんだ。
……だが、しかしだ。
「お前にはさ、その道しかないのか? 俺と、殺し合いをする道しか―――」
「―――ありませんよ。その為に全てを犠牲にし、全てをあなた様に捧げているのです。後戻りをする道なんて、ありません。いりません」
ああ、分かってる。こいつは俺にとって最高の女で、最愛の人だった、最強の敵。そう、敵なんだ。俺の為だけに全てをなげうった、最高最愛最強の敵。なら、もう掛ける言葉は決まっている。他ならぬ、クロメルも望んでいる言葉だ。
「そっか…… じゃあ、クロメル」
「はい」
「お前の最後は俺が決めてやる。他の誰にも譲ってなんかやらない。必ず俺がこの手で、クロメルを仕留めてやる」
「ふ、ふふっ、ふふふふ……! ああ、素敵です! そんなにも激しく、あなた様は私を求めてくれるのですね!?」
その幼い姿からは想像もできぬ、扇情的な表情が駄々漏れとなる。そんなクロメルを、俺は嫌ったりはしない。むしろ、これ以上なく好ましく愛おしい。
「こっちの準備は整った。世界も大切だが、今はお前との営みが第一だ。来週末、絶対に予定空けとけよ!」
「良いでしょう。楽しみに待っています!」
コミカライズ更新日は今日だったかな?