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第474話 女豹

 ―――デラミス・とある酒場


「ここがそうなのか?」

「うん、ここで間違いないよ」


 アンジェに連れて来られた先は、ごく普通の酒場だった。デラミスがリンネ教団のお膝元って事でよく勘違いされるんだが、この街にもこういった娯楽施設はあるもんだ。国から定められた街の区画内にきちっと仕切られていれば、特に問題はないらしい。教会とかはここから遠いしな。


 しかし、うん。やはり普通の酒場だな、見た目・・・は。その一方でおかしな事に、酒場特有の騒がしさが全くしない。冒険者が集う夜ほどでなくとも、今の時間だってそこそこ賑わっていても良い頃合いだ。はて、今日は休みだったかな? そんな勘違いをしてしまいそうになるほど、シンと静まり返っている。


「アンジェ、静か過ぎないか?」

「うーん、確かに…… でも、この中にバッケさんがいるのは確かだよ。気配するし」

「兎も角、入ってみるか」


 酒場のスイングドアを開き、異様な雰囲気を醸し出している中へと進む。入ってみれば人は結構いるもんで、そこそこの人数が床やテーブルの上に倒れていた。


「うわ……」


 どいつもこいつも顔を真っ赤に染め上げて、片手に酒が入っていたと思われる樽ジョッキを握っている。ああ、これに似た症状は嫌と言うほど見てきたから、俺には分かる。こいつら、酒の飲み過ぎでのびてやがる。酒場が静かなのは無人であったからではなく、皆が倒れていたのが原因だったのだ。


 しかし、全員が全員倒れている訳ではない。奥にあるカウンター、凄まじい汗を額に滲ませる店主らしき男がそこ立ち、その向かいの席には琥珀色の長い髪をした奴が座っている。アンジェにアイコンタクトで確認してみると頷かれた。どうやら、あいつがバッケらしい。


「ふー、ここの男共も軟弱だねぇ。まあ、うちの国に比べればまだマシだが、やっぱり軟弱だ。あれくらいの酒でぶっ倒れちまうなんてさ。まだうちの女の方が見込みがあるってもんさね。なあマスター、そう思わないかい?」

「い、いえ、お客さんも流石に飲み過ぎではないですかい?」

「なーに言ってんだい! まだまだ食前酒程度の酒しか飲んでないよっ! っと、いけないねぇ。酒があるとどうも周りが見えなくなっちまう。どうやら奴さんが来たようだ」


 そう言いながら、女性だったらしい彼女がこちらに振り返る。長い髪をなびかせ、椅子に座ったまま一気に反転したバッケと視線がぶつかる。40代といったところだろうか? それなりに歳を重ねているようだが、180センチはありそうなその長身は引き締まっており、鍛えている事が見て取れた。そういった地方の出身なのか、肌は小麦色で焼けている。それと、顔色には全く出ていないが、大分酒臭い。案内人がアンジェで良かった。セラだったら死亡フラグだった。


「アンタがアタシに用があるって奴かい? あー、えー…… やば、そういや名前聞いてなかったわ」

「アンジェ、俺の事を教えてないのか?」

「あはは、話を持ち出した瞬間にバッケさんが乗り気になっちゃって。行こう行こうと直ぐにせがまれて、つい教えるのを忘れてたよ」


 え、名も知らない者に会いに来たの、この人? 豪胆な人だとは思っていたが、それにしたって根性座り過ぎじゃない?


「いやー、その娘が面白い力を持ってて、アタシとした事が驚いちまったよ。アタシの体を持ち上げて、ギュンギュン進んで行っちまうんだ。ははっ、旦那だってアタシを持ち上げられないってのに、その華奢な体でよくやるよ!」


 余程可笑しく思っているのか、バッケは背にしたカウンターをバンバンと叩いて感情を表している。あ、カウンターが凹んで店主が涙目だ…… 呼び出したのは一応俺である事だし、後で修理費出しておこう。


「唐突な呼びかけに応えてくれて感謝する。俺の名前はケルヴィン・セルシウス。冒険者を―――」

「―――ケルヴィン? ケルヴィンって、あのケルヴィンかい? 『死神』の。うちの旦那が迷惑をかけた?」


 ん、旦那? 誰の事だろう?


「旦那さんに迷惑を掛けられたかどうかは知らないが、そのケルヴィンで合ってるよ」


 俺が肯定すると、バッケはぱあっと見るからに明るい顔になって、更にカウンターをバゴンと叩いて立ち上がった。喜ぶのは止めないが、カウンターは許してやってくれ。店主がマジ泣きしてるから。


「おおっ、こんな事もあるもんなんだねぇ! 分からないかい? アタシの名はバッケ・ファーニスっていうんだけどね」

「ファーニス? ファーニスっていうと、あの火の国の?」


 バッケは大袈裟に頷いてみせた。ファーニスといえば、奈落の地アビスランドへ向かう前に立ち寄った西大陸の国だ。ファミリーネームにその名を冠しているって事は、バッケは王族という事である。更に深読みしていこう。彼の国の王族で俺と関わったのは、確か国王だけだった筈。詰まり彼女が示す旦那とはファーニス王、って事で良いのか?


「その顔は思い至ったって顔だねぇ。そう、アタシは火の国ファーニスの王妃さね。アンタが土産で置いてってくれたイカ、やばいくらい美味かったよ! 握手しよう、感謝の握手!」

「あ、ああ、喜んでもらえて何よりだ」


 ぶんぶんと腕を振られ、万力のような力で手を握られる。ぐおおっ、手がぁ……!


「って、失礼しました。王妃様と知らず、とんだ失礼な言葉を」

「いいっていいって。堅苦しいのは苦手でね、さっきの調子で喋ってくれるとアタシも助かるよ」

「……そうか?」

「それとね、ケルヴィンとは同業でもあるんだ。S級冒険者『女豹』のバッケって名で昔はバリバリ鳴らしたもんなんだけど、知らないかい?」


 もしやと思ったが、バッケもS級冒険者だったか。パワーからしてとても王妃のものじゃないし、獣王タイプの戦士なんだろうか?


「悪い、西大陸のS級冒険者はプリティアくらいしか知らなくてさ」

「ゴルディアーナか。あいつは恰好が奇抜で、必要とあらば全国を駆け巡っているからねぇ」

「そういえばバッケ、さっき旦那が迷惑を掛けたとか言ってたけど、それってファーニス王の事だろう? 俺は何もされた覚えがないぞ?」

「あー、ちょっとした悪戯程度のものなんだけどさ。うちの旦那って趣味で変なまじないに嵌ってて、それをケルヴィンに使ったみたいなんだ。馬鹿な話なんだけどさ、うちの娘を誑かしたと勘違いしちまったようでね」

「はぁ、誑かすも何もお姫様には会ってないぞ、俺」


 とんだ人違いである。


「ま、旦那はこってりとアタシが搾っておいたから、許してやってくれ。アンタの方は大丈夫だったかい? 国を出てから、調子が悪くなったりしなかったか?」

「ああ、それなら大丈夫だ。その程度の呪いなら問題ないよ」


 女神の指輪を装備していた状態だったし、本当に呪いの効果があったんだとしても無効化されただろう。全くの無害、全く問題ない。


 それよりも俺としては、S級冒険者にこんなにも普通な奴がいた方が驚きだった。強面美人な姉御肌であるが、これまで会って来たS級と比べれば至って普通の範疇だ。ザ・女戦士な冒険者って感じで。


「いやはや、懐が大きくて助かるよ。しっかし、噂には聞いていたが、良い男だねぇ。ちょっと味見をしたくなっちまう」


 バッケが表情を変えないまま、舌なめずりをした。 ……あれ、ちょっと背筋が冷たくなってきたぞ?

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