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第488話 黒女神の思惑

 ―――狂飆きょうひょうの谷


 兜を脱いだサキエルは、いや、もう舞桜であると断定していいだろう。舞桜はそんな空気じゃないっていうのに、吹っ切れたような爽やかな笑顔を作っていた。


「ケルヴィンさんはどこまで知っているんですか? 何て、無粋な事は聞かないでおきましょう。貴方は俺を知っている。それだけで十分です」


 ……やっぱ駄目だな。十字大橋クルスブリッジの時と同じで舞桜の顔を見ても、日本人っぽいってくらいにしか認識できない。完全に初対面な感覚だ。だから、かつて旅をしていた仲間が裏切ったという感覚がなく、ショックも薄い。それでも、こいつが舞桜である事と確信してしまうのは、この身に魔力体となったメルフィーナを宿しているせいか。


「そうだね。心底驚いたけれど、私達が成すべき事に変わりはない。何よりも得難いのは、私達がこうしてケルヴィン君達と話し合いの場を設ける事ができた事実だ。いやはや、それだけが心配だったんだよ、私はね。風竜王の加護は君にとって必要不可欠なもの。だから絶対に来ると思って、ここで待たせてもらった。ああ、後ろにいるこの場の主には、少しばかり静かにしてもらっている。彼はケルヴィン君の敵ではないから、その辺も安心してくれたまえ」

「何度も言いますが、俺達にこの場・・・での交戦の意思はありません。信じろというのは無理な話だと、重々承知しています。それでも、どうかお願いします」


 リオルドは兎も角、舞桜の言葉に嘘はないと思う。しかし、話し合いの場を設けるだと? 詰まり、クロメルの使徒である2人はわざわざここに、俺達と会話する為にやって来たという事なのか? ただ1つ言えるのは、風竜王が完全に被害者側で不憫って事だろうか。


「ああ、色々と思うところはあるだろうが、まずはそのまま聞いてほしい。エフィル君も、どうかその矢をつがえたままで結構だよ。そうでもしなければ、フェアじゃないだろう?」

「………っ」

「先ほどの問答から察するに、ケルヴィン君は無抵抗の人間を攻撃する趣味はないようだしね」

「元ギルド長だけは例外って事で、攻撃するのも吝かではないぞ?」

「ハッハッハ、差別は良くないなぁ。君らがここに来やすいよう十字大橋クルスブリッジの関所封鎖を解除したりして、私なりに尽力しているのだよ?」

「砦の扉か。リゼアの兵が食い違った事を喋ってたと思えば……」


 危うく敵と間違えられそうになったってのに、この恩の着せるような表情が実に気に食わない。ただ、それもリオルドの計算の内なんだろう。ここで取り乱せばあの狸の思う壺だ。冷静に、冷静に。


 俺達は既に風竜王の間の内部にいるが、リオルド達との距離はまだある。エフィルは2人に向けて矢を構えているのだが、それさえも構わないとリオルドは言った。舞桜を兜を両手で持ったまま不動、リオルドは剣を腰の鞘に収め、何もしないとまた両手を上げている。


『エフィル、そのままの体勢で警戒し続けてくれ。不審な動きをしたら、そうだな…… 特にリオルドに向けて矢を射っても構わない。アンジェは周囲にも気を配ってくれ。罠か何かを仕掛けられている可能性もある』

『承知しました』

『了解だよ』


 今の段階で用心できるのはこれくらいか。さて、問題は話し合いの内容だが……


「それじゃ、まずは私から。さて、何から話していくべきかな? ケルヴィン君は既に色々と知っているようだし、手間は省けるのだけれどね。その境界線を引くのが難しい。そうだな…… 選定者の事を知っていた。イコール、何らかの手段でメルフィーナと連絡を取り合い、我々の情報を入手した。というていでいこうか」

「………」


 ったく、本当にやりにくいな。このおっさんは。 


「どこまで君が教えられたのかは定かではないが、我らの主、クロメルの目的は君と戦い、楽しませる事にある。最高の舞台を構築し、最高の相手を揃え、最高の気分で死んでもらうって寸法だ。だから、ここではまだ戦わない。君の準備が完璧には整っていないからね。実に単純、とはいかないが、その趣旨は君も望むところだろう?」

「最後の死ぬってところ以外はな」

「ハッハッハ、まあそうだろうね。だけどね、クロメルの狙いは決してそこで終わるようなものではない。極限まで強くなる道は、その度に孤独の道へとも繋がる。今はこの竜王や我々使徒のように敵となる者がいるから、その意識も薄いだろう。だが、その先は? 我々を打破した先には何がある? 自らと同等の力を持つ、その仲間達と殺し合うのかね? それは酷く悲しい事だ。頂点とは空しいものだ。クロメルもそんな事を望んでいない。君を君のままで、何の憂いもなく戦ってもらいたい。戦い続けてほしいと思っているのだからね」

「……で、クロメルは俺を殺して、どうしようってんだ?」


 一応聞く振りはしておくが、これについてはもうメルから夢の中で聞いている。リオルドが話した内容も、殆ど同じ内容だった。クロメルが創造した新たなる世界への転生、記憶をリセットしての新たなる人生。輪廻という名のクロメルの手の上で、俺は戦いに満ちた最高の人生を歩み続ける。


 仮にそうなれば、この世界に来た時のように戦いを繰り返していく事だろう。クロメルの提案は俺にとって魅力的で、そして恐ろしい。まるでゲーム盤で遊ぶが如くの発想だからだ。俺がこれまで築いてきた絆、歩んできた足跡は掛け替えのない財産となっている。死んだらそれらを失ってしまうのは同じ事だが、俺は決して許容しない。


「―――と、クロメルの目的はこんなところだよ。ケルヴィン君、君は本当に彼女に想われていると、私が保証しよう。想い人に嫌われる事を厭わず自ら悪役となるなんて、そうそうできる事ではないからね」

「……元から嫌ってなんていないさ。ただ、間違った行為は正してやらなきゃならない」

「そうかい。その台詞は本人の前で言う事だ。しかし、ふふっ……! 君はつくづく女難の相があるんだね。もう分かっているだろうが、クロメルはメルフィーナの側面だ。私個人としては、君達の仲が上手くいくよう願っている」

「感謝して話半分で受け止めるよ。話が変わるが、リオルドが使徒の根城に残したあの日誌、あれは何のつもりだ?」


 セラとアンジェがリオルドの部屋から発見した謎の日誌。中身の殆どは何の代わり映えもしない、ギルドの業務連絡を記したページばかりだった。だが、日誌の中には綺麗に折り畳まれた紙が1枚だけ挟まれていた。クロメルが乗るあの飛空艇、その資料である。


「ああ、それについても勿論話すつもりだった。ケルヴィン君から言ってくれて助かったよ。何しろ、歳のせいか最近忘れっぽいからね」

「とぼけるなよ。戦艦エルピスアルブム、だったか? あのデカブツに設置された武装やその最大威力、最高高度、果ては内部の区画構造まで詳細に記されていた。お前が間違えて日誌に挟んで、そのまま放置したなんて事はないだろ。どういうつもりだ?」

「どういうつもりと言われてもね。正真正銘、私の厚意だよ?」

「………」


 期待はしてなかった。うん、最初からリオルドが正直に言うなんて期待していなかった。


「そんな怖い顔をしないでおくれよ。分かった分かった。ちゃんと話そう。実は、これもクロメルからの指示でね。ケルヴィン君達をテストしているんだよ。創造者の遺産、最高傑作の1つであるエルピスを、ケルヴィン君達が如何にして攻略するのかをね」

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