――113――
昨日もたくさんの再開お祝いありがとうございますー!
本当に嬉しいですっ!
「学生で子爵で代官なんて前代未聞ですよ」
「そう憮然とした顔をするでない」
セイファート将爵が俺の顔を見ながらそう言って笑っている。そんなこと言っても俺の方は笑えない。
例の賞罰御前会議の後、恐れ多くも将爵からの昼食のお誘いを受けてご一緒させていただいております。礼儀不要と言われたんで遠慮なく礼儀を捨てて文句を言わせていただいておりますが。
貴族社会一般の感覚でいえば不満を持っている俺をなだめているという形になるんだろうが、どう考えてもこれは試験と答え合わせの時間だよな。
「アンハイム地方なんて、トライオットと隣接している地域一帯じゃないですか」
「卿はそこの代官に任命されたことをどう思っておるのかね?」
「少なくとも表と裏があるのは解ります」
裏の裏は表だからどう表現するんだろうか、裏と表に挟まれた内側もありそうな気配ではあるが。とりあえずそこには触れないでおこう。
「では表の方から卿の見解を聴こうか」
傍に控えている相手にワインのおかわりを求めつつそんな事を言ってきた。やっぱり試験時間ですか。あとその傍の人とか壁際に控えてる人とか、身のこなしからいって給仕じゃなくて騎士かなんかですよね。
「フィノイなどでの働きに応じて、爵位を進め代官として任命したことで功績に報いたという面が一つ。一方でアンハイムへの配属という形で他の貴族家からの不平に王家として応えた面が一つ」
平たくいえば、今までの功績に報いて昇進はさせた。一方で不満と言うか邪魔だと思っている他の貴族家に配慮する形で、昇進とセットで王都から左遷させたようにも見えるようにした、という訳だ。
実のところ伯爵家嫡子でありながら子爵に正式に任じられた、というのは相当に厚遇されている。いずれ伯爵家を継いだ時にも子爵としての俸給は俺個人が死ぬまで出るからだ。生涯年金を受けたに等しい。
同じ伯爵家とかの中で妙に実入りがいい家がある場合、若い頃に何らかの功績をあげてこの別爵俸給とでも表現するような予算が出ていることが結構多い。その結果息子にまで散財癖がついた挙句、年金を貰える当主が死んだら借金まみれになる家もあるが。
実際、本来なら使用人と直属騎士を子爵家として雇わなきゃならない立場だから、その分の人件費も含んだ俸給が出る。けど俺の立場だと伯爵家を継ぐまでの間なんで、直属の人間を雇う必要はない。全部懐に入れられる。
という訳で、貨幣価値とか物価とかが前世とは違いすぎるから一概に比較はできないが、前世で言えば毎月毎月、百万円単位で自由に使える予算を貰えるようになったような形だ。正直現実感がない。その上、その金をどう使うのかも見られている気がする。誰にとは言わんが。
一方、アンハイム地方は滅びたトライオットとの隣接地。王都から国境地域へという事で左遷されたとしか見えない。しかも隣国トライオットが滅んでいる現在、交易で儲けることもできないから事実上うまみのない辺境だ。
そこに配属された時に俺を見る目の中には同情もあったが、ざまをみろ、というような視線も複数あったのは嫌でも感じられた。フィノイやゲザリウスの時にツェアフェルトを競争相手としている向きがあるのは感じていたが、俺の方はどうでもいいんだけどなあ。
ちなみに前世の中世だと時代にもよるが、領主や代官は物品にかかる流通税のうち、三分の一ぐらいを自分のものとすることができたのが相場だ。この国だともうちょっと低いがそれでも高額で、それだけでも生活に困らない程度の収入になる。言い方はよくないが座っていても金が落ちるんで流通量の多い地の代官は競争率がものすごく高い。
ここに橋の通行税とかでさらに利益を上げられたりするんで、生産品が被らない隣国や領地と交易ができるかどうかは蓄財を望む代官にとってとても重要。今回の俺にはどうでもいい話だが。
「卿に対する嫉妬や競争意識があることは事実でな。結構な数がそれとなく陛下や周囲に伝わってきてはいた」
「それ、私のせいなんですかね」
「グリュンディング公爵にも評価されておるからの。ラウラ殿下狙いの貴族から見れば強力なライバルじゃて」
「迷惑です」
俺のせいじゃないだろそれ。思わず即答したが将爵は笑ってらっしゃる。憮然としつつ肉の塊を口に放り込む。マナー違反もいい所である。前世だとフォークって中世後期にやっと広まるんだがこの世界普通にあるんだよな。便利だからいいけど。
ちなみにこの肉は牛喰豚という牛を食い殺すぐらいにでかい魔物の豚だ。人の頭蓋骨も齧って砕くぐらい危険で有名。肉の味はいいんだけど、個人的にはソースの味が微妙。塩胡椒だけで焼いてほしい。
咀嚼し終わったところで将爵がまた問いかけてきた。
「裏の面はどうかね」
「魔将対策の担当ですね」
将爵も知ってるだろうし、騎士たちしか室内にいないのはこの点を言及してもいいようにだろう。だから隠すことなく答える。
これには二重三重の意味がある。魔将が攻め込んでくるかもしれないから、それに備えることができる人材を配置しなきゃいけない。一方でそのことを公表していないから、現状では重鎮を配置したり大軍を準備することもできない。
つまり求められるのは「独力で魔将に勝てなくてもいいが、王都からの援軍が来るまでは何としても持ちこたえろ」というあたりである。その程度ならできるだろうと思われているわけだ。主戦力がいない状態での戦線維持ってところか。
ついでにいうとどうも俺の存在自体を囮にしてる節もある。ゲザリウスが俺のいるところに攻撃をかけてくるとわかっているなら、ほかの所には多少なりとも余裕ができるからな。何というか俺、便利使いされてるなあ。
わかってはいるが、四天王イベントの前に別の魔将にまで王都が襲撃されるよりましだと割り切ることにした。
その上で、無事に防衛戦に成功すれば「あの実力だ、あんな地方に置いておくにはもったいない」という事で王都に呼び戻せる。結果を出した相手に反対したら今度はそいつが嫉妬深い男だと言われることになるから反対はしにくい。
一方、もし失敗したとしても「相手が魔将では仕方がない。若いのだからいい薬になっただろう。この辺で勘弁してやれ」と他の貴族を説得して呼び戻す口実にするのが目的だろう。相手が魔将だということを公表していないのは恐らくだがその伏線だ。
俺が戦死したらどうするのかとは考えてもしょうがないんで考えない。死にたくないし死ぬ気もないしな。防衛戦をどうやってこなすのかを考える。
「王太子殿下も儂も、卿を見殺しにしようなどとは思っておらぬ。そこは信用してもらうしかないがの」
「さすがにその考えは持っていませんが」
俺より勇者の価値を考えれば見殺しにされる不安はない。俺を見殺しにしたら多分マゼルが怒ってくれるだろうから、後の事まで考えると国としてはリスクが大きくなる。過去形じゃなくて現在進行形で。
ただこれ、国の側はもう一つ大きな狙いがある。俺の独力で魔将に勝てるはずはないから、騎士団の援軍は必須だ。そして俺には迎撃成功の暁には騎士団の援軍のおかげで助かりました、と国に頭を下げる役まで任されている。
逆に俺がアンハイム地方を失っても、その後で騎士団を使い奪い返すことができれば、やはり国を守るのは騎士団と王家の力が必要、と民衆から評価される状況になる。どっちであっても俺の役回りは国の評判を高めるための狂言回しだ。
その上、国の都合とは別に問題がある。今回、俺は独立子爵として配属された。つまりツェアフェルトの騎士団は連れていけない。ノイラートやシュンツェル辺りならともかく、マックスやオーゲンたちはダメ。
このあたりは恐らくツェアフェルト騎士団がいるから戦功をあげているんだ、と言いがかりをつけてきている貴族に対する牽制の意味合いもあるはず。けど俺にとっては幕僚不足のままでの赴任だ。
もちろん、王家直属の代官ということになるから、国所属の騎士や兵士がついては来る。だがそれはあくまでも代官という地位に付随する立場だ。決死の防衛戦とかいう状況になったらどこまで士気を保てるのかは不安が残る。
そして旧クナープ侯とツェアフェルトはお世辞にも仲のいい家ではなかった。現地人から見れば以前の上司が左遷されたところに、敵対派閥の若造が配属される格好。民衆はともかく地元中級官僚あたりの俺を見る目は良くて中立ぐらいだろう。この状況で防衛戦を行わなきゃならん。胃が痛い。
「直接的にではないが支援は惜しまぬよ。それに、支援は儂だけではない」
「ありがとうございます」
王太子殿下も影で支援してくださるわけですね。遠慮なんてする気もない。国には国の都合があるだろうがこっちにだってその分の援助がないとな。出すものは出してもらう。
「籠城戦の必要資材等は後日表にして提出させていただくとして……」
それにしても皮肉なもんだ。我ながら内心で苦笑を禁じ得ない。もし数年前に地方代官なんて地位に就いたらむしろ喜んで応じただろう。魔軍四天王による王都襲撃イベントの際に王都にいないで済む可能性が高いんだからな。下手をすると本当に左遷された挙句、貧乏になってでもそのまま地方に居座っていた可能性すらあっただろう。
だが今では王都を離れることが気になる。正確には王都にいる人たちが。いや俺個人の戦闘力では大したことはできないんだが、それ以外でできたはずのこともできなかったっていうのは俺自身が納得できない。
マゼルが魔軍四天王の最初の一人を相手にしている頃だとすると、まだ時間的余裕はあるはずだ。魔将三人目と四天王二人目を倒した時点が王都襲撃イベントのカウントダウン開始だろう。
それまでに王都に戻る。そのためには何とかゲザリウスとやらを引っ張り出してやるし、邪魔する奴がいるなら本気で相手をさせてもらうぞ。