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中休み

それは単純に、アルベリネアの工房と呼ばれていた。


かつては幽閉のために用いられていた、王領隅――木々に囲まれた一つの塔。

その目の前に建っている小屋敷程度の煉瓦造りがそれであった。

貴族であっても、多くの者はそこで何を作っているかも、何をしているのかも知らず。

あるいはひっそりと、忌み子の工房と。


「ん、壊れたのもすっかり元通り、報告にあった通り問題なさそうですね。その上、二体も追加……悪くないです」


その工房の内側――解体され台に置かれたジャレィア=ガシェアを眺めつつ、クリシェは言った。

工作班長ネイガルは、ありがとうございます、と微笑んだ。

ガルシャーン戦後、工作班はエルデラント戦には同行せず、修復や補充のためにそのまま王都へ帰ってきており、今日はその確認。


「これだけではなくバゥムジェ――ぼ、ぼんじゃらに関しても補充は完了です」


言いかけ、ネイガルは慌てたように言い直す。

しかしそれでも気に入らないのか、クリシェの眉間に皺が寄る。


バゥムジェ=イラとは、膨らむ衝撃を示す古き言葉。

セレネとクレシェンタの『聞き間違い』によって『書類上』正式名称となってしまったクリシェ製作の新兵器、その悲しい『別名』である。

クリシェはネイガルを睨みつつ、全く、と言いたげに嘆息した。


どうにも田舎育ちの人間はじゃらがしゃと同じく、ぼんじゃらの発音も苦手であるらしい。

王国の広い領土――言葉の訛りというのは存在するもの。

半ば仕方ないとは思いつつも、何やら納得できない感情がクリシェの中にあった。


『へぇ……ネイガル、なんて名前なのかしら?』

『く、クリシェ様はこの新兵器を……ば、バゥムジェ=イラと名付けました』

『……? ネイガル、発音が変――』

『バゥムジェ=イラ……素晴らしい名前ですわ。流石おねえさま』

『そうね、とっても良い名前。……ファレンもそう思うわよね?』

『え、ええ……まさしく、これから王国の未来を作り上げるに相応しい、勇ましい響きですな』


クリシェは腕を組み、もう、と唇を尖らせ。


「……正式名称がへんてこになってしまったのはあなたの発音が原因ですからね、ネイガル」

「は。も、申し訳ありません、気を付けます」


実に何とも言えない顔でネイガルは敬礼する。


――それはクレシェンタ達へのお披露目の際のことであった。


『ネイガル、名前は聞いてるかしら』

『は。……ぼ、ぼんじゃらと言う名前だそうで』

『……あの子はまたそんな名前を』


お披露目のためクリシェ達と共に工房へやってきたセレネは小声でネイガルに尋ね、それを聞くとすぐさまクレシェンタに耳打ちし。

それはまるで、あらかじめ決められていたかのようなやりとり。


『正式名称はバゥムジェ=イラということになったわ、ネイガル。……そういうことであなたに協力してもらいたいんだけれど』

『っ、は。か、畏まりました』


ぼんじゃらという名前は昨晩クリシェが名付けたもの――しかし、その瞬間にはまるで、天地が分かれた日からその名が決まっていたかのようであった。

有無を言わせぬ元帥の言葉。

王国中枢でいとも容易く行われる陰謀。

忠誠を捧げたクリシェの意向がないがしろにされていることは分かっていたが、それにはネイガルにも逆らえない。

それは王国女王、王国元帥――国の総意なのである。


「もう。カルアやエルヴェナはちゃんと発音出来るのに……」

「そ、そうですね……言葉の訛りというのは大変なものです」


エルヴェナはなんとも困った様子で答え、憐れむように彼等を見る。

可憐な工房の華――心優しい彼女は工房の守護者であった。


「まぁいいです。成果を見れば頑張っていたのもわかりました。ほとんど終わってるみたいですが、今日は移動準備――それが終われば半休です。明日はお昼に出発なので、そのつもりで準備を」

「は」

「クレシェンタはもう大丈夫って言ってましたから、他のぴりりん班も今回は同行させることにしました。雑用なんかで協力を」

「それは正直助かりますね」


ぴりりん班――ダズ達は護衛班のキリクと同じく、戦争と言うことで出かける機会の多いだろうクレシェンタ達の護衛や、工作班の手伝いに使われていた。

クレシェンタはもうクリシェが帰るまで出かけるつもりはないとのことで、護衛になっていた彼等の手も空いて来ている。


「この前の様子といい、じゃらがしゃの組み立ては重たくてちょっと手間ですしね。掃除もちょっと大変そうでしたし……」

「は、はは……そうですね」


飛び散った肉片エトセトラ。

じゃらがしゃの清掃作業は苦行であった。

戦場の興奮で見る血肉には耐えられても、一周回って冷静になった心では中々ダメージが大きい。


「今回のが終わったらしばらくあなた達も休暇。本格的な再開は建設中のアルベナリア工廠が出来上がってからとなるでしょう。個人的に褒賞金も出すつもりですし、田舎に帰ったりしたい人がいればその機会にさせてあげますから、それまではちゃんと頑張ってくださいね」

「っ、は!」


それを聞いた彼等は顔を見合わせ、嬉しそうに敬礼するが、


「とはいえ……くろふよは何やら言葉の発音が怪しい地方出身者ばかりです。余計に訛りを酷くして帰ってこないように。厳命ですからね?」


クリシェはそれに頷きつつも、真面目な顔でそんな注意を吐き出した。








「セレネ、終わりましたっ」


王城内に割り当てられた元帥の執務室。

入ってきたクリシェは文を眺めていたセレネに抱きつき、口づけ。

セレネは呆れたように――少し嬉しそうに頬を緩めて嘆息すると、クリシェを抱き上げ執務机からソファに座る。


「……もう。エルヴェナ、紅茶淹れてくれるかしら。蜂蜜とミルク多めで」

「はい、畏まりました」


元帥となってから、基本的なセレネの仕事場はここ。

屋敷はすぐ側にあり、どちらかと言えばセレネもそちらの方が落ち着けるのだが、とはいえ商人や貴族との話し合い、貴重な書物の関係――色々な事情を考えるとやはりこちらの方が適当で、持ち帰って仕事をすることもあるが、基本的にはセレネもクリシェと同じく屋敷に帰ったらくつろげる状態を作りたい。

事情あって仕事を持ち帰ることはそれなりにあるが、この辺りの区切りは彼女もある程度しっかりと決めていた。


「ん……」


セレネは細身な体をしなやかに。

長い金の髪を掻き上げるように伸びをして。

その真似をするようにクリシェが真横で伸びをするのを捉えると、真似しないの、とその頬を引っ張る。


「えへへ、だってセレネ、クリシェが来る度伸びをしてますし……」

「あなたと違ってわたしは大体座りっぱなしなの。……もう」


怒りながらもどこか楽しげに。

セレネはまたクリシェの頬をほんの少し弄ぶと、すぐに離す。


「工作班も問題なさそうなので、予定通り出発は明日のお昼に」

「そう。さっきも伝令が来たけれど、南は問題なく。街の解放もほとんど終わったそうよ」

「考えてたより結構早いですね」

「オールガン副議長は結構協力的だったみたいだから」


街を占領していた兵達に軍を退くよう、オールガンは筆を走らせ、王国側にガルシャーン軍の状況を伝える直筆文書を預けていた。

そのおかげでそれほど抵抗もなく、ほとんど血を流す事なく街は解放されている。

従わず抵抗した占領軍も一つあったが、兵力差から問題なく。

そう掛からずに全て鎮圧される旨が伝令に持たされた文に書かれていた。


「クリシェのおかげね。……褒めてあげる」

「はいっ」


クリシェの頭を撫でて、微笑み。

問題はエルデラントかしら、とセレネは考え込むようにして言った。


「んー……そうですね。あっちは復興にちょっと時間が掛かるかもです。賊も沢山出てくるでしょうし……クレシェンタは国境付近さえ固めておけば、エルデラント自体はもうどうでもいいって言ってましたけれど」

「……クレシェンタが?」

「ヴェーゼとミークレアが潰れて、エルデラントはしばらく内戦でそれどころじゃなくなるからって」


そういうものでしょうか、とクリシェは首を傾げ、セレネも少し思考を巡らせ。

部族連合というべきエルデラント。軍を一つ潰し損ねたのは懸念事項であったが、有力な部族であった二つが潰れた現状。

多くの部族にとっては稀な機会には違いない。

クレシェンタがそう告げる以上、予想は単なる予想ではなく――恐らくは既に、そうなるよう何かしらの工作を進めているのだろう。

それは彼女の領分。

心配がいらないと言っている以上、本当に心配はいらないのだろう。


「……まぁ、どちらにせよそんな余力はないかしら。しばらくレーミン将軍も西に置いておけば、どっちにしろ手は出せないでしょうし」

「そうですね。レーミン将軍はそこそこ悪くない将軍でしたし」


クリシェは思い出すように言った。


「……そういう失礼なこと、面と向かって言ってないでしょうね?」

「失礼……?」

「……、あなたにはこの戦が終わったら、もっと色々なことを教育しないとだわ」

「……?」


セレネは嘆息しつつ、尋ねる。


「それより、クレシェンタの方はどうだったの?」

「ああ、そっちはなんだか良い感じでしたよ。ガルシャーンとエルデラントへの勝利を伝えたら、喜んでたみたいです」


うんうんと頷きクリシェは答える。

クリシェは朝、クレシェンタと共に貴族達の前で状況報告を行っている。

皆クリシェを見て少し驚きつつも、この戦の勝利は近いと理解したか、何やらやる気に満ちた様子――実に良い感じであった。


「王宮貴族の人達もなんだかみんな、この戦が長期に渡った場合に備え家財まで売り払ってたみたいで……寄付を、お手伝いを、だなんてクレシェンタに言ってましたし」

「そ、そう……」


良い感じ――しかしそれはクリシェから見た印象。

貴族達の心中とは異なる。


一部の者はクリシュタンドの屋敷に翠虎がいることに気付き、まさか、と考えていたようだが、戦場に出ていたはずのクリシェが戻ってきていたことにほとんどのものが驚きを浮かべ、ガルシャーン、エルデラントを既に打ち破ったことを伝えれば閉口。


アルベランが征服された場合に備え、様々な交渉に対する事前準備として財を金に換え隠していたものも、それを聞いて勝ち馬がどちらかを理解し、是非ともアルベランの財政難に役立てるため使って欲しいなどと寄付を申し出ていた。

これまで嫌々金銭の供出に応じていた貴族達は完全に掌を返し、クレシェンタは朝から延々とその相手を行っている。


二人の忌み子――それらがこれまで行ったことへの恐れは当然消えないものの、だからと言って折角手に入れた自分の権力を自ら手放したいと思うものもいない。

三国侵攻をはね除け、アルベランが勝利するという筋書きはどうあれ、アルベラン貴族の誰もが望むもの。

万が一の場合に備えて水面下で動いていたものも含め、利害の一致という意味で『結束』も固まり。

そこに善意や崇高な大義など欠片も存在しないものの、少なくとも現状はクレシェンタの統治が始まって以来の一致団結。


「えへへ、こういうのを一枚岩というのですよね。……三国から攻められる大変な時期に、みんながみんなのために努力して……とても素晴らしいことです」

「……、そうね。喜ぶべき事かしら……」


うんうんと頷くクリシェを眺めつつ、ため息をつくように。

何故そんな都合の良いタイミングで彼等がそんなことを言い出したか、このお馬鹿な妹はあまり理解していないだろう。

どうでもいいところに関して深く考えず、言葉上の善意に対しても同様。

呆れたようにセレネは目頭を揉んだ。

お馬鹿である。

とはいえ、クレシェンタのように腹芸や権謀術数の上手くなったクリシェというのも見たくはなく――実に何とも言いがたい気分である。


目頭を揉んで、エルヴェナが紅茶を注ぐのを眺め、


「もうっ、工房にいないと思えばこっちに……」


――そんなタイミングで突如、扉がばーんと開かれた。


「おねえさま酷いですわ! わたくしを置き去りにしてっ」


ぷりぷりと怒りを浮かべ、アーネと共に入ってきたのは赤に煌めく金の髪。

薄桃のドレスを身につけたクレシェンタはクリシェの隣に腰掛けると、その身を寄せて姉を睨んだ。


「そうは言っても、クリシェもやることがありましたし……クレシェンタにずっと付き合ってたらいつまで掛かるか分かりませんでしたし……」


今日は一日クレシェンタと行動を共にする予定――本来ならば工房にも彼女が着いてくるはずだったのだが、会議の後は貴族が代わる代わるクレシェンタの所へ。

そこでの会話がクリシェにとって何の面白味もないものであったため、段々と面倒になり。

最終的には先に行ってますね、などとクレシェンタを置き去りに出て行ったのだった。


「それにクレシェンタ、行ってらっしゃいませ、って見送ってくれて――」

「言いたくて言ったんじゃないですわっ、うぅ、もう……っ」


思い出して、理解力のない姉を睨み付ける。

クレシェンタが貴族の一人と真面目に話している最中、


『クレシェンタ、お話も少し時間が掛かりそうですし先に行ってますね』


などと言いながらクリシェは立ち上がり。


流石にクレシェンタも体面というものがあるのだ。

こんな日和見の下らない話なんてすぐ終わりますわ、待ってくださいまし――などと、どうあれ金銭の寄付を申し出る相手の前では流石に言えはしない。

あの場では見送る他なかったのだった。


「そんなに拗ねちゃ駄目ですよ。はい、キャンディです」

「むぐ……っ」


首から提げた小袋からキャンディを取り出し、クレシェンタに与え、頭を撫で。

それでも不機嫌そうなクレシェンタを膝に乗せると腰をぎゅっと抱きしめた。


エルヴェナは困ったように微笑み、何も言わずに新しいティーカップを取って紅茶を注ぐと、アーネは手に持ったバスケットからクッキーを入れた袋を取りだし中身を皿の上に。

エルヴェナが少し驚いたようにアーネを眺め、その視線をアーネは気にしない振りをしながらどこか自慢げな表情を浮かべ。


セレネはそんな彼女らを眺めつつ、一気に騒がしくなった室内に苦笑した。


「……おねえさまとなんの話をしてましたの?」

「真面目な話よ。ガルシャーンとエルデラントのこと」


クレシェンタは疑うようにセレネを見つつ、まぁいいですけれどと飴玉を転がし、姉の肩に後頭部を擦りつけるようにして不満げに嘆息。

横目に姉の顔を眺めて尋ねる。


「エルスレン戦の予定は?」

「……ガイコツ達が北から回り込みを掛けるのに後8日か9日くらいでしょう。大きく動き出すのはそれから……大体これから二週間と言ったところでしょうか」


エルーガ達の北側迂回は二週間程度の旅。

クリシェはぐるるんの足もあり、五日の旅を二日で終わらせ王都まで。

ここで三日を過ごしているため、計五日。

彼等が王国北東の大樹海を越えるには後8、9日となる。


ウルフェネイトは王都から五日の距離。

クリシェ達から遅れること数日程度でエルーガ達も東で行動を開始するだろう。

彼等の行軍次第で誤差も出るが、概ねその程度。

問題はその後であった。


「騎兵が多いですし、ぱぱっと倒すにはちょっと面倒が多いですね」

「そうね。ちょっと話したけれど、ヴェルライヒ将軍も相当手を焼いてるって」


エルスレンの強みは何より騎兵であり、そして遊牧民出身者で構成された弓騎兵は戦場において、対処困難な難敵。

敵軍は15万、16万と言われているが、その内騎兵は3万前後。

軍に対する騎兵の比率を考えればアルベランとは雲泥の差であった。


対するアルベランにおいて、軍編成における騎兵の比率は十分の一を超えることはない。

一軍の兵力2万に対して1000にも届かないことの方が多かった。

単なる馬自体相当高価な代物であったが、軍行動に耐えうる馬となれば食うものや訓練からして大きく違う。

そしてそれに跨がり槍を振るうことの出来る人材も貴重で、その上、弓まで射ることが出来る人間などその内の一握り。

当然、それで軍を編成することなど出来るはずもない。


だが広大な領土を誇るエルスレンは、そんな逸材を一軍規模で揃えて見せる。

エルスレンの強さはそこにあり、特筆すべきはそのずば抜けた野戦能力。

そして彼等はそれだけではなく、敵拠点を容易に攻め落とす技術力を兼ね備えていた。


エルスレン神聖帝国が大陸一の国家と呼ばれる所以はそこにある。


「わたしたちが行った時に、主戦力はウルフェネイト東のクーリベ平原。でもまぁ、あなたが到着した頃には丁度ウルフェネイトの防衛戦が始まってる頃合いかしら」

「良い感じですね。……そうなると、あっちも騎兵は不要になるでしょうし」


クリシェは紫色を細め、微笑み。

そんなクリシェの首に腕を巻き付けつつ、クレシェンタもまた微笑んだ。


「……おねえさまの言った通り、手は回しておきましたわ。そろそろ東部のあちこちを回っているところだと」

「えへへ、偉い子です。今日はベリーと沢山ラクラのパイを焼いてあげますね」










――ベルガーシュ城砦では空気が張り詰めていた。

その日の夕暮れにアルベリネア軍が到着し、一泊していくという伝令からの報告が伝わっていたためだ。

それが伝わるまで親子のように肩を組み、笑いあいながら過ごしていた料理長ザルバック、配食班長カートの関係。

しかしその報告がもたらされてからは突如亀裂が入ったように、彼らは互いを睨み合い、距離を取る。


以前までとは状況が違い、軍である。

恐らくあの可憐な使用人ベリー=アルガンはいないだろう、ということは分かっていたが、あれだけ料理好きなクリシェ=クリシュタンドである。

恐らく高い確率でこの厨房を訪れるのではないか――彼等はそう考えていた。


彼女が甘味好きであることを知っている。

ザルバックは午前に半休を取ることに決め、その間に倉庫の小麦や卵、蜂蜜や果実、様々な食材に対し品質の確認を行い、仕分ける。

その眼光――もはや見るものを震え上がらせる鋭さ。

食材の仕分け、しかし彼にとってそれは精神統一の業に等しく。

滝に打たれる修行者の如く、彼の感覚はそうして研ぎ澄まされていく。


対するカートはそれに対し憐れみの視線。

所詮どこまで突き詰めたところで、彼が行えるのは個人技であった。

あらゆる情報を手にし、精査し、勝つべくして勝つ。

異能というべき才覚者――貴族に生まれ、指揮官としてあったならば名将となり得たであろうカートの前に、ザルバックは単なる老人であった。

食事が万を超す兵士達に行き渡り、厨房が落ち着き――そして麗しき姫君が現れる瞬間を彼は既に脳裏に描いていた。


準備は、その時が来る直前で良い。

彼は余裕の態度を崩さない。


これまで多くの死闘を繰り広げた二人の決着――それを見る者達はその空気を感じ取り、中には賭け事に走るものすらある。

もはや二人の戦いは余人の立ち入ることの出来る領域にはなかったのだ。


そうして二人は、その日一日待ち続けた。

互いの間に見えない火花を散らしながらその時を。


「…………」

「…………」


――彼等はただ、待ち続けた。

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  2024年11月20日、第二巻発売決定! 
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― 新着の感想 ―
彼等はただ、待ち続けた > 寂しいな!? 哀愁漂う二人のオッサンに、誰も声を掛けられない。 こういうのを一枚岩というのですよね > 「利害の一致」というコンクリートで、個々の貴族という「砂利」を固め…
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