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4話 お前は勇者だ

圧縮空気弾(エア・ガン)!!」


 バンッという空気が弾けるような音と共に衝撃波があたりを襲った。ビリビリと空気は震え、粉塵が舞い上がって視界を覆う。


「……あれ?」


 だがその粉塵による真っ白な靄が晴れた時、アグリーカの目に写るシトラには傷一つなかった。

           

 アグリーカは“自身の魔術が自身の魔術によって”打ち消されたことに困惑する。しかしそれ以上に目の前にいる相手が一度殺したものである、ということに驚きを隠しきれないでいた。亡霊か、と目をこするもその姿はよりハッキリしていくだけ。


「おいおい、、こりゃ一体どういうことだよ。……お前はさっき殺したはずだろ?」


「死体を確認しなかったのが悪かったな。さて、人の妹によくも手を出してくれたものだ……」


 聞き覚えのある低い声に恐る恐るシトラが振り向く。そこには先程アグリーカによって殺されたはずのアザミが立っていた。だがもちろん、転生したとは言え元魔王を魔界の不良程度が殺せるはずがない。上手く衝撃を殺していたのだ。そんなことは知る由もないアグリーカはただただ驚いていた。


「てめえ、、なんで生きてやがんだ? ただのガキなら死んでるはずなんだが――」


「ってことは、“ただのガキじゃない”ってことだな。見た目は5歳、中身は魔王ってか? とまぁ、それは冗談として……おい、大丈夫か? シトラ―――」


 冗談めかして肩をすくめ、アザミが呆然と立ち尽くすシトラの方へと駆けより、その体を支える。シトラはだいぶ疲れた様子で、それでもコクリとたしかに頷いた。


「ええ......大丈夫です。それよりもアザミ、この世界で魔法は使えないみたいなんです、、」


「知ってるさ。おおかた俺たちの知ってる魔法がこの世界では使えなくなっているんだろう。300年経てばそんなことも起こるさ。……まあ、詳しい原因は後でゆっくり考えるとして―――」


「……じゃあどうすれば、、」


 アザミの言葉にシトラが焦った顔をする。アザミはその表情にハッと昔を思い出していた。


―――そういえばこいつがここまで追い込まれた顔するのは、、“あのとき”ぶりか?


 あの時、あの戦争の最終決戦以来だろう、シトラのここまで追い込まれた顔を見るのは。もう二度と見ることがないと思っていた弱々しい顔。それを見ていると元々は敵とは言え、守ってあげなくてはという気持ちになる。そう内心炎を燃やすアザミをフンッと落ち着きを取り戻したアグリーカが一瞥する。


「……話は終わったか? ガキども。フンッ、てめえが生きているならもう一度殺すだけだ。……だがその前に一つ聞いておきたい。俺の術式をなぜ使える?」


「まさかアザミ......あなたがさっき私を守った力って……」


「ああ。……アグリーカ、だっけ? ……お前の術式って単純だな。ひと目見ただけでコピーできるなんてさ―――」


「このっ……!」


 アザミの言葉を予想していなかったわけではない。ただ、そんなことは不可能だろうと高をくくっていたのだ。それなのにアザミはハッキリとそう言った。『コピーした』と。アグリーカの顔に再び、そして今度はハッキリと現れる動揺。


(なんだよ、このガキ! 100歩譲って俺の術式をコピーできたとしても、あの魔術(エア・ガン)の使用魔力量は馬鹿にならねえんだぞ!? それをコピーって、あのガキ、なんちゅう魔力量してやがんだ!!)」


 ギリッと歯ぎしりをするアグリーカとアザミが再び対峙する。だが先程のような余裕はもうアグリーカにはない。アザミは若干後ろへ引き気味のアグリーカを睨みながらシトラに声をかける。


「おい、シトラ。聖剣は使えないのか? あれは魔法陣とかいらないはずだろ?」


「……ええ。でも今の私じゃ魔力が圧倒的に足りません……」


 アザミの言葉にシトラは申し訳無さそうな表情を浮かべる。悔しかった。期待に答えられないこと、自分が足手まといになっていることが。さっきから恥を重ねているだけだという自分の惨めさが恨めしい。シトラはギューッとキツくその拳を握りしめる。


―――魔王は戦っているのに、私にはその力がないなんて……!


「そっか」


 だが、アザミは笑った。シトラにはその笑みの持つ意味が理解できなかった。


―――この人はこんな状況でどうして笑えるんだろうか

   

 だがその答えは案外単純で、そしてすぐに分かるようなものだった。アザミはニヤリと笑ってシトラの方を振り返る。


「なら魔力さえ戻れば聖剣を使えるんだな―――?」


「……えっ?」


 そう言うやいなや、アザミはシトラの肩を掴んでその顔を自分の方へグイッと引き寄せる。それによってちょうどアザミとシトラが至近距離で顔を見合わせる状態になった。アザミは案外イケメンだ。300年前は戦うのに精一杯で、この時代では嫌悪感からかじっくり意識することのなかったその顔を間近にして、シトラの顔がどんどんと赤く染まっていく。


 だが、そんなシトラを気にすること無く、アザミは不意に自分の額をシトラの額にトンっとぶつけた。


「な、なにをっ......!」


 突然のことにシトラは慌てふためく。だがアザミはそんな事は意に介していないかのようにシトラの目を真っ直ぐ見つめていた。その魔眼が邪悪にゆらぎ、輝いているのがはっきりと分かる。シトラは暴れて離れようとするが、アザミの力がそれを許さない。


「動くな。今、俺の魔力をお前に流している」


「えっ? ……いや、そんなことをしてあなたは大丈夫なのですか?」


 それがさも当たり前のことかのようにアザミは言った。が、魔力を他人に与えるなど自殺行為だ。幼い体、未熟なのはアザミも同じ。自分自身に回す魔力で手一杯のはずなのに……。だがそんなシトラの心配にアザミはフフッと笑みを浮かべた。


「……俺の魔眼の力を忘れたのかよ。“恒久の魔眼”―――。その名のとおり『永遠の魔力を使用者に与える』というものだ。使いようによっては反射や崩壊、魔力操作にまでに転ずることも出来る。……まあ今、この現世では“永遠の魔力”っていう元の力しか使えないみたいだがな」


「つまり……?」


「なんの問題もないということだ、信じろ―――」


 アザミが力強く言い切る。シトラは敵である魔王のその言葉に心が熱くなるのを覚え、キュッとその思いを隠すように自分の胸を握る。元とは言え勇者である自分が魔王に頼りがいを感じているなんて認めたくなかったから。


「おいおい、兄妹で最後のイチャイチャは終わったかぁ?」


 そう言ってアグリーカが笑う。その両手にはすでに魔法陣が展開されていた。だが、その手は軽く震えている。目の前の双子はただの子供じゃない、その形容し難い恐怖がアグリーカの体を蝕んでいたのだ。だがその恐怖を隠すようにアグリーカは高らかに笑う。


「んじゃ、まあ。仲良く死ねやぁ―――!」


 そう言って詠唱を始める。今の魔術は簡略化されているため長い詠唱なんて大魔術以外では必要としない。長い詠唱をするということはアグリーカは大魔術を使用するつもりだということだ。

 なのにアザミはそんなのは見えていないかのようにシトラに笑いかけていた。まるで、アグリーカの攻撃が自分たちに当たることはない、と確信しているかのように。


「……シトラ。お前は勇者だ」


「……でも私は何もできなかったのですっ、、、!」


「いや、勇者だよ。なんせ俺を殺したんだからな」


 今日一番の笑顔でアザミはシトラに笑いかけた。『魔王を殺した』……それこそ勇者にとっては最高の栄誉だ。シトラの力を知っているからこそ、認めているからこその言葉。


「……相打ちですけどね」


 それに釣られてシトラも笑顔になる。もうこうなった今の二人に敵なんていなかった。「ふぅー」と息を吐き、まっすぐにアグリーカを見据える。


「それじゃあ引き分けだな。んじゃ、サクッと勝ってリハビリと行こうぜ」


「そうですね。……もう勝てないのは嫌ですからっ!!」


 シトラが振り向き、アクリカと対峙する。目を一度軽く瞑り、気持ちを落ち着けるように深呼吸する。そして次に目を見開いた時、シトラが手を掲げて力強く天に叫ぶ。


「力を貸してください! 聖剣フィルヒナート―――!!」


 その思いに応えるよう、シトラの右手からまばゆい光が伸びて剣を形作った。幼いシトラの身長の2倍はあるような、細くて長い剣を。


「シトラ! 戦えぇぇぇぇ!!!」


圧縮空気連弾(エア・ガトリング)ッッ!!」

「咲け! 氷の万花、、、氷花絢爛(ひょうかけんらん)!!」


 ヒュンヒュンと飛んでくる空気の弾丸。それに対抗するよう、聖剣フィルヒナートから無数の閃光が打ち出された。魔術と剣技がバチバチッと空中でぶつかり合う。が、それも一瞬のこと。シトラの放った閃光はアグリーカの魔弾に触れた瞬間、それを全て例外なく消し飛ばした。


「なに!?」


 そう驚くアグリーカに一瞬できた隙。それをシトラは見逃さない。一歩で間合いを詰めると、その懐に潜り込んでいた。


「終わりです、魔界の者......氷花ヒョウカ一閃イッセン!!」


 問答無用、とシトラが聖剣フィルヒナートを振る。「ガキンッ!」、と鉄を硬い何かと打ち合わせたような音がして、アグリーカの体が宙を舞った。アザミはポーンときれいな放物線を描いて飛んでいくアグリーカを目で追い、苦笑する。勝敗は......語るまでもないだろう。


「……まさか殺してないよな? 事後処理......けっこうめんどいよ?」


「安心してください。みねうちです!」


 アハハ、と力なく笑うアザミにシトラが得意げに告げる。まぁ、音から判断するに重症であることに変わりはなさそうなのだが。だが別にそれを責めるつもりも、引くということもない。むしろスカッとしていた。それでこそ勇者シトラスっぽいや、と。


「さて、急いで逃げるぞ」


「え?」


「すぐに憲兵が来る。……まさか魔界の者を倒したのが5歳の兄妹だなんてまずいだろ?」


「た、たしかにっ……」


 そして、二人は颯爽とその場から走り出すのだった。いつの間にかおつかいであることを忘れ、そしていつの間にか普通に会話するようになっていた二人。双子の兄妹として転生した魔王と勇者は、生涯で二度目となった共同作業を通してグイッとその距離を縮めていた。


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[気になる点] 名前がアグリーカからアクリカになってる?
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