第501話 忠誠
―――ケルヴィン邸・地下修練場
午後になって、ベルを相手取り模擬戦を行う事となった。今の彼女はすっかりと回復したようで、自ら模擬戦の相手をやりたいと手を挙げるほどだ。ベル自身にその意思があっただけに、義父さんからも即座にゴーサインが出された。娘に対しての甘さにかけては、本当にうちのジェラールにも引けを取らないよ。
「ふっ!」
「ほっ!」
しっかし、直接相手にして初めて分かったんだが、彼女の足技は鋭いなんてもんじゃない。魔法なしでも変幻自在、予期せぬところから攻撃が飛んできて、俺の意識を刈り取ろうと襲い掛かる。それでいて足である分リーチも長いから、攻撃範囲も自然と広くなる。獣王祭の時といい、魔王城の時といい、セラはよく勝てたもんだ。まあ、獣王祭はベルの方から降りた訳だけど。
「ちょっと、パパを倒した貴方の力、そんなもんじゃないでしょ? 折角リハビリ明けに相手してあげてるんだから、少しは本気にさせなさいな」
「そうだそうだ、手を抜く事は許されんぞ!」
「安心しろって、まだ準備運動みたいなもんだ。そっちだって、まだ緑魔法や能力を使ってないだろ? 義父さんもああ叫んでいる事だし、そろそろ本気で打ち合うか?」
「おい愚息! ベルの抜けるように白き肌を傷付けたら…… 分かっておるなぁ?」
外野が無茶苦茶過ぎる!
しかし、義父さんの存在を抜きにすれば、緑魔法のプロフェッショナルにしてセラ並みの格闘センスを持つベルは、俺の模擬戦相手として打って付けだ。風にゴムの性質を加えた粘風反護壁など、俺にはない発想力があるのもポイントが高い。
「死ねっ!」
「危なっ!?」
そして殺意が高く口も悪い。それさ、本気で言ってるんじゃないよね? いや、俺としてはそれさえもポイント高い採点になっちゃうよ? 限りなく実戦に近いほど、俺も燃えるってもんだからな!
「良いなー、ベル良いなー。ねえ、父上。私もあそこに交ざっても良いかしら?」
「ふっ、世界で最も美しく綺麗でかわゆい奇跡の姉妹による共演であるか。それも良かろう。セラよ、余が許すっ! 愚息の息の根を止めてくるのだっ!」
「義父さん!?」
だが、それもなかなか…… ポイント高しっ!
―――ダァン!
強固な作りである筈の修練場を揺らしながら、セラが大袈裟に着地する。
「父上の許しが出たわ! ベル、ここからは仲良く共闘といきましょうか!」
「別にそんな許しなんて必要ないと思うけど…… ま、姉様がそうしたいなら、私は止めないわ。姉を立てるのも、妹の務めだし」
「素直でよろしっ!」
それは素直とは反対なんじゃないかな。たぶん内心ウッキウキだぞ、お前の妹。
「ケルヴィン! 風竜王の加護を貰ったらしいけど、私だって闇竜王の加護を付与されたんだから、遠慮なんていらないからねっ!」
「それを言ったら、リオンだってそうだろ。皆着々と強くなってくれて、嬉しい限りだよ。で、見せてくれるのか? その新しい力をさっ!」
俺達の戦いが今、開始された。
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―――ケルヴィン邸・バルコニー
「いっつつ……」
「なんじゃ。そんな大言吐いておいて、結局負けてしもうたのか」
バアル姉妹との模擬戦は惜敗、いや、ここで強がっても意味がないか。結果は惨敗に終わった。粘りはしたんだ、粘りは。だが、即興でタッグを組んだとは思えない2人のコンビネーションは、長年を共にした熟練パーティのそれに近く、策を巡らそうにも、片方を魔力で押し切ろうとするにしても、セラとベルは共に何をさせても高水準を誇るオールラウンダー。おまけに勘も運もずば抜けていて、隙が全くなかった。固有スキルも油断ならないし、義父さん単体と殺し合いをするよりも、よっぽど厄介かつ強敵だったのだ。
文字通りボッコボコにされてしまった俺は、頭を冷やしにバルコニーで自然の涼やかな風を浴びに来た訳だ。庭で遊び回る孫達を眺めていたジェラールが、先客としてここにいたのは意外だった。親馬鹿の次は爺馬鹿と、今日は何かと甘やかす天才達と縁がある。
「負けちゃったのは悔しいけどさ、それよりも嬉しい気持ちの方が強いかな」
「おお、遂に自虐の才覚を開花させてしまったのか……」
「お前の茶化しに慣れてきた自覚はあるよ。もう長い付き合いだからな」
ふっ、当初は戸惑いがちだったジェラールのボケも、今の俺なら華麗に流せるようになった。ここにエフィルの淹れた茶でもあれば、優雅に一口頂いているところだ。
「そうじゃな…… 確かに王とは、長い付き合いになった。覚えておるか? 初めてトラージを訪れ、勇者達が船に乗るのを見届けた後の事じゃ」
「えっ? あ、ああ、懐かしいな……」
でもな、唐突にシリアスな空気を出される落差には、まだ慣れていないんだ。ええっと、トラージの港、トラージの港。思い出せ、その時の光景を……!
刀哉達を見送って、めっちゃ手を振って、帰る時に―――
『―――契約が成し遂げられた時、ワシは王を真の主と認めよう』
ああ、そうだ。あの時、そんな話を念話越しにされたんだった。契約の達成はジェラールの祖国、アルカールの敵討ちが終わった時。先の戦いでジルドラを討ち取った今、契約は達成されたといっても過言ではない。その事を言おうとしているのか?
「おいおい、この流れでそんな大事な話を振るなよ」
「ガハハ! 流れも場所も時も、全く関係なかろう! それにエフィルやらセラやら、王の隣には誰かしら女子がおるからな。そんなものを選んでいる暇はないんじゃよ。先延ばしになんてするべきではない、ワシにとっても大切な話じゃ。こうして、1対1で話がしたかった」
そう言うと、バルコニーのテーブル席に座っていたジェラールが不意に立ち上がり、俺の前に跪いた。その様はここが王座であるかのように錯覚してしまう、王に忠誠を誓う騎士そのもの。孫好きのお爺ちゃんが何をやっているんだ、なんてからかいの言葉は、もうこの場では不適切だろう。
ジェラールが俺を王と示す限り、俺はこの席を立つべきではないし、その忠誠心を蔑ろになんてしちゃいけない。今はただ、ジェラールの次の言葉を待つ。
「あの頃はS級モンスターを倒せるようになっただのと、今となっては極小さい事で喜び勇んだ。じゃが、その積み重ねが今の力を生み、戦線を共にする友との関係を築くに至った。できる筈がない。そう思いながらもこの世に未練を残し、逝く事ができなかったワシの心を、王は確かに救ってくださった。妻子を失った過去のワシには、今のように孫に囲まれひと時を過ごす日が訪れようとは、想像もできなかったじゃろう」
「……俺1人の力じゃ、とてもじゃないけどできなかったよ。全部、皆が隣にいてくれたからできた事だ」
「何を言う。その中心に王がいたからこそ、皆が集まったのではないか」
「そう、かな……?」
クロメルに殺され、メルフィーナと一緒にこの世界に来て、クロトと契約して、ジェラールを従えて――― 俺が中心って自覚はない。ただ、俺が好きなように生きてきただけだ。全く、俺の仲間達は過大評価が過ぎる。
「王よ、今こそこのジェラール・フラガラック、真の忠誠を誓いましょうぞ」
その瞬間、ジェラールから放たれる力の圧が変化した。より重く、だけれども温かみも感じられるような、様々な感情が入り混じったもの。固有スキルの効果が及んだのかどうか、俺には判別がつかない。つかないが、ジェラールが次の段階へと移行した事は理解できる。どうやら、加護を貰った事に胡坐をかいてる暇はなさそうだ。逆に俺が置いて行かれちまう。
「その忠誠、確かに受け取ったよ。リオン達の為にも、精々長生きしてくれよ?」
「ガハハ、努力しよう!」
それから俺達は、周囲の空気を元の緩い感じに戻して、リオンとアンジェとリュカによる鬼ごっこを見守る事に―――
「ああ、そうじゃそうじゃ。折角じゃし、実体化したワシの素顔も見とく?」
すぽっ。
「えっ? ええあえっーーー!?」
あまりに突然の出来事に、変な声で叫んでしまった。ジェラールの素顔がどんなものだったのか? それは王と騎士だけが知る極秘事項である。
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