第466話 絶望と希望
クロメルが目を覚ます。夢の中だからこそできるメルフィーナとの会話も、一端ここまでって事か。
「なら、この続きはまたクロメルが眠ったら―――」
「―――心苦しいのですが、こうやってあなた様とお話しするのは、そう何度もできる事ではないのです。私に気付かれぬようお話しできるタイミングが、一体いつになるのか…… 共有した記憶から得た残りの使徒の情報など、配下ネットワークにアップロードしておきました。直接説明するのが一番なのですが、時間がありませんのでそちらを参照してください」
「そうか……」
夢の中なら何度でも会えると思っていたんだが、そんなうまい話がポンと出てくる訳もない、か。
「そのような顔をなさらないでください。あなた様らしくないです。 ……いいですか? 私の目的はあなた様を楽しませる為の世界を創造し、地上に敵がいなくなったところで自身の手であなた様を屠る事です。そして再びあなた様を転生させ、新たな世界で同じ事を繰り返す。所謂あなた様の輪廻を完全に掌握し、神の世界であなた様にとっての最高の人生を謳歌させる事にあります」
「ははっ、至れり尽くせりだな。 ……それに、本当に馬鹿だ。どこまでも俺の事しか考えていない」
「ええ、本当に……」
夢が覚める前に、もう一度メルを抱き締める。
「だけどさ、メルをそうさせたのは俺のせいでもある。クロメルだってお前の側面なんだ。あいつを含めて愛してやるのが夫の器量ってもんだ。って事でさ、楽しませてくれる分楽しんで、その馬鹿な野望もぶっ壊してくるよ。妻の間違いを注意してやんのも、俺の務めだろ? どんなに強くて権限のある恐妻だったとしてもさ」
「……私、良妻ですから」
「ああ、分かってる分かってる」
自分に嫉妬してしまったのか、少しだけ頬を膨らませるメル。頭を俺の胸にトスンと軽く置いて、その可愛らしい表情を見せてくれない。もったいないなぁ。
「そういやさ、舞桜はあの後どうなったんだ?」
「エレアリスより魔王討伐が完了したとの神託を受けたセシリアが、舞桜を使用人と一緒に元の世界へと転送しました」
「そうか、元の世界に帰ったか…… って、ちゃっかり使用人の子も連れ帰ってんのか。あいつめぇ……」
俺自身は舞桜との面識はない。が、どこか舞桜の事を他人のように思えなかった。それはたぶん、舞桜の出自が関係しているんだろう。
「舞桜は最後まで、あなた様の事を心配していたようですよ。おかしいですよね、殺し合った仲だというのに」
「いいや、何も不思議じゃないさ。そいつはそういう奴だって、何となくだけどそう感じるんだ。あのさ、舞桜の事なんだが、佐伯って―――」
「―――あなた様、その質問はリオンに。一緒にいられる時間も残り僅かなんです。どうか、今はこのまま……」
「……そうだな」
好きな時に触れられない、語れないというのは、何ともむず痒いものだ。次にメルが目の前に現れてくれるのは、一体いつになるんだろうか?
「……時間か」
「そのようですね。あなた様、不甲斐ない私が言うのも何ですが、どうか私をお願いします」
この世界が歪み始める。どうやら本格的にクロメルが睡眠から覚めてしまうらしい。全く、メルフィーナと同じで、起床するだけで一喜一憂させてくれる困ったお姫様だ。
「戦慄ポエマー……」
「こ、心を読むなぁ!」
情緒的な挨拶もできないまま、俺はそんな叫びと共に夢から目を覚ましてしまった。
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「……帰られましたか」
夢の世界からケルヴィンの姿が消え去り、この場にはメルフィーナだけが残った。美しい庭園は端から崩れ落ち、噴水に満たされていた水が蒸発していく。夢から覚めるとは、要は夢の世界の崩壊でもある。実体を持たないメルフィーナの意識だけはこの場所に残り、その他の景色は闇に帰す。光も音もない世界にて、ただ独りだけそこにいるのだ。
メルフィーナは1つだけ、ケルヴィンに伝えていない事があった。それは、本当に彼女が危うい状態にあるという事だ。義体が奪われ、もう片方の人格であるクロメルが顕現した今、メルフィーナは酷く曖昧な存在になりつつあった。もしクロメルが白翼の地に至り、正式に転生神となりでもすれば、メルフィーナという存在は完全になくなってしまうかもしれない。
だが、敢えてその事は伝えなかった。伝えてしまえば、ケルヴィンが命を投げ捨ててでも戦おうとすると、分かっていたから。今必要なのは自分を気にして攻撃を仕掛ける事ではなく、相応の準備を整える事。クロメルに対抗し得る戦力を揃える事なのだ。
それと、これはメルフィーナの個人的な想いなのだが、ケルヴィンの邪魔をしたくないというのもあった。今のメルフィーナはクロメルと記憶を共有した事で、少なからず善悪その両方の影響を受けていた。ケルヴィンに幸せにしたい、楽しませたい、笑ってほしい。その想いは白も黒も同じであり、多くの犠牲を払って築き上げたこの状況に水を差したくなかったのだ。それはとても我が侭で、ケルヴィンに知られれば激怒されるものだろう。それでも、伝える事はできなかった。 ……心の底から、愛しているから。
「まるで、私がルミナリィの中にいた時と逆の立場ですね。ですが、貴女は耐え切ってみせた。この無の世界での孤独に。浄化されまいと、憎しみの心を燃やしながら…… だから、私も頑張ってみたいと思います。憎しみではなく、あなた様が迎えに来てくれるという希望を心に宿して―――」
その声が誰かに届く事はないだろう。メルフィーナは独り、闇の中へと沈んでいった。
この章を最終章としていましたが、
過去編が思っていた以上に長くなってしまいましたので、
ここまでを間章に改めたいと思います。
次回から時間軸を戻した最終章という事で……