第490話 風竜王
―――狂飆の谷
悔い、か。俺が魔王になってしまったのが原因で、随分と色んな奴を巻き込んでしまったみたいだ。皆の協力を得て戦うにしても、やはりクロメルとは俺自身がけりを付けなければならないだろう。そうしなければ、クロメルや舞桜が浮かばれない。何よりも、そんな最高のご馳走を用意してもらって、他の奴に食わせるなんて絶対にさせてはならない。そう俺の本能が言っている。
「……行っちまった」
その後、舞桜は聖鍵を使って消えてしまった。今更ながら、リオンとの関係も聞いておけば良かったと少し後悔。前に聞いた時、リオンは全然知らないようだったし。
「うん、もう解析者達の気配はないかな。選定者の正体には驚かされたねって、ケルヴィン君的には大丈夫だったかな? えっと、その……」
「ああ、そう心配しなくても、思っていたよりもショックはなかったよ。俺自身、メル伝いで聞いた話程度の感覚なんだ。でも、気を遣ってくれてありがとな」
「ご主人様、無理をなさらないでくださいね?」
大丈夫だと説明しているのに、エフィルとアンジェはまだ不安に思っているようだ。俺、そんなに酷い顔をしていたのかな? 一先ず2人の頭を撫でておこう。なでりなでり。
「ギ、ギギギギッ……! ダァアアアーーー! やっと動けたぁーーー! ったく、何なんだよもう! 行き成り現れて封印なんて施しやがって!」
あ、すっかり忘れてしまっていた。風竜王の封印が解けたみたいだ。風竜王は雄だったらしく、若干子供っぽい声で風を撒き散らしながら怒声を上げている。風の刃はこの広間にまで影響を及ぼし、起伏のある床や壁などにズバズバとその爪痕を残していく。俺らはアンジェの能力で丸っきりそれらを無視しているのだが、こいつ全然俺らの事を考慮していないな。
「あとお前らっ! 人の巣に勝手に上がり込んで、何イチャイチャしてんだよっ! 嫌がらせか、この上ないほどの嫌がらせなのかっ!?」
逆か。これ以上ないってくらいに考慮してたな、こりゃ。確かによくよく考えれば、状況的にはそんなニュアンスで大体合ってるけどさ。風竜王としては踏んだり蹴ったりな状況だろう。
「ええっと、風竜王さん?」
「フロム!」
「え?」
「僕の名前だ! 竜王って何か重い感じがするから、呼ぶなら名前で呼んでよね!」
「……フロムさん?」
「な、なんだよぉ……(ぽっ)」
急にフロムが女声になった。うん、たぶんこいつも面倒臭い性格をしてる。風を司る竜なだけに、性格も竜王一自由気ままなんだろうか。ダハク以上に感性豊かで、ムド以上に偏食だったら俺は泣いてしまうぞ。今まで碌な竜王に会った試しがないだけに、不安は募るばかりだ。
「―――という事でさ、是非ともフロムさんにも協力してもらいたいんだ。どうかな?」
俺はこれまでのあらましをフロムに説明して、飛空艇迎撃の協力をお願いした。気分屋のフロムは黙ったまあ聞き入ってくれたようだが、正直どう思ってるのかまでは読み取れない。というか、竜の状態だと表情が分かりにくい。
「それってさ、さっきの爺さんと鎧男に報復できるって事?」
「まあ、間接的にはそうなるけど……」
「ならやる。僕ん家のセキュリティを抜けて、寝込みを襲って来たような奴らには天罰を与えてやらないと!」
あ、谷の風って防犯用のセキュリティだったんだ…… 猛犬注意ならぬ、暴風注意の立て看板くらいは設置しておいてもらいたい。それに寝込みを襲うとか、リオルドが変態であるかのように聞こえるな。フロムを封印したのはリオルドみたいだったし、事実は事実か。いいぞ、もっと言ってやれ。俺が許す。
「そうか、助かるよ。実はもう火竜王、土竜王、光竜王からの了解は得ているんだ。他の竜王達とも交渉中で、それが決まったら追って連絡するよ」
「え? 土の爺ちゃんは兎も角、あの暴れる事しか能のない火と、行方不明な光も了解してるの? 本当に?」
たぶん、君が思い描いている人物はその中に1人もいないと思うな。どうもフロムは、ここ最近に竜王の座が大幅に入れ替わっている事を知らないみたいだ。仕方ないから説明してやる。
「―――という事なんだが、分かってくれたか?」
「へぇ~、総入れ替えかぁ~。僕ずっとここで眠っていたから、全然気付かなかったよ。火のいる火山なんて、比較的近場にあるってのにね! あはははは!」
……ノリが軽い。
「それでだな、実はもう1つフロムさんにお願いがあるんだ」
「何さ? ケルヴィンと僕の仲だろう? 遠慮せずに言っておくれよ」
ほう、俺の知らぬうちにそんな仲になっていたのか。
『ケルヴィン君、この際仲が良いって体で話を進めなよ。さっきみたいに、軽い感じで加護が貰えるかもよ?』
『アンジェさん、それではご主人様の最大欲求が満たされないのでは?』
『あ、そっか。どうする? 流石に挨拶がてらにナイフを投げるとかは、私もどうかと思うんだけれど……』
止めなさいって。甘やかしてくれるのは嬉しいけど、理性的な俺はそんな事はしません! ……たぶん!
「無理なのは重々承知で敢えて言うんだが、フロムの加護を俺にくれないかな、と」
「加護ぉ? 加護って、僕の加護? 風竜王の?」
「その加護だ」
「んんー…… そりゃあケルヴィンと僕の仲だし、加護を与えるのも吝かではないんだけどね」
だから距離を詰めるのが早いって。ノリが軽いって。
「けど、ケルヴィンからは光と土の加護の気配を感じるしなぁ。それ以上加護を持っちゃうと、体が許容できなくなって爆発しちゃうかもだよ?」
「えっ、そうなのか!?」
確かに西大陸に渡る前に、俺はダハクとムドから加護を貰っていた。だけど、加護の数によって許容制限があるなんて初耳だぞ? シルヴィアとかも水と氷の2つの竜王の加護を持ってたし、てっきり貰えるだけ貰えるもんだと思っていたんだが…… あれ、メルの加護まで持ってる俺って、もしかして結構ギリギリ?
「ううん、嘘。その焦り様だと、さっきの竜王を配下に置いてるって話は本当みたいだね。なるほどなるほど」
「………」
やっぱり喧嘩を売るべきだったな。今からでもアンジェから手袋代わりのナイフでも借りようか。
「分かった、加護を与えてあげるよ。これを受け取ったからには、僕の唯一無二の親友としてキチンとお付き合いする事! 必ずだからね!」
「知り合ってからこんな短時間で親友になった経験は、流石になかったなぁ……」
まあ、気軽に竜王と戦える立場だと思えば、寧ろありがたい事なんだけれど。
「それじゃ付与するよー。うわ、初めてだから緊張するなぁ。本当に爆発したらごめんねー」
「なあ、マジで冗談なんだよな? 本当に大丈夫なんだよな?」
俺の体を中心に、健やかな風が辺りを通り抜ける。ハラハラドギマギしながら付与の授与式を迎える俺。どうやら加護の付与は無事に成功したらしく、俺のステータス欄には土、光と並んで風の文字が刻まれていた。
さあ、これで俺の準備は完了した。後は皆の連絡を待つばかりだが―――
「フロム、寝起きみたいだし、まだ本調子じゃないんだろ? 準備運動がてら、少し俺と戦わないか?」
「え、いいの? 流石は親友、気が利くね!」
「結局こうなるんだねぇ」
「結局こうなりますね」
こういう場合、ノリが軽いのは非常に助かる。