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ブクマ登録がついに30,000件を超えました!

評価、感想など、本当にありがとうございます!

更新も頑張りますー!

 そろそろ朝日が昇るぐらいの明るさになってきた中で、煙に追われて賊が逃げまどっている。俺の方は賊に遠慮する理由もないのでさらに攻撃強化を命じた。


 「無理に追撃はするな。だが武器を持っている限り容赦なく倒せ」

 「はっ」


 アンハイム地方に入って最初にやったのは輸送部隊を切り離しての軍事行動だ。とりあえず他の地域との交通をある程度安定させないと何もできん。ついでに麾下の騎士や兵士の実力も確認しておきたいしな。


 代官直属の武官代表である騎士、ホルツデッペ卿にさらなる攻撃を指示する。指示しつつ俺も最前線で槍を振り、一人突き倒した。賊の数は多いが、こっちが奇襲に成功した以上、相手に組織的反抗をする力はない。

 本来なら見てるだけでもいいんだが、俺自身が部下に評価されるための場でもあるから後ろで見てるだけってわけにはいかないんだよな。


 そもそも騎士と賊の戦力差って実は相当に大きい。前世中世のジャックリーの反乱、あれは農民反乱だが、四〇人の騎士が一晩のうちに農民反乱軍の参加者七〇〇〇人を殺し、死亡した騎士は一人だけだったってのが顕著な例。

 もっとも七〇〇〇を四〇で割ると騎士一人頭百七十五人になる。相手が突っ立てるならともかく、動く相手には時間的に無理だろと思うんで、実際は数字盛っているだろうし、逃げ惑って将棋倒し的に死んだ農民も多かったんだろうけどさ。


 「子爵、敵の一部が逃げます!」

 「どっち側だ」

 「左手の、窪地に向かっている模様」

 「なら放置。あっちにはもうシュンツェルに兵を伏せさせてある。そのうち報告が来るだろう」


 代官直属として国から預かっている兵力は騎士三〇人、歩兵六〇人。ノイラートには右手から歩兵二〇人を率いて攻撃をかけさせているし、シュンツェルは逃げてきた敵が一段落するだろう辺りに傭兵二〇人を率いて待機している。

 王都からの荷物は代官に付く文官やフレンセンと一緒に街道で騎士五人と歩兵一〇人、それにゲッケさんの傭兵団のうち半分が護衛中。そのぐらい兵力を割いてもここの山賊程度には十分すぎる戦力だ。


 「うおおおっ!」

 「甘い!」


 自棄になったのだろうか、突っ込んできた賊の一撃を槍先で弾いてから胴体を刺し貫く。ガーゴイルと比べりゃ遅いし鰐兵士アリゲータ・ウォーリアーよりも柔らかい。この辺りの山賊相手なら油断しなきゃ負けないと思う。けど油断大敵。

 もう一人ぐらい倒しておいた方がいいだろうかと思ったが、戦況を見る限りもう俺の出る幕はなさそうだな。


 「お見事でした、子爵」

 「情報があったからな」


 これは謙遜でもなんでもない事実だ。けどホルツデッペ卿が俺を見る目は“自分の上司として認める必要がある”程度には変わってるんでよしとしよう。



 アンハイムに向かう前に、王都から領地に戻る前のクナープ侯にご挨拶に伺う際には、いわば領地から追い出した側だから多少の覚悟はしていた。ところが侯爵は難民対策で会ったことのある俺をどうやら覚えていてくれたらしく、その上同情的な反応。どうやら俺の事は、努力しているのに王都の有力者に嫌われて左遷された若者、というような認識であったらしい。

 部活の教師が結果の出ない学生を見るような眼で「いずれ卿の努力が認められる時が来るだろう」とか言われたときは、相手に悪意がないだけにものすごく反応に困った。


 それはともかく、その流れで侯爵からアンハイム地方の詳しい状況を聴くことはできたんだが、内容そのものはむしろ聞いているこっちが暗くなるような状況だ。

 簡潔にまとめると侯爵家の兵力はヴェリーザ砦での損害もあり、断続的にやって来る難民対応で精いっぱい。

 その間に魔物も増えたが、滅びたトライオットにいた盗賊団や山賊まで魔物に追われてこちらに移動してきたうえ、魔物に襲われないように集団化して規模を拡大。討伐に手が回らなかったため、結果として傍若無人になり難民や住民を襲うようなことも度々発生。

 何とか町周辺は治安を維持しているが、領全体には手が回っているとは言い難いまま現在に至る、とこういう訳だ。侯爵が好意的だったんで賊の位置情報を確認できたり地理情報をダブルチェックできたのはありがたかったが、状況面では頭が痛い。


 着任前ではあるがそういう状況を聴いた以上、放置もしておけない。というかいくら相手が魔軍でも、治安の悪い地域で防衛戦なんぞ危なっかしい。魔軍対策をしていたら人間の賊に襲われて補給物資が奪われました、なんて冗談にもならん。少々強権を用いても早めに対応することにした。


 そして現在、アンハイム地方の中心都市であるアンハイムに着任前にもかかわらず、二つ目の山賊団アジトを焼き払ったところである。

 これはアンハイムに着任後、大々的に討伐軍を出すと噂を流すよう手配してから王都を出立した結果だ。俺が到着する前に強襲を受けるとは思わなかったようだな。


 実のところホルツデッペ卿もまずアンハイムに着任すべきだと主張していた人間の一人だが、そこまで言うならついてこなくてもいい、と傭兵団だけ連れて夜襲で一つ目の賊を壊滅させてからは態度を変えた。

 正確にいえば傭兵だけに武功を立てさせるわけには、という態度だが、とにかくやる気になったんで今度は正規の騎士と歩兵を中心に二つ目の山賊団を制圧している。しかし大量に持ち込んだ魔導ランプがあると夜襲も楽だな。


 「シュンツェルが戻ってきたら次に向かうか」

 「はっ?」


 賊だって馬鹿ばかりじゃないだろうから、そろそろこっちの動きもばれているのは確かだろう。それでも集団を二つも潰したら、いい加減アンハイムに向かうと考えるのが普通だ。ちょっと遠回りしてもう一つ潰しておく方がいい。

 ホルツデッペ卿の怪訝な表情は無視する。


 「文官たちが文句を言いませんか」

 「文句はアンハイムについてから聞く。卿はどうする?」

 「……同行させていただきます」


 ついてこなきゃノイラートたちとゲッケさんの傭兵団だけで行くつもりだったが、来るらしいのでその方向で作戦を整える。騎兵を迂回させる必要はないか。あの地形で見つからないように大回りさせると遊兵になる可能性の方が高い。

 侯爵から聴いた情報と地形から考えると、次に目標になる奴らは襲撃を優先しているのか、防御面はあまり考えていない所に拠点を構えてるようだからな。下手に後回しにして逃げられるとかえって面倒くさい。

 この三集団目の賊まで排除しておけばグレルマン子爵の赴任した地域との交通路がある程度でも安定する。排除しない理由はないな。多少遠回りにはなるが粉砕してアンハイムに向かう事にしよう。明日の朝に到着予定で使者だけ出しておくか。

 シュンツェルの隊が戻ってきたのを確認しつつそう結論付けた。



 予定通りと言うか、アンハイムに到着したのは翌日の朝になった。代官の到着ってぐらいならそれほど話題に上らないだろうが、騎兵、文官たち、歩兵、傭兵団の後ろから捕らえた山賊を数珠つなぎにして町に入ってきたのだからまあ話題にはなる。

 本心で言えば目立ちたくないし、こんな凱旋式みたいな真似もやりたくないんだが、先に強い印象を与えておかないと魔将が襲撃してくる前の都市内政治で時間を取られすぎる。仕方がないと思いつつも目立つなあ、我ながら。

 全体的に熱意を感じないのはトライオット滅亡後、町そのものがさびれつつあることを自覚しているせいかもしれない。


 クナープ侯爵領で隣国であるトライオットに隣接しているアンハイム地域の中心都市である同名の町・アンハイムは流通よりも防御を優先してある。いくら近隣が友好的でも外国は外国。万一に備えての籠城ができるような城塞都市だ。

 国境防衛の拠点となる町だし、町に所属する警備兵も人数は多い。城壁上には弩砲(バリスタ)も見える。確認の必要はあるが、さしあたり城壁などは手を入れなくてもよさそうだな。


 公務を行う執務館の前に町警備隊と役人のトップが部下を連れて出迎えている。ここからは強気に出なきゃいけない場だ。貴族の仮面をかぶり直して出迎えている面々の前まで馬を進める。


 「ご苦労。ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ」

 「到着をお待ちしておりました」


 非礼にならない程度に値踏みしている目だな。当然と言えば当然か。そして俺の方は若造と軽く見られるわけにはいかない。


 「ご苦労。まずあの賊どもを牢に放り込んでおけ。頭分の処刑は三日後に行う」

 「……は?」


 役人代表らしい男が驚いた表情を浮かべたが無視。


 「聞こえなかったか? 頭分の処刑を三日後に行う。今、ここは侯爵領ではなく陛下の直轄地であり私はその代官だ。国法に則り処断する」


 今でも侯爵領なら侯爵領独自法とでもいうべきものがある。クナープ侯爵の頃なら別の手順があったのかもしれないが今は状況が違う。既に侯爵領ではないという事ははっきりさせておかないといけない。


 「町の中に告知しておくように。告知の方法は今までと同じでいい。いいな、三日後だぞ」


 周囲にも聞こえるように声を上げると様子を見ていた民衆の方から歓声があがった。やれやれ。


 前世欧州でもそうだったが、中世の庶民から見ると処刑というのは娯楽である。いや間違いじゃなくてな。それだけではないのはもちろんだが、確実に娯楽の一面があった。


 例えば、前世中世ではある有名な二人組に対し絞首刑が執り行われる日に、見物人が何万人も押し寄せて将棋倒しが発生し、死者二〇名以上、負傷者七〇名以上という惨事が起きたことがある。死刑見物に行ったら自分が死体になりました、なんてことが実際にあったんだから笑うに笑えない。

 またこれは中世ではなく近世の話だが、マリー・アントワネットの旦那であるルイ十六世がギロチンで処刑された際、その死体から流れる血をハンカチに浸して持ち帰ろうとしたのがいたとか、処刑の際に着ていた服を布片に裁断し記念品として売り出したら飛ぶように売れて、その日のうちに売り切れたとか、死刑に関わる何とも言いようがない逸話が結構あったりする。


 そのぐらい庶民は娯楽がなかったと言えばそうなんだろう。また別にすべての人が楽しんでいたという訳ではもちろんなく、強要されるものでもない。この世界でもそれは同じで、例えばリリーとかは行きたがらない。一方で需要もある事実から目を逸らすわけにもいかないのも確かだ。

 俺自身、本心を言えば死刑なんかわざわざ見たいものじゃないが、今回は町周辺で暴れていた賊という問題もある。こっそり逃がしたとか謂れのない批判を受けることがないよう、確実に処断する様子を見せなきゃならないし、冷静に執行しておくことが今後役に立つ、はずだ。


 「誓約人たちとの顔合わせ前に風呂を借りる。案内してくれ。部下の宿舎への案内と傭兵たちの宿所手配は任せた」

 「は、はっ」

 「か、かしこまりました」


 合図をしてノイラートとシュンツェル、フレンセン、それに文官筆頭のベーンケ卿を連れて執務館の中に入る。遠方からの来客用に執務館の中には簡易宿泊施設もあるので、簡単な入浴施設は併設されているのが普通。

 水風呂のままぐらいはあるかもしれんけどそのぐらいは想定済み。汲んできた川の水だけで体拭くのがせいぜいなんてことだって経験がないわけじゃないし。町の有力者たちに会う前に旅埃と戦塵ぐらいは落としておくか。


 さて、これからは別の戦場だ。

8/10:

ご助言を受けて表現をちょっと改めました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み返してみると、現クナープ侯がめっちゃ不憫ですね。貧乏くじにもほどがある。報われてほしいものです。
[一言] 洋の東西を問わず、地方ではほとんど娯楽の類いはなかったでしょうね。 なので盆踊りや秋祭りなんかの準備も含めて娯楽(=非日常)だったかと思います。
[気になる点] >これはアンハイムに着任後、大々的に討伐軍を出すと噂を流すよう手配してから王都を出立した結果だ。俺が到着前に強襲食らうとは思わなかったようだな。 個人的には強敵は受けるモノで食らうだ…
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