第484話 今一度、西へ
―――リゼア帝国・首都跡地
セラがダハクと共に闇竜王の下へと向かい、ジェラールと合流したリオンは雷竜王の下を訪れている頃だろう。俺は俺で狂飆の谷にいるとされる風竜王を目指し、西大陸に辿り着いたところだ。
思うところがあって、大陸間の移動にはデラミスからリゼアに架かる十字大橋を利用させてもらった。デラミスを経由する際、コレットがとても仲間になりたそうにこちらを見ていたが、お前はお前で忙しい筈だろうと見なかった事にした。大丈夫、コレットは鋼の精神を持つ聖女様だ。それくらい非情になっても、何とか我慢してくれるだろう。
「随分と長い橋でしたね。 ……良い意味で」
「これでもリゼア側の関所がもぬけの殻だった分、手間は省けたんだけどね。でも、お姉さんは満足です」
今回俺と一緒に行動するのはエフィルとアンジェの親友コンビ。デラミス側の砦を越えた辺りで俺の両脇にて布陣をし始めた2人は、今もガッチリと左右の腕をホールド。セラやジェラールの目がないのを良い事に、ここぞとばかりに密着している。これまで手を繋ぐのも困難を伴ったアンジェは、あの出来事以降これまでの遅れを取り戻すかの如く、隙あらばこんな感じでくっつこうとするようになった。エフィルはエフィルで、アンジェがそうするのならばと真似をする。結果、橋を渡る間ずっとこの体勢で歩く事になってしまったのだ。
確かに良い思いをした。だが、俺だって橋を渡る最中に桃色な事ばかりを考えていた訳ではない。この十字大橋を渡ろうと思い立ったのは、前世の前世、要は魔王時代の俺の記憶を何か思い出さないか確かめる為だった。
夢の中でメルフィーナから聞いた大昔の話、そこで俺はメル、舞桜と共にこの橋を渡った。数百年レベルで時代を経てしまっているが、ここを訪れればもしや、と思ったんだ。話に聞いた通り十字大橋には両国の砦が橋の上にあり、区間毎にキャンプを行う事ができるスペースがあった。唯一状況が異なる点といえば、リゼアの砦は首都が壊滅したせいか、全てが無人の状態で解放されていた事くらいだろう。ただ、この場所を訪れても収穫はゼロに等しいものだった。メルフィーナの話以上に思い出せる情報は何もなかったし、注意深く観察しても見覚えを感じるものは皆無。途轍もなく長くて凄い橋、それが十字大橋に抱く俺の感想だ。
まあ、そうだよな。前世の記憶さえ何もない俺なんだ。前世の前世の記憶なんて、そんな突拍子もないものを思い出せる筈がない。
「ただ、ちょっと残念だったな……」
「ケルヴィン君、何が残念だったのかな? 確かに私のは、エフィルちゃんに比べれば残念かもだけどさぁ」
「……待て、アンジェ。誤解なんだ。決してその事を言ったんじゃない。だから首に当てたナイフをどけてくれ」
「その事って何の事かな? アンジェお姉さん、具体的には何も言ってないよ?」
そんなちょっとした事から始まる、今日の超実戦的な模擬戦。俺は弁解しながらアンジェのナイフから首を護り、アンジェは執拗に俺の首を攻める。ああ、言っておくが別に喧嘩してる訳じゃないぞ? どっちかと言えば、腕を組むよりよっぽどいちゃついてる行為に近いかもしれない。俺はアンジェと戦えて満足、アンジェは俺の首を堪能して満足とウィンウィンな営みなのだ。その間できるメイドなエフィルは、何も言わずとも周囲警戒に務めてくれている。
「「ふう……」」
「満足されましたか?」
「「うん」」
栄養補給完了、これより西大陸へ降り立つ。
「これは酷いな」
「何も残っていませんね……」
十字大橋の先には直ぐに首都があった。いや、首都であった場所か。リゼア帝国の象徴である難攻不落の城、栄華を極めた街並みが、つい先日まで俺の眼前に広がっていた筈なのだ。しかし、今ここから見えるのは無数の瓦礫に焼け焦げた大地のみで、とてもこの場所に西大陸最大の国があったとは思えない。
「帝王サキエルはリゼアを裏切る数日前に、大々的な避難命令を首都中に公布したみたい。唐突な事で国中が混乱したらしいけど、そのお蔭で犠牲者は最小限に食い止められたんだって。その分、建造物や抵抗者は徹底的にやられたんだけどね……」
「避難命令、か…… 詰まり、クロメルや残りの使徒達の目的は虐殺とは別にある訳だ」
「単に西大陸の戦力を低下させるのが目的、ではないという事ですね」
ここまで破壊を徹底する理由か。リゼアに何かが隠されていて、それがクロメルにとって邪魔だったとか? 例えば、まだ発見していない神柱――― あー、それならトリスタンに使役させるか。リゼアの内情に詳しい奴に話を聞くのが得策なんだろうが、今は竜王が最優先だ。だって、風竜王が俺を待ってくれているんだもの。
「ご主人様、あそこに武装した集団がいます。何か作業をしているようです」
「こんなところにまだ人がいたのか…… エフィル、ちょっと『千里眼』借りるぞ」
アンジェはエフィルが指摘する前から気付いていたのか、もうそちらの方向を向いていた。悪食の篭手にエフィルのスキルをコピーして、どれどれと俺も拝見。
「んー?」
黒を基調とした鎧、兜を装備した兵士達が、瓦礫を漁っている? 人数にして数百人、結構な規模だ。部隊長らしき者はマントも羽織っており、それも黒、帯剣する剣の柄や鞘までも黒で統一。ちょっと親近感。
「あれ、リゼアの兵隊だね。リゼアの軍服って全体的に黒っぽいんだ」
「なるほど。だけど、1人だけ違う格好をした奴もいるな。ほら、ちょうど部隊の中央付近にいる」
黒の軍服に交じって、どう見ても軍人ではない輩が指揮を取っているようだった。男はきっちりと七三に分けた髪型で眼鏡、少々ふくよかかな? と、思ってしまう体型をしている。彼だけは白い制服らしき衣服、あの中だと逆に目立つなぁ。
「白の制服はリゼアの文官だね」
「ああ、色で部門別に分けているのか。分かりやすくて良いな」
だがそうなると、なぜ軍人の中に文官がいるのか、という疑問が新たに生まれてしまう。
「あっ」
「ん、どうした? エフィル?」
「申し訳ありません。あちらに気付かれたようです。数名、こちらに向かって来ます」
おっと。遮蔽物はないが距離は結構あったからと、堂々と構え過ぎてしまったか。向こうにも千里眼持ちか察知系スキルに特化した兵士がいたのかもしれない。
「どうする? 今なら私達の正体も分からないだろうし、余裕で逃げられるよ?」
「いや、これも何かの縁だ。何をしているのかも気になるし、ちょっとだけ話を伺おう。別に俺らが悪い事をしていた訳じゃないしな」
という事で、この場でリゼア兵が来るまで待つ、待つ――― とろいから、こっちから出向こう。タッタッタっと。
「そこのお前達っ! ここは立ち入り禁止区域だぞ! ここで一体何をしているっ!?」
出会い頭、先頭の兵士にそう叫ばれてしまった。いや、立ち入り禁止とか知らないよ。橋から普通に通れちゃったよ。
「あー、俺達は十字大橋を渡って西大陸に来たばかりなんだ。立ち入り禁止とか初耳で―――」
「なっ、デラミスから来ただとっ!?」
「封鎖した砦を抉じ開けて来たというのか! クソッ、こんな時期にっ……!」
兵士達の敵意が明確に増している。おかしいな、選択肢を間違えたか? この兵士達と戦うのは本意ではない。が、降りかかる火の粉は払わねば。ついでにリゼアの強さを測らねば。抵抗の意思はないと笑い掛けながらも、殴る準備だけはしておく。
「待って、待ってください! 双方、矛を収めるように!」
と、折角構えていたのだが、兵士達の背後から戦うなとの声が上がった。先ほどのふくよかな文官だ。見掛けに寄らず、軽快に走っている。
「よ、よろしいのですか、代行殿? この者達、見るからに怪しいですぞ?」
「良いんです。私が責任を持ちますから、どうか抑えてください。ああ、すみません。突然の事で驚かれたでしょう? 私の名はエドワードと申します。東大陸の冒険者、ケルヴィンさんですね?」
そろそろ6巻の特典が発表されるんじゃないかなと。
オーバーラップ様のホームページにて確認されたら、活動報告にも記載したいと思います。