5話(2) 兄妹の誓い
……とまあこんなところじゃ。お主らは300年前から転生したのじゃろ? 古代精霊魔法の術式なぞ使えるはずがないのじゃよ」
シトラの魔術が発動しなかったのも、アザミの魔眼の力が制限されているのも全てはこの世界の精霊の総量がゼロ近くにまで減ってしまったからだった。アザミはその真実にそういうことだったのか、と大きく息を吐いて深くソファーにもたれる。
「なるほど、ね。この300年の間に色々と変わってしまったものだな」
「そうですね。まさか人類がここまで追い詰められているなんて......。こうしてはいられませんっ! 今すぐにでも私が―――」
西の仙人の話から今の、この300年間の人界の追い詰められっぷりを知ったシトラは立ち上がると、外へ出て行こうとする。だがそれを西の仙人が杖で進路を塞ぎ、ガンッと制止した。
「―――待つのじゃ。お主が行って、どうなる? 確かに300年前のお主は強かったのかもしれん。勇者だったのかもしれん。じゃが、今のお主の力では何も成すことはできんじゃろうな……」
西の仙人は元勇者、とはいえ今はただ幼い体のシトラを見てそう言った。そんな事はわかっています、と言わんばかりにシトラはギリッと歯ぎしりをして鋭い目で西の仙人を見上げる。
「では......私にこのまま見逃せというのですか!?」
「―――“時を待て”、と言っているのじゃ。お主らが強くなってから、じゃよ。……お主ら、聖剣魔術学園という場所を知っておるか?」
"聖剣魔術学園”。それは双子にとって初耳。300年前の人界にはなかったため、シトラですら聞いたこともない場所だ。双子はゆっくりとその首を横に振った。
「――知らないな。なんだ、そこは、、、」
「聖剣魔術学園―――王国が未来の騎士団を育成するために設立した教育機関じゃ。その名の通り、魔術師と剣士を育てることに特化しておる。もしお主らが魔界との戦争に参加したいのなら、、まずはそこで腕を磨くことじゃな」
仙人はそう言って戸棚から古い羊皮紙を取り出してアザミに手渡す。そしてそれを握らせて「よいか」と念を押すようにアザミの目を真っ直ぐに見つめて、一語一語はっきり言葉を発する。
「お主ら、15になったら王都セントニアへ行くのじゃ。そこに学園はある。……ワシの書いたこの紙があれば入学試験を受けることが出来るじゃろう。よいか、何度も言うがお主らは今の世界では素人も同然じゃ。先程のアグリーカと言ったか、魔界の下位魔術師に苦戦するほどのな」
「でもっ......やっぱりダメです! 15なんて......遅過ぎますっっ! 今から10年も待つなんて出来ません―――!」
「安心せい。10年で戦局は大きくは動かん」
「……ほう? どうしてそこまで断言できる?」
アザミの問いかけに仙人は少し考えた後、ホッホッと答えた。
「ワシは西の仙人じゃ。多少は占いというものもかじっておってな、、おっといけない。そろそろ時間じゃ。お主らは家に帰らんといかん」
仙人が壁の時計を見ながら壁にスッと手をかざした。すると壁が、家具が、光の粒子へと変わりゆらゆらと揺らめきだした。どうやらこの家は現実世界にあるものではなかったらしい。そんな事実を認識する間もなく、双子の周りから西の仙人もその家も、全てが揺らいで薄れていった。
「しばし、お別れじゃ。お主らの健闘を祈っておる。ああ、もちろんお主らが転生者だなんて他言はせんよ」
そんな中で最後に聞こえてくる西の仙人の言葉。アザミは最後に大きな声で西の仙人へ尋ねる。
「……最後に一つ聞かせてくれ! あんたは俺達の300年前の名を知っているか!?」
「……まさか、ワシはこれでも200歳程度でな」
「―――いや十分長生きじゃないか」
「ホッホッホ。また会うことになろうぞ。双子の転生者よ!」
その言葉を最後に点滅していた光の粒子は完全に闇へと消え、仙人の姿も消えた。ハッと目を開けると双子は森の小道に立っていた。すでに日は完全に沈みきり、空にはパッパッと星が瞬いている。そんな中で双子は立ち尽くしていた。シトラはその瞳に涙と怒りを浮かべている。
「……アザミあなたは満足でしょうねっ。魔界の領土が増えたんですから、、、」
シトラはブルブルと震えながらアザミに行き場のない怒りをぶつけた。理不尽なことだというのは分かっている。でも、そうでもしないと無力な自分を今すぐにでも殺してしまいそうだったから。だが、
「―――そんなわけないだろ。怒ってるのは俺もなんだよ」
「えっ……?」
アザミも自分と同じく怒りに震えている―――そんな魔王の想定外の答えにシトラは面食らった。
「俺が許せないのは、“俺の生まれ変わり”なんて騙ってやがる魔王リコリスとやらだ。当然、それを信じる魔界のものたちもなっ、、、」
「……意外、、です。……魔王のあなたのことだから今すぐ魔界に戻りたいのかと、、」
「お前は俺を勘違いしているな? 俺が戻りたいのは300年前の魔界だ。聞いている限り、今の魔界は気に食わない。第一、俺の立てた法を守らないなんて許せない」
「……法とは?」
「『魔界の者が許可なく人界へ侵入することを禁ずる』というものだ。別に俺は戦争がしたいわけじゃないんだよ。特に平民は戦とは無縁なのが一番だ......」
その時、アザミの脳裏を炎の記憶がよぎった。アザミはズキンと痛む頭を押さえる。
(なんだ......? この記憶は一体、、、)
なんて、必死で思い出そうとどこか一点を見つめているアザミを呆然と見るシトラ。アザミの言葉をすぐには信じられなかった。300年前、数々の戦争で死闘を繰り広げた相手である魔王からそんな言葉が出るなんて信じられなかったから。
しかし不思議とそれは本心なのだと確信できた。きっとまがいなりにも5年間兄妹として過ごしてきたからだろう。シトラはアザミ、魔王シスルという人間を多少なりと理解できるようになっていた。シトラはフフッと笑みを浮かべ、そっと目をつむる。
「……やはり私はあなたを勘違いしていたようです。魔王シスル」
「その名で呼ぶのはやめろ、シトラ。今は人間、アザミ・ミラヴァードなのだからな」
双子の間を風が吹き抜けた。
―――勇者がかつて冷酷で残忍な魔王だと思っていた男は、本当は誰よりも下のもののことを考える名君であった。
―――魔王がかつて誰よりも強い孤高の存在であると認めていた勇者は、本当はただのどこにでもいる少し正義感の強い少女であった。
(お互いに勘違いをしていたみたいだな......)
なんて、お互いの顔を見合わせて苦笑する双子。
「シトラ、俺は必ずリコリスを倒す。秩序を乱すやつを許してはおけない。それに俺の、いや俺とお前の生きていくこの世界を守りたい。……そんな俺に力を貸してくれるか?」
そう言ってアザミはシトラに右手を差し出した。
「もちろんです。私とあなたとなら、きっとこの世界で生きていける。お互いに力を合わせて人類の敵を討つというのなら、私は喜んで力を貸しましょう」
そんな手をじっと見つめ、シトラが笑ってアザミの手をとった。ギューッと固く強く、勇者と魔王という決して交わらないはずの双子の間で結ばれたその手―――。
「―――あっ、あと言い忘れていたが決して俺達が転生した魔王と勇者なんてバレてはいけない。いいな?」
「どうしてダメなんですか? それを言ったら動きやすいでしょうに……」
忘れてた、と慌てて付け加えられたアザミの言葉にシトラは「どうして?」と首をかしげた。だがアザミは首を横に振る。
「ダメだよ。もしお前が勇者だなんてバレたら魔界から命を狙われるだろ? もしかすると人界に都合の良いように利用されるかも知れない。俺の方はもっと簡単だ。魔王だなんてバレたら間違いなくこの国で生きていけなくなるだろうな」
「……その点は大丈夫ですよ。もしそんなことがあれば、その時は私が守りますから。だって......“一緒に戦う―――”という約束でしょ?」
星空の下で、シトラはニコッと微笑んだ。アザミもそれを見て笑顔になる。今度こそ、二人の表情は真に晴れやかだった。それは兄が妹に向ける顔で、妹が兄に向ける顔だった。
―――夜が明けていく……そこから新たな世界が始まろうとしていた。
次回から聖剣魔術学園編となります。
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