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第461話 邪神の知識

 右手に長剣を携えたケルヴィンが、口端を吊り上げながら舞桜に迫る。聖剣にて斬撃を受ける舞桜、剣を交え、しかしそれでも勢いは止まらない。宰相の部屋の壁を崩し突き抜け、2人は鍔迫り合いのまま通路へと飛び出した。


「くうっ! ケルヴィンさん、目を覚ましてください! 俺は、貴方と戦いたくないっ!」

「おいおいおいおい! 今更そんな甘言を吐くなよ、胸焼けしちゃうだろう? 短い付き合いだが、俺は知っているぞ? 舞桜はやればできる子だ。決して頭がお花畑なんかじゃない、現実を見据えられる良い勇者だ。実力も兼ね備えた魔王の好敵手! そう、好敵手なんだ! だかられっ!」

「こ、のっ……!」

「っ!」


 更に奥の通路の壁まで行き着いた時、舞桜は壁を背にしてケルヴィンの腹に鋭い蹴りを放った。反動でその壁も破壊してしまったが、一先ずはケルヴィンと距離を取る事に成功する。


「はぁ、はぁ……! 俺がデラミスで天麟結晶を確認した時、ケルヴィンがどれだけ近くにいようとも、結晶は黒く染まっていなかった! 反応を強く示したのは、あくまで西大陸に渡ってからの事です! だから―――」

「―――だから、俺は魔王ではないと? ハハッ! 俺が魔王である事に、そんなものは否定材料になり得ないっ!」


 ケルヴィンが長剣を横に一閃する。舞桜は身を低くする事で躱すも、刀身から放たれた飛ぶ斬撃は、フロアの半分ほどを引き裂いていく。また、そらこ中で気絶しているであろう兵士達に、倒壊した瓦礫が舞い落ちて、グシャリと肉の弾けるような嫌な音が舞桜の耳を刺激した。


「天麟結晶なんてものを当てにしている時点で、お前は俺に後れを取っていたんだよ。さっきも見せただろう? 俺には『邪神の知識』という固有スキルが備わっている。こいつは過去にいたであろう膨大な数の魔王達、そいつらの知識の一部を俺にインプットしてくれる、ありがたい能力なんだ」


 ケルヴィンは自身のこめかみに人差し指を指して、更にその指先でぐりぐりと押し当てながらアピールして見せた。


「どうやら、過去の魔王にはそいつで痛い目をみた奴がいたらしい。この知識の中には、見事に天麟結晶についても情報が保管してあったよ。屍を晒した先代達の教訓を経て、勇者の裏をかく。実に素晴らしい、思いやりに溢れたスキルじゃないか、ハハッ!」

「ぐっ……!」


 今度の斬撃は天井から床にかけて、縦に放たれた。舞桜にとって、避ける事は容易いだろう。だが、下手に回避すれば城内にいるリゼアの人々に被害が及ぶ。舞桜は渾身の力で大剣を振るい、ケルヴィンの長剣ごと斬撃を弾く事でこれを防ごうとした。だが、ケルヴィンの剣筋は予想以上に鋭く、そして重い。攻撃を弾く行為には成功したが、舞桜自身が攻撃の余波でまた吹き飛ばされてしまう。ケルヴィンはまだまだ余力を残した様子だというのに、その力は確実に舞桜の上をいっていた。


「それじゃあ、次の疑問はこうかな? 喩え天麟結晶の存在が知られていたとしても、魔王の気配を欺く事はできない筈だ…… ハハッ。いやいや、できるよ、できちゃうだろ? 痛い目を見た魔王が、そいつに対策を講じないとでも思っていたのか? 天麟結晶は完全無欠じゃないし、そこに魔王がいたから絶対に反応するという、万能なマジックアイテムでもない。デラミスの奴らはそこら辺を妄信し過ぎて、どうも勘違いしてるんだよな。そいつが反応するのは、魔王の欲に対してだけだ」

「なん、ですって……?」

「魔王によって該当するのが支配欲だったり色欲だったり、個体によって違うんだけどな。俺の場合は――― まあ、これまで一緒に旅をした舞桜には、言うまでもないよな?」

「……戦いを、欲していたんですね?」


 聖剣を再び構え、そう答える舞桜にケルヴィンは満足気に頷いた。


「デラミスを訪れる前、言うなれば船の上で、俺はこの欲求を少しでも抑える為に食い溜めをしていたんだ。授かった知識をフル活用して、凶悪なモンスターを船に誘き寄せ、倒しまくった。幸いな事に、俺達はモンスター討伐専門の冒険者だ。撒き餌やらの道具は所持品に揃っていたし、俺の収集癖のお蔭で消耗品が不足する事はなかったよ。船の上なら余計な介入をする奴もいない。メルフィーナは船酔いで、あいつの目を盗むのも実に容易かった。理想的な環境、ああ、ある意味であそこは俺の理想郷だったのかもな。ま、お前を目の前にして待て・・をするのは、かなり辛いものだったぜ?」

「……西大陸に渡って、天麟結晶に反応があったのは?」

「流石に我慢の限界だったんだよ。あれだけ時間が経てば、食い溜めていた欲求も出て来るさ。西大陸こっちに渡ってからは、モンスターを狩りまくって何とか落ち着かせようともしたんだが、舞桜を目にした後じゃどうも食い足りなくて、やっぱり駄目だった。若い女の不審死が相次いでいた事件を辿って、ここの宰相に行き着いた時は期待していたんだけどさ。ほら、あんな有り様だったし。だからもう、魔王の疑惑を擦り付ける当初の予定も止めて、ご馳走にありつく事にした」


 予備動作なしで、ケルヴィンが舞桜の懐に入り込む。舞桜は油断する事なく、ケルヴィンを見据えて構えていたのだが、全く反応する事ができない。


「なっ!?」

「それでさ、いい加減覚悟は決まったか? 何の為に長ったらしく、こんなお喋りをしてやってると思ってんだ。早くしてくれ。なあ、頼むよ?」


 ケルヴィンから拳による打撃を受け、更には腕を掴まれ片手で放り投げられる。投じられた先は宰相の部屋の更に奥、城外へと繋がる窓であった。舞桜の意識は既に朦朧としている。こんな状態で外に落とされては、天歩を使うのもままならない。


「舞桜!」


 ぼやける意識の中、メルフィーナの声が舞桜の耳に届いた。正確には、白魔法による回復も一緒に。辺りを包み込んでいた霧が晴れていくように、舞桜の意識は覚醒していく。


「―――っ! ありがとうございます!」


 空中に足場を作り、体勢を整える舞桜。その横へメルフィーナが飛んで来る。


「すみません、突然の事で呆けてしまいまして……」

「いえ、俺の方こそ…… メルフィーナさん、落ち着いて聞いてください。ケルヴィンさんの話を聞く限り、魔王化は確実のようです」

「そんな……!」

「俺は覚悟を決めます。それがケルヴィンさんが求める事でもありますし、何よりも俺の、勇者の使命ですので」

「だ、駄目です! そんなの、駄目ですっ! 魔王になったからといって、倒す以外にも方法はきっと―――」

「―――ないよ、メルフィーナ。この世界に魔王が誕生して以来、この病が治療された事は一度もない。だからもう、俺は魔王として生きていくしかできないんだ。邪神の知識はそう言ってる」


 瓦礫による粉塵が舞うフロアの中から、人間にしか見えないその姿を現すケルヴィン。不思議な事に、メルフィーナに向ける言葉はどこか柔らかいような…… 舞桜は微かに、そう感じた。


「あなた様……」

「ああ、舞桜の怪我を治してくれたのか。ありがとう、メル。これで負傷を理由に本気を出せない、なんて事にはならないだろう。だけど、今は下がっていてくれ。そこにいられちゃ、巻き込んでしまうかもしれない」

「メルフィーナさん、俺からもお願いします。ケルヴィンさんの妻である貴方に、一緒に戦ってくれなんて酷な事は言えません。せめて、被害の出ないところに退避を」


 ケルヴィンと舞桜に避難するよう告げられ、メルフィーナは狼狽する。ケルヴィンが魔王に? ケルヴィンと舞桜の戦いを黙って見ている? 仮にこの場を収めたとしても、ケルヴィンのこれからは――― 数多の思考が渦巻き、唐突に選択を迫られる彼女は混乱の中にいる。声を出そうにも唇は渇き、口の中はカラカラに枯れている。


「わ、私は―――」

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