第469話 剣の集い
―――トラージ城
ボガとエマの様子を一通り確認し終えた俺は、シルヴィアと共にトラージ城へと戻る。シルヴィアへのお願いは、どうも直ぐにはできる感じではなかったので、先に屋敷に連れて行く事にした。その前に、ツバキ様に挨拶しようと彼女の部屋を訪ねる。俺が城を出た時と同じ状況ならば、エフィルが相手をしている筈だ。
「ううむ、これなんてどうじゃろうか? 甘過ぎず、口当たりも円やかで高齢な者も食べやすい。一口で食せるから、とてもお手軽じゃ」
「ですが、原材料に少々希少なものが入っておりまして。コストパフォーマンスを考えますと、安価で代替えできる材料を探す手間をかけるのも必要かと」
「逆に、高級菓子として販売するのも手であると思う。この品質を落とすのは非常に惜しい」
……何か、商売の話を始めてる。夢中になってこちらに気付いていないので、扉をノックして音を立てる。
「ただいま戻りました。取り込み中でしたか?」
「おお、ケルヴィン! 何、ちょうど区切りがついたところじゃ。エフィルの作る菓子があまりに美味なのでな。その中で我が国の職人達が再現可能なものを選別して、何とか流通できないものかと模索しておったのじゃよ。もちろん、お主の許可が下りればの話なのじゃが」
「申し訳ありません。元々トラージの菓子であったものをアレンジしたものでしたので、つい話し込んでしまいまして……」
「ああ、なるほど」
接待というこの状況、そしてエフィルの創作意欲を刺激した訳か。ツバキ様、やりおる。
「餡子、餡子菓子……」
シルヴィア、よだれ、よだれ! ぬう、この子はエマがいないと意外と駄目だったりするのか?
「コホン、別に構いませんよ。ただ、お金のやり取りについてはうちのシュトラを通してください。俺は専門外なんで」
「トライセンの人形姫か。まあ、妥当な判断じゃろうな。妾としても、お主とは真っ当に取引きしたい。しかし、うちの、とはすっかり馴染んだのだな。ええ?」
ツバキ様が良いおもちゃを見つけたような、悪戯っぽい顔で笑う。そんな顔をされても、変な事実は何も出て来ないぞと。
「何だかんだで結構な期間を過ごしてましからね。俺としても、リオンに次いだ妹みたいな存在になってますよ」
だからこそ、大人になった時の姿だと戸惑いもあるのだが。その姿でお兄ちゃんなんて呼び間違えられた時は、お互いに何とも気まずい雰囲気になったものだ。いや、立場は変わっていないから、呼び間違いとも言えないんだけどさ。
「ああ、でもその代わり、約束はちゃんと守ってくださいね?」
「例の艦隊の件か。あの方舟にはトラージも被害を受けておるからの、助力は惜しまんよ」
「助かります。あの高さともなると、どうしても移動手段が限られますので」
「くはは、もっと頼るが良い。そして、この恩を生涯忘れぬ事じゃ。何なら、トラージに仕える事でチャラにしても―――」
「ところでツバキ様、よくそんな技術がトラージにありましたね? アレを見た時は、思わず見惚れてしまいましたよ」
「……お主、ここ最近勧誘への切り返しが鋭くなっておらんか?」
「気のせいです」
実際は鍛えに鍛えられ、条件反射レベルである。
「むう、まあ良い。先の魔王との戦いでは、殆ど披露する事ができなかったからのう。魔法だけでなく、カラクリにおいても超一流である事を示してやろうぞ」
「はは、期待していますよ。それじゃシルヴィア、ちょっと出掛けるとするか」
「ん、んもぉふも?」
こらこら、口に菓子を詰めながら喋るでない。
「何だ、もう行ってしまうのか? というか、シルヴィアもか?」
「ええ、時間は限られていますので。シルヴィアにも会わせたい人がいるんです」
「ん、そういう事で、少し出掛けて来る。転移門を借りたい」
「忙しないのう。エフィルよ、トライセンの姫と確認をした後に、また連絡するでの。その時に商品化に向けて、詳細を詰めようぞ」
「かしこまりました」
全く、こんな情勢だというのに王様とは逞しいものだ。きっとガウンの獣王同様、ツバキ様も算盤の腕が凄いに違いない。
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―――ケルヴィン邸・地下修練場
「あ、お帰りケルにい!」
転移門を潜って屋敷に戻り、地下の修練場に向かうと床に寝転がったリオンが元気に出迎えてくれた。うん、良い笑顔である。ただ、土埃を被ってなかなかにボロボロな状態だ。
「おっと、また美人さんが来たもんだ。ひゃっはー」
「セルジュ、本能を抑えてください…… それはそれとして、よく来ましたね。ルノア」
「お母さん、それに…… 白い人?」
リオンと共にこの修練場にはいたのは、先代勇者にして守護者のセルジュ・フロア。そして、アイリスの姿で転生させられた先代転生神、シルヴィアの義母であるシスター・エレン。もうシスターでもないし、アイリスやエレアリスでは紛らわしいので、今はエレンさんと呼んでいる。
「白い人とは酷い呼び方だなぁ。つい先日、私と突き合った仲じゃない!」
「……? 戦った仲の間違い?」
「そうとも言うかな!」
細かい事は気にするなとばかり、セルジュはクスクスと笑っている。セルジュがうちに居座るようになって、段々とこいつの性格が分かってきたんだが…… こいつ、見た目は美少女のくせに中身は親父趣味なのである。おまけに可愛い子が大好きなレズらしく、来て早々にここが天国かと絶叫していた。何この子、怖い。
「セルジュにはリオンの剣の鍛錬をしてもらっていたんだ。この世にセルジュ以上に剣を扱える奴はいない、って豪語するくらいだからな」
「うん、僕も今まで1対1で戦っていたけど、全然敵わなくて……」
「そんなに褒めても鍛えてあげる事しかできないよー。それに、剣に限らずどんな武器でも問題ないよ? 基本的なものは全部扱えるからさ。んー、君が女の子だったのなら、白魔法の指導を手取り足取りしてあげても良かったんだけどね。実に惜しいよ」
「はは、俺は心の底から安堵したよ、変態め」
これでいて、世界最強の実力は全く揺るがないから手に負えない。ただ、保護者(?)のエレンさんの言う事はちゃんと聞いてくれるので、今のところ大事には至っていない。彼女の固有スキル『絶対福音』によるラッキースケベも、女の子は対象外になるらしいからな。いやー、セルジュが女性で本当に助かった。
「ん、理解した。ここでリオンと一緒に、白い人を打ち負かせば良いんだね?」
「まあ、有り体に言えばそうだ。言動仕草はふざけた感じだけど、セルジュの指導は本物だからさ。それにシルヴィアの師であるエレンさんにも、今の実力を確認してもらった方が良いだろ?」
「俄然頑張る」
むふーと、無表情ながらにシルヴィアはやる気を出してくれたようだ。正直なところ、勇者の中でも特に見込みのある刹那もここに投入したかったんだが、生還者のおじさんが譲ってくれなかったからなぁ。余程弟子が、いや、後継者ができた事が嬉しかったらしい。2人は現在ガウンに滞在中である。
さて、俺も次の行先に行くとしますかね。ここにいると、セルジュの逆ラッキースケベに巻き込まれる恐れがある。
「じゃ、俺は次にデラミスに行ってくる。頑張れよ」
「うん! コレットによろしくね!」
「ん、シスター達にもよろしく」
「お土産よろしく!」
「どさくさに紛れて土産を要求するな、勇者よ。あー、そうそう。うちの爺馬鹿もこの剣の鍛錬に参加する予定なんだけどさ、今は用事があってトライセンに行ってる最中なんだ。帰って来たら、そっちの指導もお願いするよ」