第499話 運命の出会い(恋)
―――ガウン・とある僻地
シスター・エレンの用意した料理を綺麗に平らげたゴルディアーナは、ささやかなお礼にと食後の紅茶を皆に振舞う。ちょっとしたお茶会気分で、世界で最も強い女子達(一部例外あり)は和むのであった。
「それにしてもぉ、フーちゃんの強さは出鱈目よねぇ。一体どうしたらぁ、そんな凄い力が手に入るのかしらん?」
「そんな事はあるよ~、あるある~。でもさ、そんな最強な私と互角に戦えるプリティアちゃんの存在こそ、私にとっては不思議生物なんだよ? 肉弾戦とか特に鬼だよね、桃鬼だけに!」
「うふふ、伝説の勇者様に褒められちゃったわん。私がここまでの美を追求できたのはぁ、愛の力があってこそなのぉ。キャッ、言っちゃった!」
「愛? 愛の力なら私だって負けないぜ! ね、エレン!」
「ゴルディアーナさんが言っている愛とセルジュの愛とでは、かなり意味合いが違うと思いますけどね」
「ええっ!? そんな事ないよ~。めっちゃめちゃ愛を振り撒いてるよ、私?」
「セルジュは無秩序に振り撒き過ぎなんですよ。主に、自分の欲望を満たす為だけのものですし。ゴルディアーナさんの愛は、献身的に愛する方にだけ贈られる真の愛なのです。自らを犠牲にする事も厭わないという、確固たる信念の元に育まれた慈愛…… ええ、美しい愛だと私も思います。見掛けは兎も角、貴方は美しいですよ、ゴルディアーナさん」
「もん、2人してそんなに煽てないでよぉ~。顔から業火が出ちゃう!」
「あはは、エレンって時々毒舌だよね~、ってホントに燃えてる! 燃えてるよっ!?」
ゴルディアーナは顔から出る炎を紅茶で消火させ、何とかその場を切り抜けるのであった。
「あちちち、ビックリしちゃったわん……」
「あははははっ! 私の方が驚いたよ~。私を日に2度も驚かすって大したものだよ、プリティアちゃん!」
「顔の脂に引火したんでしょうか? 今日は陽射しが強いですからね。そういう事もあるでしょう」
そういう問題ではないのだが、残念ながらこの場には、的確なツッコミができる者がいなかった。
「でも、真の愛か~。私もそれを見つけられたら、もっと強くなれるのかな? 目ぼしい戦闘系スキルとか、もう粗方取り終えてるし」
「逆にそれにしか費やしていませんからね、セルジュは」
「あら、そうなのん? 駄目よ、女の子ならお料理の1つも覚えないとぉ」
「私は癒されたい側の人間なんだも~ん。自分で料理するのは、何か違うっていうか」
「ふう…… どうやらセルジュが真の愛に目覚めるのは、暫く先の話になりそうですね」
「む、私だってこれだぁ! って子がいれば、考え方も大人になるよ! たぶん!」
「ちなみに、どんな子が好みなのん?」
「好み? 好み、そうだなぁ……」
セルジュはうーんうーんと何度か悩む声を上げ、その度に頭を右往左往。それから何かを閃いたのか、ポンと手を叩いた。
「まず、日本出身な私としては黒髪は欠かせないかな。金髪も捨てがたいけど、やっぱりマイベストは純な黒だね。染めるなんて以ての外!」
「あらん、除外されちゃったわん」
「私もです」
金のツインドリルと、銀のロングが候補から外される。2人は別に選ばれたかった訳ではないが、女として少し悔しそうだ。
「性格は駄目男を放っておけない献身的な感じで、だけれどもちょっとツリ目で、厳しく想ってくれるところもあって~」
「あの、セルジュ?」
「そう、幼馴染的な立ち位置が好ましい! 毎朝虚ろな状態な私を起こしてくれるのっ! そんな頑張り屋さんなんだけど、運にはあまり恵まれてなくって、支えられつつ私も支えてあげたいと思うような!」
「フーちゃーん? 聞こえてるぅ?」
「更にはある程度の実力もなくっちゃ、私と共闘はできないね。リオンちゃんはちょっと幼過ぎるかな? でも、強さとしてはその辺りがボーダーライン。それくらいは欲しいよね。それでそれで、夜な夜な根掘り葉掘り色々と教えてあげるんだ~。ふふふふ……!」
不敵な笑いを浮かべ、次々と理想像に注文をつけるセルジュ。理解者であるエレンとゴルディアーナも、これにはやれやれと首を振った。
「ちょ~っと、注文が多いかしらねぇ~」
「可愛い子は全員に興味がある癖に、いざ理想を語ると昔から止まりませんからね」
「今まで、理想の子はいなかったの?」
「その時々の気分で、注文の多い理想も変幻自在に変化していきますので。セルジュが本気で惚れるとすれば、今この瞬間の理想に合致する人物と、たまたま出会うくらいの奇跡でも起きませんと」
「難儀なものねぇ」
「同性好きというのも、その難儀さに拍車をかけています。あんな無理難題を並べて、条件に当て嵌まる女性と出会うなんてあり得ま、せ……」
「エレンちゃん?」
シスター・エレンが途中で言葉を止め、目を見開きながら固まった。向かいのゴルディアーナがこれを不審に思い、後ろに振り返る。エレンの視線はゴルディアーナに向けられているのだが、彼女が目にしているのが、明らかにその奥へと向けられていたからだ。
「お疲れ様です! 志賀刹那ですけど、ケルヴィンさんからの連絡を届けに来ました!」
森の木々の間より、凛とした少女の声が聞こえてきた。ガウンの虎狼流道場にて、ニトと修行をしていた刹那である。彼女を目にしたゴルディアーナもまた、エレン同様目を丸くする。
濡れ羽色の髪、献身的な性格、皆を導こうとする生徒会長、ほど良いツリ目、幼馴染属性、超人となった確かな実力等々――― そこまで細かな点までは知らない2人も、刹那が先にセルジュが言った条件に当て嵌まっている事に気が付いたのだ。固まるのも、仕方のない事だった。
「……条件を満たす子、いましたね」
「いたわねぇ」
「はい?」
そして、当然セルジュも刹那を見ている訳で。こちらに向かっている刹那に向かって、セルジュは目にも止まらぬ速さで接近し、無言のまま彼女の両手を握る。にぎにぎと握る。
「うわっ!? ……あ、あの?」
「………」
にぎにぎ、にぎにぎ――― 暫くそんな動作を無言のまま繰り返したセルジュは、次に刹那を見詰めながら、意を決した様子で口を開き出した。
「……好き。私、恋をしましたっ! 刹那、私と結婚を前提としたお付き合いをしよう! うん、そうしよう!」
「……ふぁっ?」
セルジュ、一世一代のプロポーズである。瞳の奥にハートマークが見えてる辺り、刹那にとっては困惑を通り越して恐怖体験だった。蝋人形の如く固まってしまった刹那に代わって、この告白に逸早く反応したもの。それは彼女の腰に差していた、1本の刀だった。
「待て待て待てぇい! 刹那ちゃんは、おじさんが先に唾を付けておいたんだ! 守護者といえども、こればっかりは譲れないな!」
「なっ、なにぃ!?」
「ニト師匠、誤解を招く言い方をしないでくださいっ!」
その正体はニトの本体である刀、おじさんは刹那と共にここに来ていたのだ。
「なーんだ、誰かと思えば生還者じゃん。駄目だよ、年頃の少女にセクハラなんてしちゃ。お巡りさん、この人ですっ!」
「何もしてないからねぇ!? おじさん、流石に無実を主張するよ! ほら、刹那ちゃんも反論して!」
「でも、さっきの台詞はセクハラな感じも……」
「撤回! おじさん、発言を撤回するからっ!」
「ねえねえ、刹那ぁ。そんな中年なんて放っておいて、私と一緒に修行しようよ? 私最強だから、そんなセクハラ親父よりも役に立つよ? 同じ女同士、何の遠慮もいらないからね。ね、ね、ねっ!」
「気を付けるんだ、刹那ちゃん! 守護者は一見凄く可愛い女の子だけど、中身の趣味趣向はおっさんとそう変わりないよ! おっさんなおじさんが言うんだから、間違いない!」
「………」
元使徒達の言い争いは苛烈さを増していく。 ……刹那を板挟みにしながら。
「なるほど、幸も薄そうですね」
「支えたくなっちゃうわねぇ」
その後、状況を見かねたゴルディアーナとエレンが間に入り、刹那は無事に救出された。