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第462話 旅に出よう

 ―――私には、どうする事もできませんでした。2人を止める事もできず、戦闘の邪魔にならないようにこの場から逃げる事もできなかった。唯一できた事といえば、頭の中でだけ無意味に思考を巡らせるだけ。考えては否定され、何かを導こうとしても足を踏み出せない。今日ほど己の無力さを痛感した日はありませんでした。


「良いぞ良いぞ! 少しずつだがギアが上がってきたじゃないか! まだまだ行けるよな、なあ!?」

「俺の全てを、貴方にぶつけるっ!」


 もう2人が剣を交えるのは何度目になるのか、地上で、空で、城内で――― 場所を選ぶ事なく繰り広げられる勇者と魔王の戦いは、徐々に徐々にと苛烈さを増していました。


「はあああーーーー!」

「ハハッ、また速くなったな!」


 舞桜は実力以上の力を発揮させて、一歩も退かずにあなた様に食らい付きます。しかし、力の差は明らかでした。あなた様は舞桜の力を最大限まで引き出せるようにと、あらゆる手段を用い、そのピークの時を待っている。詰まりそれは、まだまだ余力がある事を示しているのです。


 元々実力が拮抗していた筈の2人に、なぜこれほどの差が生じてしまったのか? それは、あなた様に付与された魔王の証、天魔波旬が原因でしょう。魔王である者に例外なく与えられる、私達天使にとっての、幼き頃より教えられる負の象徴。この悪名高い固有スキルは単なる象徴ではなく、複数の効果を対象の発揮させます。


 1つが人格の改変。その者がどのような者であれ、思考思想を悪意に塗れさせるというもの。これにより、あなた様が好まれていた戦いは善悪区別なく是とするものとなり、それまであった理性のたがが外されてしまいました。


 2つ目がダメージの無効化。但し、これは異世界の勇者とそのパーティにのみ効果がなく、舞桜の攻撃による影響は受けてしまいます。今の状況には殆ど関係ないと言っても良いでしょう。


 ……そして、3つ目。ステータスの異常なまでの底上げです。具体的な数字までは知識になかった私ですが、先ほどあなた様のステータスを見せられた時に驚愕致しました。その数、全ステータスに1000のプラス補正。とてもではありませんが、それまで同等の実力だった舞桜に敵う相手ではありません。


 ……そう、敵わないのです。だからこそ、神に仕える天使である私は、舞桜に逃げるよう促す必要がありました。魔王に勝てる存在は勇者だけ、言うなれば世界の希望なのです。今は逃げてでも後に備え、倒せるレベルになるまで待つ。そう助言するのが天使の責務。責務、なのですが―――


「―――いずれ、強くなった舞桜があなた様を殺しに来る。そんな未来は、嫌……」


 私は何も選択する事ができないだけではなく、責務を果たす天使の矜持さえも放棄しました。世界の人々の未来を担う勇者よりも、愛する1人の魔王を選んでしまったのです。


「弓兵隊、魔導士隊、一斉掃射っ!」


 不意に聞こえる勇ましい男性の声。辺りを見回せば、中庭や城壁にリゼアの兵達が展開していて、攻撃魔法や弓矢を放とうとしています。動揺していたせいか、長らしき者の号令が出されるまで、私は気付けませんでした。


「……!? 駄目ですっ!」


 彼らが矛先を向けたのは勇者である舞桜と戦う相手、あなた様でした。この1週間をリゼアの街に滞在して、舞桜の顔はそれなりに勇者として知れ渡っていたのでしょう。そんな舞桜が命を賭して戦っている。ならば、その相手は魔王に纏わる者なのでは? これまで沈黙していたリゼアの手勢が、ここに来て舞桜を支援し始めたのには、そんな理由があるのかもしれません。歴史的にリゼアがデラミスと不仲である事を考慮すれば、この指揮官が下した助勢の指示は、英断だったと言っても差し支えないでしょう。


 魔法や矢は、あなた様と舞桜が離れる一瞬の隙を狙って、周辺から一斉に放たれました。舞桜に被害が及ばぬよう、あなた様のみを狙った高火力の攻撃は確かに一線級、流石は西大陸の雄とされるリゼアの兵達だと言えます。


 ―――但し、あなた様を攻撃の対象とするのならば、些か威力が軟弱、加えて魔王には普通の攻撃は通用しないのです。


「へえ、正義感からか愛国心からか、まあどちらにせよ攻撃をしたって事は、俺と戦ってくれるって事だな? 嬉しいなぁ。弱者とは言え、覚悟を決めた戦士だもんなぁ!」


 リゼアの強者達が打ち出した攻撃が、突如として巻き起こった暴風によって払われてしまいました。いえ、それはおかしい。あり得ません。あなた様は魔法が使えなかった筈なのに、あれは明らかに緑魔法によるもの。あの僅かな瞬間で、新たなにスキルを会得した? だとしても、触れた事もない強力な緑魔法を、ああも自在に操れる筈がありません。


「返すぞ」

「なっ……!」


 暴風は攻撃を打ち払っただけではありませんでした。向かって来た威力をそのままに、矛先だけを反転させてリゼアの者達に返上したのです。魔法による炎が矢に引火し、それらが多方向に散らばります。その他の属性魔法も結果は同様。自らが放った魔法で城は破壊され、そこらかしこで悲鳴が上がっています。この刹那の間にリゼアの者達は瓦解、周囲一帯は地獄絵図と化していました。


「な、なんて事を……」

「心外だな、舞桜。あいつらは俺に攻撃してきたんだぞ? 昔から言うじゃないか。人を殺して良い奴は、殺される覚悟がある奴だけだって。まあ、魔王になった俺を人間にカウントして良いものかは知らんが」


 炎が中庭の木々や城へと次々に燃え渡っていく中、地上へ降りた2人は互いを見据え、剣を構え――― ここが山場なんだと、自ずと私は感じていました。


「メルも舞桜も、そんなに驚くなよ。邪神の知識を応用すれば、こんな使い方も可能なんだ。スキルを会得して発現の権利さえ得てしまえば、後は過去の魔王達が使い方を記憶の根源から教えてくれる。始めのうちは戦いに何の関係もないと思っていたんだが、このスキルも案外使えるもんだろ?」

「……ケルヴィンさん。そんな事よりも、今の魔法で―――」

「―――ああ、人が死んだぞ? 沢山死んだ。早く俺を止めないと、立ち向かう奴らがもっと死ぬ事になる。舞桜、勇者の責務を全うしろ。持ってる力だけじゃない、眠ってる力まで全部、ここで吐き出せ。できなければ、今度は『エミリ』を殺してやる」

「………っ!」


 ……何という、何という事でしょうか。舞桜が纏う魔力が更に膨れ上がり、上昇していくのが肌から伝わったきます。今の舞桜は、私の力を完全に上回っている。次の一振りに、己の全てを燃やすつもり……? これでは、次の衝突でどちらかが―――


 ―――ズッ。


 私が思考を巡らせるよりも速くに、決着はついていました。あなた様の剣が、舞桜の心を貫いていたのです。偶然か、それとも狙っての事なのか。舞桜の首に下げられていた天麟結晶もまた、剣に貫通して砕け散っていました。


「が、あ…… ぐ……」

「……ありがとな、舞桜。今のは最高の一撃だった。だが、あと一歩届かなかったな」


 あなた様の左腕に舞桜の聖剣が入り、腕の半分ほどを通過したところで停止。出血が酷く、直ぐにでも処置しなければならない重傷ですが、致命傷には至っていませんでした。その光景を目にした私の心にあったのは、紛れもない安堵。リゼアの惨状を、舞桜の死ぬ間際を見ても、安堵してしまう。やはり、私が選ぶべき道は……


「デラミスに帰ったら、セシリアに伝えろ。あらゆる手段を講じて、俺を倒しに来いってな」

「っ……」


 静かに息を引き取ろうとしていた舞桜の体が、不意に白く輝き出しました。あまりの眩さに手で輝きを遮ぎると、もう次の瞬間には光が消え去り、またそこにある筈の舞桜の死体もない。あったのは、砕けた天麟結晶の残骸だけです。


「これは、どういう……」

「舞桜の固有スキルが発動したんだ。『新たなる旅立ち』って言ってな、HPが0になると設定した場所に死に戻るんだと。何とも便利な能力だよ」

「死に戻る……? つ、詰まり、舞桜は死んでいないと?」

「その通り。やったな、メルフィーナ。もっと強くなった舞桜と、また戦う事ができるぞ。しかも、今度はデラミスが全面支援する形でだ!」

「……え、ええ? も、もしや、舞桜にそんな力があるとご存知だったのですか!?」

「舞桜は案外慎重だからな。固有スキルの詳細までは語らなかったが、これがご存知だったんだよ。俺がってか、変な死に方をした過去の魔王の記憶か。いやー、あいつマジで伸びしろあるわ。参った参った」

「は、はぁ~……」

「お、おい、どうした?」


 体中の緊張が一気に解けて、その場でへたり込んでしまいました。あなた様は、舞桜を殺していなかった。リゼアの人々を殺めてしまったのは確かですが、それは正当防衛。あくまで攻撃されたから、反撃したまでの事。あなた様が魔王になったのは確かなのでしょう。ですが、大切な部分は変わっていません。ええ、何も変わっていないのです。


 思えば、これまでの行動は悪意に抗おうとしているようにも感じられました。これがまだ完全に魔王として染まっていない事を表すとすれば…… ならば、まだ治療の余地はある。方法なんてものは見当もつきませんが、前例がないだけで希望はあるのです。


「あなた様、私と戦いたいと思いますか?」

「思うな。思うけど…… それよりも、一緒にいたい。急にどうした?」

「いえ、聞いてみたかっただけです♪」

「……? 変な奴だなぁ。さ、脱出するぞ。もうこの国に用はないし、さっさと次の獲物を見つけに行こう。また旅に出よう。お前だけは俺に付いて来てくれるだろ、メルフィーナ」


 照れ隠しなのか、ふいっと背を向けるあなた様。ふふっ、確信しました。あと、私が歩む道も確定です。私はあなた様の妻として、最後まで諦めません。喩え完全に魔王として堕ちてしまったとしても、共に地獄へ行きましょう。決して1人にはさせません。決して―――


=====================================

勇者の死亡を確認。システム13-代行者権限を発動します。

最寄りの天使を選定中――― 確認。

天使個体名『メルフィーナ』を代行者へと承認。

命令系統を限定的に移行。

神器・聖槍ルミナリィの転送を開始――― 完了。

魔王の聖滅を開始してください。

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 ―――え?

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