第460話 魔王の正体
魔王ダファイは騎士石像に貫かれ、絶命した。体が未だピクピクと動いているが、それはただの痙攣のせい。赤き目が見開く顔の上半分も、探せば兵士達がそのうち発見してくれるだろう。まあ、そんな事はどうでも良い事だ。どちらにせよ、もう生きている気配はないのだから。
「ハァー…… 期待外れもいいとこだな。吸血鬼とか大層な種族だったから、もっとできるもんかと勝手に期待しちまった」
天歩で城の壁面にまで移動したケルヴィンが、そう愚痴をこぼす。どうやら、ダファイの実力はケルヴィンの期待に沿えなかったらしい。
「ですが、これで俺の使命を果たす事ができました。ケルヴィンさん、メルフィーナさん、俺なんかの為に協力してくれて、本当にありがとうございました……!」
「何を言いますか。魔王を打ち果たしたのは、紛れもなく舞桜です。私達としてはほんのちょっとだけ、かなり残念ではありましたけど…… 美味しいご飯を食べられたので、十二分に許容範囲でしょう。これで勇者としての役目は終わりです。これからは、ご自分の身の振り方を考える時ですね」
「あ、そうか。元の世界に戻るか、それとも残るかを決めなきゃならないんでしたっけ? 俺は、ううーん……」
帰るか、残るか、舞桜は悩んでいるようだ。デラミスを出発した際にいた、あのメイドの事を気に掛けているのだろう。しかし、舞桜のいた世界にだって家族はいる。彼女の為にこの世界に残るといっても、安易には選択する事はできない。
「何だ、別に悩む必要なんてないだろ」
「え?」
「お前、十字大橋の上で話してたじゃないか。代々行方不明になる先祖がいて、暫くしてから嫁を連れて帰って来る事があるって。詰まりさ、そういう事だろ?」
「……ああ!」
天然なのか、はたまた抜けているだけなのか。舞桜は合点がいったようにポンと手を叩いて、とても感心しながら何度も頷くのであった。ケルヴィンはやれやれと肩をすくませ、メルフィーナがクスクスと笑う。どうやら彼の道は決まったようである。さあ、世界の平和は取り戻した。後はデラミスへと帰還し、祝福の中で凱旋するのみだ。
「ああ、そうそう。舞桜、帰る前にさ、ちょっとお願いがあるんだが……」
「何ですか? 俺にできる事なら、喜んでお手伝いしますよ?」
「お、マジか。助かるよ。それじゃあさ―――」
舞桜が笑顔をケルヴィンに向ける。舞桜の視界にあったケルヴィンも、また笑顔であった。
「―――ちょっと、俺と殺し合ってくれないか?」
口先を吊り上げた、戦闘狂の笑顔が瞳に映る。舞桜が振り返った瞬間に、鞘から抜かれるケルヴィンの長剣。舞桜はまだ聖剣ウィルを元の形態に戻していなかったので、紙一重で斬撃をいなす事ができた。しかし、ケルヴィンが狙ったのは明らかに首。舞桜の反応が少しでも遅れたら、今頃は吸血鬼ダファイと同じ末路を辿っていたかもしれない。
「なっ……! ケ、ケルヴィンさん、何をっ!?」
宰相の部屋へ窓から駆け込み、危機を脱する舞桜。窓の外にいるであろうケルヴィンに向かって、身構えながら叫ぶ。同時に中庭を見渡せる大き目の窓から、ケルヴィンの凶行に驚いているのは自分だけでなく、メルフィーナもまた同様である事を、彼女の表情から読み取る事ができた。
「あなた様!?」
「そんなに驚くなって、メル。最初から勇者とは戦う予定だっただろ? このままじゃ、舞桜は元いた世界に帰ってしまう。戦うとすれば、チャンスは今くらいなものだぞ?」
「そ、それにしても行動が唐突過ぎます! 何も不意打ちで首を狙う必要はありませんし、舞桜が帰る前に模擬戦を申し込めば、舞桜なら喜んで引き受けるでしょう! 今からでも遅くありません。そのような無茶な真似は―――」
「―――違う、違うんだ、メルフィーナ。俺はただ舞桜と戦いたいんじゃない。模擬戦? そんなもの、どちらかが不利になった時点で勝敗が付く、前戯みたいなものじゃないか。俺はさ、もうそれじゃあ満足できないんだよ。お互い死力を尽くして、腕が折れようが足が千切れようが、兎に角命を賭して相手を潰す、全力の殺し合いがしたんだ。本当はもっと我慢するつもりだったんだけどさ、自称魔王があまりに不甲斐なくて悲しくて虚しくて…… 体の芯から暴れ出ようとする、この気持ちを抑え込むのもそろそろ限界なんだよ。メルフィーナ、メルフィーナ――― お前なら、分かってくれるよな?」
「えっ、え……?」
ケルヴィンのものとは思えない台詞の数々に、メルフィーナは思わず言葉を詰まらせてしまう。それは舞桜も同じで、ただただ放心するしかなかった。
―――チャラリ。
舞桜の首にかけていた、天麟結晶。さっきの拍子に出てしまったのか、舞桜の首元から自己主張をするように垂れ下がった。そして、舞桜を見てしまう。これまでにないほどに、ドス黒く染まった天麟結晶を。
「ば、馬鹿なっ! 魔王が、生きて――― いや、違う。違うと思いたい! けどっ……!」
「ああ、舞桜は察しが良いな。察しが良い奴は大好きだ。それだけ覚悟も早くに決めてくれる」
「舞桜、一体どういう事ですかっ!?」
窓外の宙に浮遊するメルフィーナが、やや乱暴に問い掛ける。ちょうど窓に手を掛けたケルヴィンは、答えてやれと嘲笑を思わせる視線を舞桜に送った。
「……先ほどの吸血鬼、魔王ダファイは魔王ではなかったんです。ただ魔王願望があっただけの、宰相に化けていた一介のモンスター。真の魔王は、その…… ケルヴィンさん、なのかもしれません」
「う、嘘です! あなた様は、ダファイに魔王の証である『天魔波旬』があると―――」
途中まで言葉を繋げ、メルフィーナは自身が発した声で気付かされる。魔王固有のスキルがあると宣言したのは、鑑定眼のスキルを持つケルヴィンだった。メルフィーナや舞桜ではそれを確かめる術がなく、ダファイが魔王であったかの真偽はケルヴィンにしか分からない。あの時、もしケルヴィンが嘘を言っていたのだとすれば―――
「―――それでもっ! あなた様と私達はパーティを組み、ステータスを共有していたではありませんか! 私はこの目で確認しました! あなた様のステータスに、天魔波旬の文字はなかった!」
これまで行動をずっと共にしてきたメルフィーナはもちろんの事、舞桜だってケルヴィンのステータスには目を通していた。レベル90台とその強さに驚きはしたものだが、天魔波旬なんて固有スキルはなかった筈だ。
「確かに、確かに確かに、確かにっ! メルは俺とずっと一緒だったし、舞桜とはデラミスと出発してからパーティを組むようになった。お互いにステータスも確認したよな? 信じてくれたよな? 仲間だもんな? ……でもさ、俺が魔王として覚醒し始めたのって、実はつい最近の事なんだ。世の中ってのは無常なもんだよ、これ以上ないってタイミングでの覚醒だったんだ」
「……どういう事ですか?」
「メルフィーナさ、デラミスに来るまでの船路、殆ど船酔いで倒れていたよな?」
「え、あ……」
これまでの旅の中での、唯一の空白。それはデラミスへと至る為の船の中での事だ。この時に限って、メルフィーナはケルヴィンに戦闘を任せっきりにしていた。
「はじめの内はさ、俺も船酔いになったのかと疑ったよ。内側から理性が削り取られるみたいでさ、すげぇ気持ち悪かった。だけど、理屈抜きに溢れ出る悪意がそうだと確信させた。邪なる神からの贈り物なのか、その後に必要になるであろう『偽装』スキルについても知る事ができたよ。お蔭で、べったりとこの固有スキルを隠す事ができた」
パーティを組む2人に、ケルヴィンは自身のステータスを映し出す。そこには確かに天魔波旬と記され、ついでとばかりに種族が人間(魔王)に変異しているのが確認できた。また、それまではなかった『邪神の知識』という固有スキルまで備わっている。
「なあ、舞桜。もう良いだろ? 本当に、本気で、かなりきっついんだ。これ以上は俺が俺を抑える自信がない。だから、だから――― 全力で、殺しに来てくれ……!」
そろそろ6巻の特典SSを書かねば。
5巻同様、アンケートで人気の高かったキャラ主体のものにしますので、
まだされていない方はお急ぎをば。