第464話 我慢の限界
「ルミナリィって言うと、お前が普段使っていた槍だよな?」
「ええ。元々はエレアリスが持つ聖槍イクリプスと対を成す神器だったのですが、私が彼女の代行者になった際、転送されたのがあの槍だったのです」
メルフィーナの説明を聞くに、メルが代行者の役目を終えた後、本来のシステムだとルミナリィは神の世界へ再び転送されるものだったらしい。だが、その転送は起こらなかった。メルが堕天する事で神の力が及ぶ管轄外となり、転送ができなくなったと考えるのが妥当だろう。その時のメルも、少し時間を置いてこの考えに至ったという。
「あなた様の遺体を丁重に埋葬した後、私はエレアリスの目から逃れる為に世界中を渡り歩きました。幸いな事に、堕天してからも翼や輪は消す事ができましたから、身を潜めるだけなら、そう苦労する事はありませんでした」
「確かにレベル90のメルなら、普通の兵士や冒険者に見つかる筈もないが…… 神だった時のエレアリスから、よく見つからなかったな? ルミナリィが戻って来ないとなれば、それなりに必死になって探すもんじゃないのか?」
「転生神といっても、現世においては全能という訳でもないんです。義体を使用しないと現世に降りられないですし、魔王だって直接倒す事はできません。私を代行者として間接的に倒す方法だって、かなりの力を消耗する、所謂奥の手のようなもの。暫くは神託でデラミスの巫女に通じ、人手を使って探させる程度の事しかできなかった筈です」
「ああ、そういや神って難儀な存在だったもんな。メルの義体が優秀過ぎて、そんな感覚なかったよ」
「あの義体はエレアリスの体を素体としたものでしたからね。ええ、確かに優秀過ぎました……」
落ち込むな、落ち込むな。ギュッと抱き締める。
「それからどうしたんだ?」
「……まず考えたのが、復讐でした。エレアリスに対して、この世界に対して…… それから数十年はルミナリィを抱えながら逃げて逃げて、少しずつ、表舞台に出ないよう力を高めていきました。身のうちに黒い炎のみを灯して、あなた様の遺品だけを心の拠り所にして……」
「………」
「私も、魔王になってしまえば良いんだと思っていたんです。あなた様と同じ道を辿り、同じ魔王となってしまえば、こんな世界を蹂躙してエレアリスに報いる事ができるんじゃないかって…… 何よりも、あの婚約指輪がまた見られるかもって…… でも、ある時に気が付いたんです。復讐なんて単なる自己満足に過ぎない。こんな事をしても、あなた様が生き返る訳じゃない。こんな事をしても、あなた様が喜ぶ筈がない。と……」
「なるほどな、それで堕天した状態から元に戻ったと?」
数十年という長い時間は、憎しみのどん底にいたメルに冷静さを与えてくれたらしい。それで、世界の仕組みをより良くしようと、神を目指す形になったのか。
「あ、い、いえ…… 魔王になって壊すよりも、転生神になった方があなた様を生き返らせる事ができますし、あなた様が愛した強者との戦闘行為がもっと盛んに起こるような、そんな夢の世界が作れるんじゃないかと思い、あの、その…… 堕天からも戻ってませんでした……」
「………」
与えられた冷静さで、もっと凄い事を考え付いてしまったんだな、メルよ。いや、俺としては嬉しいんだけどさ。我が妻は想像以上にアクティブである。
「神になろうとした動機は分かった。ただ、神を目指したところで簡単になれるもんじゃないだろ? 俺も詳しくは全然知らないけど……」
「その通りです。転生神とはなりたいと思ってなるものではなく、神自身に問題が発生して、以降の継続が無理だろうと天使の長達が判断した際に、神がその座から退職するものですから」
「退職ってのも言葉がおかしい気がするが…… 天使が神の退職を決定するのか?」
「あなた様と旅をする発端も有給休暇ですし。ええと、今風に言うと株主総会の決議で取締役が解任されるような、そんな感じでしょうか?」
天使は神の支配下にあり、同時に神の監視役をも担ってるって事か。
「尤も、天使の長となった者達は酷く機械的で、感情は一切持ち出さないんですけどね」
「……実は、本当に機械とか?」
「見た目は私のように人間とそう変わりありません。ただ、長となる時に感情が剥奪されるんです。いつでも正しい判断ができるように、身内びいきをしないようにする為に」
「天使の社会って、悪魔以上に厳しくない?」
「それでも、天使にとっては名誉な事なんです。私はそうではありませんでしたけど、望む者は喜んでそうなっていました」
何というブラック企業と社畜根性。天使、俺の想像とかけ離れ過ぎだろ……!
「エレアリスに転生神を止めさせる為には、彼女に何かしらの問題を起こさせないといけない。そこで私は、彼女が新たにシステムとして世界に組み込んだ、神柱に目を向けたのです」
「神柱っていうと、セラが戦ったっていう神狼や、ガウンの神獣の?」
「はい。神柱は魔王を倒す為だけではなく、勇者の手が届かない場所の者達を、悪しきモンスターの手から護る為に設置されたものでもありました」
「悪しきモンスターの定義が曖昧だったけどな。セラが触れても作動してたし」
「えっと、それ、私のせいなんです……」
……はい?
「身を隠しつつ力を高める最中で、私はルミナリィの力の使い方を学びました。あなた様が知っての通り、この聖槍は悪しき心を断ち切って善とする力、そして悪しきものを直接的に聖滅する力があります。私が気付いてしまったのは、悪しき心を断ち切る力の応用。対象から邪悪を切り取る事ができるのなら、邪悪なそれらは何処に行ってしまうのか、分かりますか?」
「浄化したなら、消失してしまうんじゃないのか?」
「いいえ。邪悪な気は消失するのではなく、ルミナリィに封印されるのです。ルミナリィには『黒の書』のような浄化作用がありまして、時間をかけて少しずつ清めていくんです。少しずつ、少しずつ――― 私はルミナリィに内包されている、まだ浄化されていない邪気に着眼しました。 ……悪人から吸い取ったこのドス黒い気を、他の者に渡してしまう事はできないものかと」
以前にメルは、エレアリスが失脚した理由を神柱と関連付けて言っていた。もしや―――
「私が考えた通り、それは可能でした。いえ、私が堕天していたからこそ、それが可能だったのかもしれません。私はそれから時間を掛けて神柱の場所を探り、この力で神柱に邪気を注入していきました。それから暫くして、神柱が各地で暴走するという事件が勃発。私が望んだ通り、神柱は善悪問わずに全てのものを襲うようになったのです。今でこそ神としての力が薄れ、その大部分を失った神柱達ではありますが、当時は正に神の代行者レベルの力を備えていました。非常時として大勢の天使達が動き、事態は直ぐに終息しましたが、各地の被害は甚大なものとなりました。そして、天使の長達は決断したのです。神柱というシステムを作ってしまったエレアリスを、神の座から降ろすべきではないかと……!」
エレアリスが転生神の座から降りる事となった理由。それは彼女自身が作った神柱を、メルが悪用しての事だった。ああ、分かってる。ここでこんな話を持ち出している場合じゃないってのは、十分に分かっているんだ。メルが恥を忍んで話してくれているんだ。今の俺は魔王なんかじゃなくて、理性ある戦闘狂。それくらいの事は、難なく理解して―――
「―――昔の神柱って、そんなに強かったのか? どれくらい? 竜王以上?」
駄目でした。
12月2日、オーバーラップ様主催のニコ生にて、
黒の召喚士についての発表があるらしいです。
詳しくは活動報告にて。