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ヴェルナーが内心でもリリーを呼び捨てにしている事に
気が付いてもらえたのはちょっとうれしかったですー
あれから数日後、今日は王太子殿下やグリュンディング公爵、セイファート将爵、父の前で武器の実験披露の日だ。孤児と難民のゴミ拾いから出てきた情報はリスト化して父経由で提出済み。眠い。
俺は弓に関しては全くダメなんで騎士団の訓練施設とついでに弓の上手な人も借りておいて、試作品を訓練場に持ち込んだ……んだが。
「今回は何を考えておるのかね」
「既存の武器を改良した品なのであまり期待しないでいただきたいのですが……」
なんかギャラリー多くね? 公爵は拝見していただく約束があったし武器の開発に関しては将爵からの補助も受けてるからいいとして、王太孫殿下とか近衛の団長とかまでいるじゃん。今日のはそんな大層なもんじゃないんだけどなあ。胃が痛い。
何と言うか始まる前から疲労を感じつつ、まずは弓の方から取り出す。頼んだのは俺だが正直よくこれ再現できたなと思う。
「ほう、それが卿が以前依頼してきた小型弓か」
「馬の上でも使えるようなサイズだな」
将爵と王太子殿下がそんな話をしている。まあ確かにサイズとしては小型弓サイズだ。しかし王太子殿下鋭い。あとこれ、魔物の素材も使ったせいか俺が想像したより威力あるんだよな。
ひとまず側近の騎士経由で王太子殿下にお渡ししてから、順番に手に取っていただく。弓の螺旋模様を撫でていた公爵が問いかけてきた。
「角か何かを木で挟み込んであるのか。巻いてあるのは革かね」
「樹皮も使ってあります」
こうしないと湿度に負けてしまう。木と骨だと湿度からくる膨張率が違うんで接着剤が剝がれてしまうらしい。さすがにその辺は何かで読んだだけだが、後期の物にはこうやって巻いてあるらしいから必要に応じてそういう風に進化したんだろう。もちろんこの巻いてある革も弓の威力を増す効果がある。
全員を一回りして戻ってきたところで弓の上手な騎士団の人にお願いして、的として用意してある金属鎧を狙って撃ってもらう。引き絞る音の違いに現場の騎士の方々は気が付いたみたいだ。小気味よい音を立てて飛んだ矢が金属鎧を貫通した。
ほうっ、という声が上がる。
「魔物の素材を使った複合弓となります。御覧の通り、このサイズでも長弓とほぼ同等かそれ以上の威力があります。その分、引く方も相応の腕前が必要となりますが」
「小型化か。しかし目的はそれだけではあるまい?」
「はい。こちらと一組で考えていただければ」
近衛団長の疑問に答えて小ぶりの矢筒も取り出す。それだけでわかる人にはわかったようだ。
「なるほど。長弓と同程度の威力があり、かつ機動的に運用できる弓兵が卿の狙いか」
「ご賢察恐れ入ります」
本当に理解の早いことで。まあ機動的運用に関してはもともと複合弓自体が弓騎兵の装備からの発祥みたいなもんだし。この世界に複合弓がなかったのは弓騎兵を駆使する騎馬民族が存在しなかったからかもしれない。帝政ローマで使用された複合弓って、大体がローマ自身が共和政時代に痛い目にあった騎馬民族の物だしなあ。
矢って代物自体が消耗品なんで、数が大変。ベテランの弓兵は一分間に十本ほどの矢を放てるらしい。逆に言えば十本の矢を持っていても速射すると一分間で撃ち切ってしまう。相手が人間なら向こうが撃ってきた矢を拾って再利用するという荒業も使えるが、魔物は矢を撃ち返してこないし。だから野戦で弓兵を運用するときはどうしても後方に矢を抱えた補給隊が必要になる。全員ベテランの弓兵が合計一〇〇〇人いるとすると、単純計算で一分間ごとに一万本の矢が必要になるんだからな。
つまり、ずっと速射してるわけではないとしても、一〇〇〇人の弓兵が十分も矢戦をしたら数万本以上の矢が必要になる可能性がある。火縄銃以前の日本でも弓の威力は認められていたが、実戦で主装備にならなかった理由だ。弓兵の育成も大変だし消耗品である矢数の用意も大変。事前準備もそうだし、運用上でも矢の束を抱えることになるんだから、補給隊の立場になれば短く持ち運びのしやすい方がいいに決まっている。後は機動的に運用できるシステムを構築できれば用途が広がるだろう。
ただ弓騎兵に関しては現時点では想定していない。あれは相当に修練が必要になるはず。実際古代中国でも古代ローマでも弓騎兵は異民族を雇った傭兵が担当していた。日本の武士も弓騎兵だが、それが主力だった時代だと動員兵力の規模が戦国時代と比較すると一桁異なる。馬上で弓を引く技術は人数をそろえるのが困難で、育成にかかる手間と予算効率が悪すぎるんだろう。詳しくは知らんが。
ちなみに和弓も広い意味では複合弓に入る。だから威力は西洋の長弓と比べても遜色はない。ただ種類の違う木とか、木目の向きを変える形で作られているものがほとんどのせいか、あまり小型化はしなかった。むしろ木だけで複合弓作り始めたあたりに日本人の改造オタクっぷりが垣間見えるがそれは余談。あと和弓は弓そのものの形が違うから的に当てるためにはアーチェリーなどの洋弓より技術がいる。まあそれはいい。
「地味だが悪くない改良だな」
「しかし、これなら今の職人だけでも良いのではないかね」
「職人に関しては別のものをお願いいたしたく思っております。まず、これは模型なのですが」
もう一つの箱を開けて弩弓型の物を見せてノイラートとシュンツェルの二人がかりで箱ごと持っていってもらう。こいつは騎士とかならまだしも殿下に持たせるにはちょっと重い。
箱をのぞき込んだ皆様も通常の弩弓より本体が頑丈なのはすぐに見て取れたようだ。上部は金属板まで張ってあるしな。
「こちらもお願いします。気を付けて引いてください」
お願いすると体格のいい騎士さんが腕の筋肉パンパンにしながら弦をセットするのを見て見学者の皆様が驚いた顔をしている。魔物素材の複合弓が取り付けてあるから引くのだけでも一苦労だ。このぐらいでないと長距離は飛ばせないからしょうがない。
とは言えやっぱりこれ、運用するには巻き上げ器が必須だよなあ。問題は俺がその機構をよくわかってないことだ。城壁に設置してある弩砲の物を小型化してもらえるといいんだが。
用意していたゴルフボールサイズの金属球をセットする。矢ではないのか、と言う声が聴こえた気がしたが、運用上矢じゃないのが必要なんだよな。
そのまま発射してもらうと、設置してあった的の金属鎧が音を立てて台ごと後ろに吹っ飛んだ。どうでもいいが今までの弩弓とバランスが全然違うはずなのに、一発で当てるってのはやっぱりスキルの賜物なんだろうか。俺この人と喧嘩しないようにしよう。
そんなことを考えていたら公爵が口を開いた。
「面白い武器ではあるが、矢でない理由は何かね。射程がどうしても短くなるだろう」
「運用方法が異なります。これは至近距離を前提とした装備となりますが、現場での体験を基にしました」
この世界、人間は人間の癖に魔物はゲームと同じだ。人間は矢が一本刺さっただけでも痛いしショックを受ける。よほどの精神を持っていないと戦意や戦闘力にだって影響が出るだろう。兵士だったら矢が自分の体に刺さった時点で逃げだすかもしれない。
だが、魔物の方は重傷になって生命力が一桁ぐらいになっているだろう状態に見えても、戦闘力が全く落ちない。アーレアの蜥蜴魔術師もタフだったし、フィノイでは槍が二本刺さっても人間を襲おうとしてる魔物も見た。攻撃が当たると怒るから気にならないわけでもないんだろうが。魔物は痛覚の概念が違うのかもしれない。
そしてそういうのを相手にした時、槍が刺さっても襲ってくる魔物に対しては、矢ぐらいの殺傷力では決して有効な手段とはならない場面も考えられる。一方、こういった質量のある球体だと別の効果が期待できる。俺は金属球が当たって大きく凹んだうえにひっくり返っている鎧を指差した。
「あのように、当たれば体勢を崩す、というのがこの弾弩弓のメリットです」
頭に当たったら気絶とか頭蓋骨粉砕で即死とかもあり得るかもしれないが、そこまで行かなくてもノックバック狙いの武器としてなら効果は十分だ。質量兵器万歳。投げられた石ですら怖いのに高速で飛んでくる金属や石の球体とかだと視覚効果も大きいはず。
何より、矢を腕で弾くような魔物もいるが、高速で飛んでくる金属や石でできた球体は矢を弾くようにはいかないだろう。むしろ矢のように弾こうとしたらその腕にダメージを与えることだって期待できる。痛覚が乏しく生命力の高い対魔物戦を前提にしているわけだ。
どっちみち射程と実用距離とは異なる。弓での戦闘力を期待するなら前世の単位で言えば一〇〇メートル以下だ。威力以前にそれより遠いとよほど訓練している専門の弓兵以外ではまず当たらない。兵士に弓を使わせるには、集団で矢の雨を降らす集団戦運用か、もっと接近した相手を狙わせる、つまり当てやすくするほうが確実。接近したところで倒れた相手や動きの止まった的なら兵士でも狙いやすくなるだろう。
「手槍や火炎壺も打ち出せそうだな」
「まだ実験はしておりませんがそれも可能でしょう。これをさらにこのように運用しようかと」
リリーに描いてもらった図に俺がいろいろ説明を加えた書類を提出してみせる。驚きの声が上がった。
「小型の弩砲サイズにして戦闘馬車に乗せるのか」
「この下の機構は……回転するのか。全方向に撃てると」
「走りながらは流石に無理だとは思いますが」
発想そのものはローマ帝国で実在していた牽引式弩砲になる。戦場に二頭立て、もしくは四頭立ての馬車に乗せた弩砲を持ち込み、設置する手間を省いて弓より強力な威力の飛び道具で戦列を突き崩す。照準があれなんで走行しながら狙って撃てるとは思えないが、それでも戦車の源流となる兵器だ。矢と異なり重たい弾を使うためには、予備の弾まで荷台に載せて全部一度に移動・運搬できるこの戦車スタイルの方が運用効率がいい。
ただ、単に弩砲を馬車に載せて運ぶだけだと設置した方向にしか撃てないし、魔物の足を考えるといちいち馬車の向きを変える時間が惜しい。移動後、馬車を停止させてからすぐに向きを変えて発射するための打開策として、どうしても実用化レベルの回転台が欲しかった。
それに弩砲サイズなら金属球を長距離飛ばすことも出来る。手持ちサイズだとさすがに厳しいだろう。たぶん、きっと。魔物の素材でもっといいのがあったら飛ばせちゃったりするんだろうか。使われる方が怖いからあんまり想像したくないなあ。
実のところこの世界の歴史上、牽引式弩砲があったかどうかはよくわからん。少なくとも俺は見たことがない。多分だが、あったとしても弩砲を戦場に輸送することだけで終わってすぐに廃れたんじゃないかという気がする。
なんせ運ぶだけなら大容量の魔法鞄があれば弩砲だって運べるかもしれんし、戦場においては身代金目当てを含む個人戦闘が最重要視される世界だから飛び道具の改良が万事おろそかになってもいる。発展させる理由がないから廃れていっても当然だ。
そういう個人戦闘重視の思想はローマの合理思想が途絶えた中世暗黒時代以降に近いっちゃ近いのか。
しかし、宗教が政治や科学に口を挟んでくる率が低いのに合理性に欠けているのは考えてみれば変な話だ。うーん。以前から気になっているが変にちぐはぐなところがあるなこの世界。魔法の存在のせいだろうか。それは魔法でできるから、と思考停止してしまうのかもしれん。
火薬がないのも多分、錬金術が発達していないからだし、そもそも錬金術ってこの世界で聞いた記憶がない……ん、なんか見落としてるような気がする。
とりあえずそれはまあいい、って言うか説明中だから考えるのは後回し。歴史よりまず目先の問題だ。そしておそらく王都襲撃に来る相手にはこのぐらいの威力が必要になる。
フィノイ辺りまではゲームだと序盤と言っていいが、王都襲撃に来る四天王最後の一人が率いているのは多分ゲーム後半の敵だろうからな。戦闘力の高い騎士ならともかく、兵士に白兵戦させるのは可能な限り戦況終盤、敵がある程度崩れてからにしたい。それに少し危惧してることもあるし。
「金属球はともかく、威力に耐える軸が必要ですが」
「そこは魔物の素材を使えばどうにでもなるだろう……ふむ。これで相手の足を止め、矢で数を削るわけか」
「確かに魔物の耐久力まで考えたことはありませんでした。なかなか面白いですな。研究してみる価値はあるかと」
俺が余計なことを考えている間に熱心に運用や改良に関する議論が続いている。とりあえず一発却下されなかっただけ良しとしよう。そして書類を手に説明を読んでいた王太子殿下が何かに気が付いた視線を向けてきた。やっぱあの人鋭すぎるわ。
弓に関しては対魔物相手と言う事で作中限定の用途です。
キャロバリスタは実在の兵器ですが効果には諸説あり。
笑えないのはローマ内乱の際に使用されて、
同じローマ軍のファランクス(重装歩兵)相手が
一番有効だったという説でしょうか(笑)