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第502話 虚無僧

 ―――ケルヴィン邸・客間


 俺は今、客間にてとある人物達と対面している。1人は何の事前連絡もなしに、我が家の転移門に要請を出してきたトラージの姫王、ツバキ様。いつものように見事に着物を着こなしつつ、当然といった様子で唐突にやって来たのだ。うん、まあいつもの事だ。これには目を瞑ろう。ボガの話じゃ、米の炊き方をボガとエマに指導させたのは、ツバキ様の指示だったらしいし。何でも、城の料理人達が総出で教えたんだそうだ。


『不味ぅーーーい!』

『ああっ! 料理長が涙を流しながら倒れたっ!』

『何てこった。料理長の『語り』をすっ飛ばして、『泣き』にまでその不味さを届かせるなんて……』

『クッ……! ここまでの料理下手、俺は見た事がねぇぞ! ある意味奇跡の存在だっ!』

『エフィルちゃんが涙を呑んで指南を取り止めた逆逸材だって、さっきツバキ様から伺ったぞ……』

『料理長が倒れた今、俺達にできる事なんて……』

『馬鹿野郎! 今だからこそ、エフィルちゃんに恩を返す最大の好機なんじゃねぇか!』

『ふ、副料理長?』

『俺はよ、正直なところ最初、あのメイドさんを調理場に入れるのが嫌だったんだ。冷たく、ぞんざいに扱ったりもした。だが、あのメイドさんはそんな俺に対しても、真摯にあの無垢な笑顔を向けてくれたんだ。あの時、俺は料理を教えてもらうばかりで、何も返す事ができなかった。だからよ、ここでせめてもの恩返しがしてぇんだ。おめぇらが諦めても、俺は諦めない。それがトラージの男ってもんだろ、なあ?』

『……ああ、そうだ。その通りだ。俺だってあの日々、灼熱の調理場が驚きの癒し空間に感じられた1人。副料理長、微力ながらお手伝いしますぜ!』

『お、俺だってそうだ! 成長性やセンスが微塵も感じられない、むしろマイナス要素揃いな才能がなんだってんだ! そんなもん、努力で扉は抉じ開けられる!』

『やってやろうぜ!』

『ああ!』

『お前ら……! へへっ、ったくよう! よーし、まずは基本の研ぎからだ! エマさん、ツバキ様のお気に入りだのS級冒険者の一員だのってのは関係ないぜ。手加減しねぇからな、アンタも諦めないでくれ! その腐り切った才能、見事に開花させてやる!』

『………』

『あ、赤毛、元気ねぇぞ? だ、大丈夫?』


 わいのわいのと、そんなちょっとしたドラマもあったりして、ボガは不器用ながらにあっさりと、エマは三日三晩徹夜し、負傷者を多数出しながらも技術を会得したんだという。この話を聞いたエフィルは更に感動してしまい、涙で顔がぐちゃぐちゃに。よって、ただ今退席中だ。


「いやはや、あの時は大変であったぞ。何せ不味いものに興味のある妾も、あの異物には手を出さなかったのじゃからな! くくっ!」

「ははっ……」


 ツバキ様は愉快そうに話しているが、実際に担当していた料理人達の苦労は相当なものだっただろう。エフィルの時は更に酷く、エマと同等の実力を持つシルヴィア、アリエルも一緒で苦労も3倍だったんだよな…… ああ、エフィルは何も悪くない。相手が悪かっただけなのだと、今再確認した。


「配下が一丸となって国難に立ち向かう様は、いつ見ても胸が高まるものよな」

「国難って…… いえ、難易度的にはそのくらいありそうですね、確かに」

「じゃろ?」


 国難を防ぐ為にも、ナグアの調理技術が高まる筈である。


「ところでツバキ様、さっきから気になっていたんですが……」

「何じゃ? もったいぶらずに聞くと良い。ケルヴィンと妾の仲じゃ」

「ツバキ様から打ち明けてくれるのを待っていたんですよ。というか、わざとでしょ?」

「くくっ」

「ああ、もう…… で、そちらの御仁は?」


 トラージからの来訪者は2人いた。俺がずっとチラチラと視線を送っていたのだが、ツバキ様が総スルーするので仕方なくこちらから聞いてみる。


「………」


 2人目の来訪者は、終始無言を貫いていた。ソファに座った状態でも、ツバキ様と比べ頭1つ分も背の高い男性……? だと思う。疑問形なのは、この人の顔が見えないからだ。時代劇で虚無僧が被るような深編み笠で、頭部全体をしっかりとガード。部屋の中に案内してからも、全く脱ごうとする気配がない。トラージの着物を着ているし、ツバキ様が連れて来たからには知り合いなんだとは思うが…… 正直、怪しさ満点で見て見ぬ振りも辛いところだ。


「すまないのう。この方はどうも人見知りが激しくてなぁ」


 あー。だからさっきから、こっそりとツバキ様の着物の裾を指で引っ張ってたの、この虚無僧? 容姿的に立場が逆じゃないかと、俺も少し混乱してしまったぞ。


「ええと、ツバキ様が敬称を使うという事は、もしかして……」

「うむ! この方は竜神様、我が国の守護竜であらせられる水竜王様じゃ!」

「………(コクリ)」

「ああ、やっぱり……」


 ツバキ様が改めて紹介しても、水竜王は頷くだけで何も言葉を発さない。守護竜の割にはなかなか表に姿を現さないし、もしかして引き篭もりなんじゃ…… なんて噂は耳にしていた。でもさ、ここまで拗らせていたとは誰も思いはしないじゃん。シルヴィアとエマを相手に果敢に戦ったとかって話、なんだったの? 竜王にはまともな奴いないの?


「………(とんとん)」

「どうされた、竜神様?」

「………(ごにょごにょごにょ)」

「ふんふん」

「ど、どうしました?」


 水竜王がツバキ様に何か耳打ちをしている。せめて声くらい出してくれても良いだろうに。


「もう駄目そう。シルヴィアとエマに会いたい…… と、言っておる」

「何しに来たの!?」


 水竜王、まさかの退室。おいおい、真面目に出て行きやがった。


「くくっ、人間の姿ではあれが限界じゃろうよ。これでも持った方じゃ」

「あの、前にシルヴィアから聞いたんですけど、水竜王様ってトラージの開祖なんですよね? なのに、あんな人見知りなんですか?」

「うむ、歴とした偉人じゃよ。しかし、時の流れとは残酷なものでな。今ではただのむっつりすけべぇ、じゃ。詳しく聞きたいか?」

「いえ、遠慮しておきます。それよりも、どうしてそんな水竜王様を連れて来たんです?」

「それがな、竜神様自らケルヴィンを直に見てみたいと、唐突に言い出したもんでな? 妾も頗る驚いたものよ」


 自分で言い出してアレかい……


「まあ、竜神様は加護を与えたシルヴィアを我が子のように可愛がっておるからな。そんなシルヴィアを負かした事のあるケルヴィンに、ほんの少~し興味を持たれたのかもしれん」

「……それって、目の仇って意味でですか?」


 また現れたのか。まだ見ぬ子煩悩め。だがな、こちらとしては大歓迎なんだ。理性的な戦闘狂に死角はない。


「さあな。残念ながら、妾はまだ子を生した経験がない。そのような気持ちは知らぬよ。それとも、ケルヴィンが教授してくれるのか? トラージの王を継いでくれるのなら、妾も吝かではないのじゃが?」

「前回の親衛隊から格上げし過ぎですって。さっさと本題に移行してください」

「む~、相変わらずのいけずじゃな。ケルヴィンが婿に来れば、トラージの未来は盤石じゃと言うのに……」


 婿とハッキリ宣言してる辺り、ツバキ様はしっかりしてる。俺が間違って頷きでもすれば、翌日にでも準備を整えてしまう。そんなアクティブさが感じられるから、全く油断ならない。


「仕方がないのう、本題に移ってやろうか」


 ケラケラと歳相応の笑顔見せるツバキ様。だが、次の瞬間には王の顔に戻っていた。


「依頼されていた我が国の艦隊の用意が整った。いつでもいけるぞ」

「遂に、ですか…… ご助力、感謝します」


 各自鍛錬、竜王の加護と協力要請、そしてトラージの航空艦隊――― 決戦の日に用意すべきものが今、全て揃った。

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