第496話 パパ襲来
―――ケルヴィン邸・リビングルーム
「ケルヴィーン!」
久しぶりに会ったセラを抱いてキャッチする。これはリオンを真似したのかな? おお、これはボリュームが、むむ……! と、今はそれどころじゃなかったな。
「と、義父さん、来ていたんですね……」
リビングにいたのは、セラだけではなかったのだ。義理の父グスタフと、義理の妹であるベルまでもが一緒にだべっていた。想定外の奇襲に、思わずあの祝宴での悪夢を思い起こしてしまう。アルコールの類は…… よし、この部屋にはないな。
「父さん? あのでけぇ人、ケルヴィンの父親なのか?」
俺の後ろにいたウルドさんが、扉の隙間から覗き込むようにしながらそう質問してきた。ああ、何も知らなければ、そう勘違いしちゃうよね。
「いえ、セラのご両親ですよ。義父さんというのは、まあその―――」
「ああ、なるほどな。ケルヴィン、皆まで言わなくてもいいぜ。これでも俺、そろそろ娘の嫁入りを見届ける側の人間だからよ」
「もう、ウルドったら気が早いわよ。わ、私とケルヴィンの結婚の話なんて!」
満更でもないようで何より。
そういえばウルドさんとクレアさんの間には娘さんがいたんだったか。エフィルが始めにクレアさんから貰ったあのメイド服、娘さんのだって言ってたもんな。あのメイド服はエフィルがメイド道に目覚めた切っ掛けとも呼べる、とても大切なものだ。まだ会った事も挨拶をした事もないが、娘さんには心から感謝している。延いては、そんな娘さんを育ててくれたウルドさん達にも感謝している。やはり貴方達が神だったのか。
「娘の嫁入りを見届ける…… 見届ける……」
ブツブツ言いながら、義父さんが見る見るうちに気落ちしていく。
「お、おい、親父さん、急に元気がなくなったぞ? さっきまでの威厳ある様子が見る影もないぞ?」
「え、ええっと、義父さんは結構な子煩悩でして……」
「子煩悩なんて可愛いもんじゃないわよ。親馬鹿の親馬鹿、キングオブ親馬鹿よ」
こら、ベル! 気落ちした義父さんがそのまま床に倒れちゃったじゃないか! 義父さんにとって娘の言葉が1番の凶器になるんだから、少しは遠慮しなさい!
―――なんて、義父を庇う義兄を演じたところで、義父さんの矛先は俺に向かってくるからな。心の中で注意しておくに止める。
「その子は?」
「あっちのちっこいのは、セラの妹のベルです」
「ちっこい言うな。というか、その人誰なのよ?」
「冒険者のウルドさんだ。俺の命の恩人でもある」
「ウルド、あの時は申し訳なかったわ!」
「……? どうして姉様が謝るのよ?」
それはだな、山よりも高く海よりも深い理由があるのだよ。具体的には、君ら一族の酒癖の悪さが影響している。
「ところで今日は2人とも、随分とラフな格好なんだな?」
前にグレルバレルカで会った時は軍服というか、セラの戦闘服に似た衣装を2人は着ていた。今日はその時と打って変わって、俺がたまの休日で過ごすような楽な格好だ。ベルなんてショートパンツで、さっきから一向にソファから起き上がろうとしない。ちなみにであるが、セラは見慣れたチャイナドレスだ。
「パパが用意した旅グッズに、サイズピッタリなのが入ってたのよ。いつもの格好じゃ、何かと目立つからってね。確かに軽くて楽だし」
「セラベルに安寧を提供するのが我の使命だからな。しかし、セラは我が用意した衣服よりも上質なものを既に持っていた…… これを作った者は紛れもなく天才よ……!」
「当然ね! 私の私服は全部エフィルのオーダーメイドだもの! 今度、ベルの分も頼んであげるわね!」
「別に私は―――」
「頼んであげるわね!」
「……う、うん」
ベルの奴、義父さんには強いがセラの押しには弱いのな。2人が並べば凄く映えるのもあって、依頼されればエフィルも張り切るだろうなぁ。やり甲斐があります! とか言って。
「しかし、姉妹とはいえ本当に似てるな。セラ嬢をそのまま子供にんぐっ!」
「ウルドさん、それは禁句かもです」
NGワードを言い出しそうになったウルドさんの口を、急いで手で塞ぐ。
「ヒソヒソ(な、何が禁句なんだ?)」
「ヒソヒソ(あんなちっこいなりですけど、ベルはセラと双子なんですよ。で、ちょっと容姿について指摘するのはコンプレックス的に危険でして)」
「ヒソヒソ(あー、なるほどなぁ…… なあ、やっぱあの子もセラ嬢みたいに強いのか?)」
「ヒソヒソ(ベルだけじゃなくて、ここの家族は全員俺と互角に戦える猛者ですよ。義父さんもあんな子煩悩ですから、娘が傷つくのにとても敏感なんです。逆鱗に触れれば、そりゃもう暴れます)」
「ヒソヒソ(りょ、了解だ。気を付けるよ。ケルヴィン、お前も苦労してんだな……)」
よし、これで最悪の展開を免れる事ができただろう。バアル家が原因でウルドさんに怪我でもさせてしまっては、申し訳なくてもう顔向けできないところだ。
「こそこそと何を話しているのよ?」
「いや、セラベルの可愛さと美しさについて語っていたところだ」
「はあ?」
「おお、良いところに目を付けたではないか、愚息ぅ! そこのお主も、なかなか話が分かると見える!」
「まあ、セラ嬢はこの街にファンクラブがあるくらいに人気だしな。俺のパーティにも、入ってる奴がいるよ。リーダーの俺としては複雑なんだけどなぁ……」
「ファンクラブだと!? そうか、ファンクラブか…… しかし、何か勘違いした輩が馬鹿をする可能性も無きにしも非ず。そこまで発展してしまっては一定の危険も―――」
何だかよく分からないが、2人は心中複雑そうだ。ま、まあ上手い具合に収まってくれて良かった良かった。これでひと安心だ。
「よっし! ケルヴィンの家族なら、俺の家族も同然だ! 見たところ親父さんは結構いけそうな口みたいだし、昼だが酒盛りと洒落込もうや! 帰ったら飲もうと思っていたとっておきの酒、さっき酒屋で買って来ていたんだ!」
「スタァーーーップ! ウルドさん、それだけは絶対に駄目だぁ!」
この日俺は、屋敷内でのアルコール全面禁止令を全力で敷いた。
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その後、お酒抜きに真っ当な昼食を終えたウルドさんは、クレアさんの待つ精霊歌亭へと無事に帰って行った。ふう、何とかウルドさんを無事に帰したぞ!
で、今は食堂にてまだ食事を終えていないバアル一家と一緒にいるんだが、さっきからベルが不思議なくらいに静かだ。
「………」
「美味いんだったら、別に涙を流しても良いんだぞ?」
「べ、別にそういうのじゃないし」
「ふふっ、おかわりもありますよ?」
「……頂くわ」
「ベル、これも美味しいわよ!」
何という事はない。エフィルの料理を食べて、感動するのを我慢しているだけだった。デザートの寒天黒蜜をひと噛みひと噛みしっかりと味わい、襲い掛かる感涙の嵐に耐えながら少しずつ口に運んでいる。いつもながら、エフィルはナイスな仕事振りだ。
「それで、一体今日はどうしたんです? セラと一緒に義父さん達まで来るなんて、グレルバレルカの方は大丈夫なんですか? 王族が全員留守にするというのは―――」
「―――全く、愚息までビクトールと同じような事を言うのだな。安心せよ、全てビクトールに投げて来た!」
義父さんが決め顔でそう言った。おい、安心できねぇよ。ビクトールをもうちょっと労わってやれよ。あいつ、見た目はちょっと怖いけど良い奴なんだよ。
「ケルヴィン、顔に心の声が滲み出てるわよ? でも安心なさい。私がビクトールに回る仕事の大部分をセバスデルに、残りの少しもラインハルトとベガルゼルドに押し付けて来たから」
「ああ、それなら安心だな」
セバスデルの負担が半端ない気がするけど、たぶん気のせいだろう。
「で、だ。先ほどの質問に答えよう。我らはセラの嫁ぎ先を値踏みしに来た」
……お、おう。
「半分冗談だ、そう畏まるな」
「そうでしたか。半分冗談…… 半分?」
「本題ではないが、どうせなら見たいという気持ちもあるからな」
「で、では、その本題の方は?」
「セラから話は聞いている。あの方舟に喧嘩を売るのだろう? その喧嘩、我達にも参加させよ」