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第503話 水燕

 ―――トラージ・格納庫


「おおー、こんなところにあったんですね。船の格納庫」

「うむ! 航空艦隊は我が国の要であるからな。極秘中の極秘よ」


 ツバキ様から話を伺い、その足で早速トラージへとやって来た俺達。ツバキ様も一緒だから、転移門の使用も楽々だ。だけど、少しばかり急ぎ過ぎな気がしないでもない。本当であれば、折角我が家に足を運んでくれたツバキ様に、エフィルの手料理を振舞うなりのもてなしをすべきだったんだけど……


「………」

「竜神様よ。故郷に戻ったのですから、そろそろ元気になってくれませぬか? 妾だって、エフィルの絶品料理の誘惑を振り払って来たのですぞ?」

「………」

「ええと、ずっとツバキ様の着物を無言で掴んだままですけど、大丈夫なんですか?」

「うむ。見知らぬ土地に出て、誰とも知らぬ者達とあれだけ会ったのじゃ。緊張に緊張が重なって、体が鉛になってしまっただけじゃよ」

「は、はぁ……」


 虚無僧な格好をして、こんなにもでかい水竜王が体育座りで沈黙してたら、うちの子供達が怖がってしまうだろ? ツバキ様との話を終えて屋敷の廊下に出たら、廊下の隅っこで水竜王がそうなってたから俺まで驚いたわ。俺とツバキ様は水竜王の精神安定を考慮して、トラージへと取り急ぎ向かったという訳だ。それで良いのか、トラージの守護竜。


「あれっ、ケルヴィンさん?」

「おっと、エマじゃないか」


 格納庫の入り口にて、エマと再会する。そういえばエマはボガとの鍛錬後、トラージに残っていたんだったな。てっきり、シルヴィアの方に向かうかと思っていたけど。


「エマよ、急に呼んでしまってすまないな。お主も、あの白い方舟との決戦に臨むのじゃろ? どうせなら、ケルヴィンと共に我が航空艦隊を見せてやろうと思ってな」

「お気遣い頂きありがとうございます、ツバキ様。 ……ところで、そちらの大柄な方は?」

「ああ、この方は―――」

「―――ふっ。エマよ、余だ。水竜王、藤原虎次郎である!」

「っ!?」


 思わず水竜王を2度見してしまった。アンタ、喋れたんか……!? というか、急に雰囲気が竜王っぽくなったけど、一体どうした?


「くくっ……! あー、ケルヴィンよ。困惑する気持ちも分からないではないが、其方がそのような顔をするとは思ってもいなかったぞ。S級冒険者でも、日に2度も驚く事があるのだな」

「俺だって人間ですから、そりゃ驚く時は驚きますよ。それにしたって―――」


 水竜王とエマの会話に耳を立てる。


「水竜王様、どうしてそのような面を被っているのですか?」

「余は竜王であり、トラージの守護竜であるからな。いわば、この国の名士よ。迂闊に人化した顔を晒してはならんのだ」

「逆に目立ってますよ」

「む、そうか? これは一本取られてしまったな。ハァーハッハッハ!」


 屋敷での憂鬱そうだった姿が嘘だったように、饒舌で高笑いまで決めている。何なの? この竜王何なの?


「あの深編笠の中身、本当に同一人物ですか?」

「周りにいる者の人数が、心を開いた者の方へと傾いたからな。知り合いの中でなら、竜神様はいつもあんな感じじゃ。面白いじゃろ?」


 面白いっつうか…… もう一度言おう。それで良いのか、トラージの守護竜。


「面白ドラゴンは置いておくとして、早速格納庫へと乗り込もうぞ」

「いや、面白ドラゴンって…… ああ、もう。2人とも、中に入るぞ!」

「あっ、すみません。行きましょうか」

「すまないな、向かうとするか」


 この状況下なら、俺の言葉にも普通に返答してくれるのか。それができるのなら、もっと前から実践してほしかったのは内緒の話。一々この竜王にツッコミを入れていたら、話が進みそうにない。もうスルーで通そう。


 ―――ガラガラガラ。


 格納庫の大きな扉が自動で開くと、その中からここの担当者と思われる職員が出てきた。格好としてはトラージの城にいた、転移門に魔力を注入してた人達と似てるかな。王宮魔導士とか、たぶんそういう類。


「お待ちしておりました、ツバキ様。万事抜かりなく、準備は整っております」

「うむ、ご苦労。今日は例の客人達も来ておる。案内を頼むぞ」

「承知致しました。それではこちらへ」


 格納庫の内部は想像以上に広く、下ったり上ったりと迷ってしまいそうな構造だった。実際、この場所は秘匿された場所であるから、わざとそんな風に作っているんだろう。格納庫とは名ばかりで、侵入者を防ぐ為の迷宮といった印象だ。案内人がいなかれば、俺も壁に穴を開けて力押しで進んでしまいたい欲求に駆られそうだ。


 で、案内人の歩速に合わせて、10分か20分ほど歩いただろうか。それまでとは明らかに造りの異なる、開けた空間に俺達は足を踏み入れた。


「ふぅー、流石に疲れたのう。じゃが、漸く到着じゃ」

「これがトラージが誇る船、ですか」


 そこは言うならば、屋内に造られた大規模な港だった。四方は壁で囲まれているのだが、高いところにある床以外は全て水で覆われており、それらは磯臭い独自な匂いを放っていた。間違いなく海水である。そして水の上を見れば、何十隻もの船の姿が拝めた。


 浮かび並ぶ船の外見はガレオン船のようで、その殆どが木造となるものだ。側面には大型の大砲が備え付けられ、これらが攻撃の主力を担うのだと推測する事ができる。


「うむ。妾らはこれを水燕すいえんと呼んでおる。本当であれば、先のトライセンとの戦争の際にお披露目となる筈だったんじゃが、どういう訳か機会がなくての」

「ああ、戦闘前に魔法騎士団が退却したんでしたっけ? 戦う前に帰るなんて、失礼な奴らですね」

「う、うむ? 少し妾の考えと違うような気もするが、まあ、そうじゃな」


 俺だったら怒っちゃうね。恨んじゃうね。


水燕すいえんは一見海を航海する船のような外見じゃが、此奴の能力はそんなところでは止まらん。海中へと潜る事での奇襲はもちろん、大空までも翔られると、作戦行動範囲が途轍もなく広いのじゃ」

「飛ぶだけじゃなくて、潜水も可能なんですか?」

「可能じゃ! 実際トライセン軍を待っておった時、ずっと潜っていた!」


 ツバキ様がビシッと閉じた扇子を船に向ける。うーむ、想定していたよりも高性能で、少し疑ってしまった。それって、飛行可能な潜水艦みたいなもんだよね? かなり凄い事なんじゃないか?


「ふふっ、驚いているようじゃの。水国トラージは4大国の中でも、デラミスと同等程度に魔法の扱いに優れておる。青魔法と緑魔法に関しては言えば、それさえも凌ぐといっても過言ではない。この水燕すいえんはトラージの技術と魔法の結晶なのじゃ」

「へえ、魔法…… という事は、魔力が原動力になっているんですか?」

「流石にそこまではケルヴィンにも教えられんよ。まあ、婿入りの話を受けるのであれば別じゃがな」


 可愛らしいウインクを飛ばすツバキ様。ハハッ、永遠に聞く機会は来なさそうだ。


「でも、本当に凄いですね。こんなにも大きな船が、まさか空を飛ぶなんて……!」

「エマにまで褒められてしまったのう。実に喜ばしい! ……じゃが、妾らとてあの方舟との性能差は十分に承知しておる。水燕すいえんを百隻飛ばそうとも、その力は白き戦艦の飛行能力を維持するには遠く及ばない。ケルヴィンよ、今回妾らにできる事は、あくまでも運搬・・じゃ。それ以上の期待はしてくれるな」


 ツバキ様やここの職員は、嫌というほど戦力の差を痛感していたのかもしれない。先ほどまでの笑顔も、どこか純粋には喜んでいるようには見えなかった。


「いえ、十分過ぎるくらいですよ。それにそこからは、俺らの仕事です」

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