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第489話 サキエル・オーマ

 ―――狂飆きょうひょうの谷


 リオルドは一見爽やかに見える偽りの笑顔を顔に貼り付かせながら、何の遠慮もなしにテストだと言い放った。またふざけているのかとも思ったが、舞桜も否定せずに動かない。どうもマジなようだ。


「テストだって? ……何の為にだ?」

「ケルヴィン君が彼女と戦える高みにまで来ているのか、最後に確かめる為だよ。前に体験してもらった通り、エルピスには馬鹿げた威力の風力発生装置が備わっている。あれはクロメルの魔力に直結されていて、威力と射程範囲は君達も知るところだろう。アンジェ君の力を使ったとしても、精々アンジェ君の最速スピードに付いて来れる者しか入り込めないんじゃないかな?」


 この谷を攻略した時と同じ方法での侵入か。もちろんその方法は俺も考え、アンジェを交えて相談もした。だが、そこで出した結論はリオルドの言う通りで、飛空艇が出す風の影響を受けない範囲外から能力を使ったとしても、そこからアンジェが全力で駆け抜けて何とか通り抜けられる、といった具合だった。俺の魔法は途中で加速時間が途切れるから除外、エフィルやセルジュなら付いて行けるかもしれないが、クロメルや使徒が待ち構える敵陣に3人だけで向かうのは自殺行為に等しい。


 だからこそ、真っ正面からあの風を封殺する必要があった。リオルドが残した飛空艇の資料には、クロメルと飛空艇が生み出す風がどの程度の威力なのかまで数字で記されていた。俺には理解不能な計算式だったが、その辺はシュトラとコレット、セラによる解析班が逆算して、それに抗う為に必要なエネルギーを導き出してくれたのだ。その答えが全竜王による息吹ブレス攻撃だった。


「クロメルは君を待っている。ケルヴィン君が持つ力や人脈、私が用意した資料、仲間達の力全てを結集して、自分に歯向かえる力を向けてくれるのをね。不器用な彼女はそんな事でしか、もう君と接する事ができないと思っているんだ。エルピスは言わば、ケルヴィン君の想いを測る計測器のようなもの。半端な想いで来られたら、千年の愛も覚めてしまうってものだ。だから、せめてエルピスを打破できる事を証明してから、クロメルの下へと向かうといい。何、時間はいくら掛かろうとも構わないさ。その間にも、ジルドラの作品達を世界中に投下させてはもらうがね」

「そいつはありがたい申し出だ。けど、そう悠長にも構えてはいられないさ。そうしている間にクロメルが転生神を引き継いだら、それこそ目も当てられないだろ?」


 さっきからリオルドはクロメルの力が完璧であるように話しているが、実際にはまだ世界を統べる転生神とはなっていない。エレアリスの肉体とメルフィーナの力を奪って、限りなくそれに近しい存在になっているだけだ。真に神となる為には、クロメルが白翼の地イスラヘブンと到達する必要がある訳だが―――


「実を言うとね、我々は既に白翼の地イスラヘブンの場所を探し出している。あの浮遊大陸には強力な神の結界が施されているんだが、それも神と同等の力を持つクロメルがいれば打ち破る事は容易い」


 ―――本当に待っていたんかい。


「じゃあ、何だ。クロメルはとっくに準備が整っていたってのに、俺の為にそんな悠長に待っているのか?」

「別にそこまで不思議な事ではないだろう。彼女の目的はあくまでも君なのだから。さ、私からは以上だ。愛情表現が下手な彼女の代わりに、どうしてもこの事を伝えておきたくてね」


 いつまでも待っている。人間から魔人に進化して、老いる事がなくなった俺にそんな事を言うとはな。ああ、クロメルは待つだろう。何せ、こんな気の長い計画を本気でやり遂げようとする女だ。今更何年何十年経とうと、大した差はないんだろう。


 そして、クロメルは俺が奴の飛空艇に向かう事を確信している。クロメルはこの世界で間違いなく最強最悪の力を手に入れている。極端な話を言えば、俺が求める先の到達点が自分なのだから、理性的な戦闘狂である俺は自ずと自分を求めるだろうと、そう考えているのだ。


「有益な情報をありがとうよ。精々、今後の方針に活かさせてもらうとするよ」

「ああ、是非ともそうしてくれたまえ。それと、選定者からも君に伝えたい事があるそうだよ?」


 リオルドはそう言って舞桜と交代するように下がり、そのまま片眼鏡を拭き始めた。俺が皮肉をいくら言ったところで、微塵も気にしていない様子だ。


「今度は舞桜からか」

「ええ、俺からです。解析者とは別件で、主にリゼアに関する事をお話しします。ここに来る途中、エドワードと会いましたね? 彼、リゼアについては全然話そうとしなかったでしょう?」


 今の舞桜はリゼアの王になってから、かなりの年月を生きているんだったか。メルの話に出て来た舞桜とはまた別物、そう考えた方が良いかな。


「ああ、義理堅い男だ。舞桜が信頼されているのが、直接会って痛いほど分かったよ」

「ええ、彼はデラミスの聖女と肩を並べられるほど、根が真っ直ぐなんです。その上で平和について真剣に考え、実行する能力がありました。俺達がリゼアを壊滅させなければ、戦乱の最中にある西大陸が落ち着くのも大分早まっていたかもしれません」


 コレットと比較されると、ちょっとエドワードの純粋さが穢れるというか、逆に失礼に当たるというか…… いや、コレットも信念は絶対に曲げないけどさ。


「お前も信頼しているみたいだな。それで、舞桜はそんなエドワードが望む平和を何で邪魔したんだ? 長い時を治めていたリゼアの全てを裏切って、首都の壊滅までしてさ」

「………」


 舞桜の表情が僅かに強張った。おっと?


『心臓の鼓動が少しだけ速くなった。良心が痛んでるって事かな? 後悔が全くないって訳ではなさそうだね』


 表情どころか、アンジェさんはそんなところまで聞こえているようだ。


「痛いところを突かれてしまいましたね。でも、クロメルがエルピスを動かした時点で、俺がリゼアを抜ける事は確定事項だったんです。だから、リゼアの首都に残された創造者の研究施設は跡形もなく破壊する必要があった」

「創造者の?」


 創造者。ジルドラのって事か。ジルドラはジェラールが仕えていた国を滅ぼした時、エルフの姿でリゼアの所属だった筈だ。その頃からリゼアには奴の研究施設があって、ゴーレムやらあの飛空艇やら、クロメルが求めるものの研究をしていたのか……


「作ってしまった俺達が言うのも何ですが、創造者の施設にある技術、機材は人間の手に余るものばかりでした。その施設の存在を知る者は王であった俺とそこの職員、後はエドワードを含めた数人のみ。今となっては数年前に閉鎖しましたし、主である創造者もいません。ですが、施設は厳重に管理されてはいるものの、些か巨大過ぎた。彼の研究所は城内どころか、首都の広範囲にまで伸びていましたから。漏洩を防止する為にも、俺は首都ごと施設を破壊したんです」


 なるほどな、だから住民達に避難命令を出したのか。目的は虐殺ではなく、施設の後始末だったと。あの飛空艇や巨大ゴーレムを見れば、ジルドラの技術が如何にオーバーテクノロジーだったのかが理解できる。


「エドワードもジルドラの施設について、何をするものなのか知っていたのか?」

「彼は俺の言葉を最後まで信じて、あの施設が国民の為になるものだと思っていました。今となっては思うところもあるでしょうが、彼は俺達の計画とは無関係です」

「そうか……」

「ケルヴィン君、選定者の言葉はやけにあっさりと信じるんだね?」


 後ろで片眼鏡が何か言っているが、全く聞こえない。耳に入れてはならない。


「俺の話は以上になります。実を言うと、俺の場合は話をしに来たというより、ケルヴィンさんを一目見に来た意味合いが強いんですよ。ケルヴィンさんは変わりませんね。本当に良かった……」

「良かったのか? 自分じゃ全然分からないんだけどな」

「良かったんです。少なくとも、俺にとっては」


 舞桜は含みのある笑みを浮かべた後に、持っていた兜を被り直した。


「さて、そろそろ時間だね。私達はこれで失礼するよ。私がこの場から去れば、そこの竜王も直に動き出すだろう。後は好きにすると良い。ケルヴィン君、その時が来れば、いずれまた」


 リオルドは懐から聖鍵せいけんを取り出し、ワープするようにそこから消えてしまった。


『うわ、もしかして聖鍵せいけんの転移先が変わってる!?』

奈落の地アビスランドではなく、別の場所に転移したという事ですか?』

『転移先はあの飛空艇だろうな』


 気が付けば、舞桜も同様に聖鍵せいけんを取り出していた。


「では、僕もこの辺で失礼―――」

「―――待て。舞桜にこれだけは聞いておきたい。お前は何で使徒になった? 仮にも世界を救った勇者なんだろ? セルジュとは違って、ここに大切な人がいる訳でもない。クロメルに転生されたとしても、加担する理由がない筈だ」

「………」


 舞桜は掲げて使おうとしていた聖鍵せいけんを下げ、少し考えるような仕草をした。谷の暴風が聞こえるほどに、僅かな間静寂に包まれる。


「……魔王だったケルヴィンさんが討たれたとセシリアから聞いた後に、俺はその時に懇意にしていた使用人と共に元の世界へと帰りました。ほんの少しだけ時は経っていましたが、俺の家と家族は何1つ変わっていませんでした。浦島太郎みたいな展開にならなくてホッとして、でも唐突に異国の女性を連れてきた俺に家族は驚いて……」

「ギ、ギギッ……!」


 舞桜の背後で風竜王の声がした。拘束が解かれ始めているんだろう。


「それでも、俺達は確かに幸せを築く事ができました。女神様からの恩恵だったのかは分かりませんが、病弱だったこの体はそれ以降病にもかからず、健康そのもの。妻は子を3人も産んで、それから孫もできて…… 家族に見守れながら、俺は老衰という形で人生の幕を下ろしました。本当に幸せで、文句の付けようのないものでした。ただ―――」


 兜の漆黒の奥にある舞桜の視線が、不意に俺とぶつかった気がした。


「―――ただ、ただ1つだけ悔いが残っていました。この世界で貴方をメルフィーナさんに殺させてしまった事です。本来であればそれは、俺が負うべき罪だった。だから俺はメルフィーナさんを、いえ、クロメルに協力するんです。再び貴方をクロメルに殺させるなんて、歪な関係です。それでも、それが彼女の望みなのならば、俺は喜んで彼女の力になります」

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