3話(2) はじめてのおつかい
外に出て少し歩いたところで店の方から声が聞こえてきた。その大きな声に振り返ってみると、そこには不良のような男が青果店の前に立っていた。店員のお姉さんと「親父」と呼ばれた店長らしき人が奥から出てきてペコペコ頭を下げている。
「なにかしら……」
「あの青果店、今借金問題で大変らしいわよ」
などなど、周りがその喧騒にザワザワし始める。しかし振り向いた双子の視線は一直線に男の胸のエンブレムに向いていた。赤い花が描かれた懐かしい紋章。シトラが目を細め、真剣な面持ちでボソッと呟く。
「アザミ、あのエンブレムってまさか……」
不良男の胸のエンブレムを指差してシトラがそう尋ねる。アザミは男から目を話すこと無く「ああ」とうなずいた。
「漆黒の闇に彼岸花が一輪―――間違いない、あれは魔界のものだな」
それはアザミが魔王シスルだった時に作ったエンブレムなのだから見間違えるはずがない。好きな花だから採用したのだが、どうやらそれは300年たった今でも継続されているらしい。嬉しい......という感情を抱くが、今それはさほど重要な問題ではない。アザミはブンブンと頭を振り、おかしい、と考え込む。
(だが、魔界から離れているこの国になぜ魔界の者が……?)
そんな頭を悩ませるアザミなど知ったことではない青果店の前では、既に事態は一触即発だった。不良男がガンッと力強く青果店の壁を蹴り飛ばす。
「なあ親父。金は今日までに用意するって言ってたよなぁ? それがまだですなんて、そんな話あるか?」
「すみませんアグリーカ様。ここ最近物騒なもんで売上が少し……」
「あぁ? 言い訳してんじゃねえよ。……約束したよな? 今日までって。そして用意できなかったら借金のカタに娘をもらうってなぁ」
「そんな―――! あのっ、次こそは……10日! 10日だけでいいですから待ってください! それまでにはなんとかします。だから娘を連れて行くのはヤメて―――」
「いやいや、もう待てねえよ。だってそれが“約束”、だもんなぁ?」
ニタァと気味の悪い笑みを浮かべるアグリーカが店員のお姉さんの手を引っ張って連れて行こうとする。お姉さんは当然、必死に抵抗していた。目元には大粒の涙をためている。だが、人間程度で魔族に勝てるはずがない。その力の前にズルズルと引きずられていく。
「いやっ、ヤメてッ! 離してっ!」
「ほら行くぞ。親父の借金はあんたが体で返すんだからな」
「……見ていられないな」
それをただ見ている双子ではない。先に反応したのはアザミだった。アザミが素早く動き、スッとアグリーカの前に立ちふさがる。そんなアザミの様子をシトラは不思議そうに見つめていた。
(どうして、、魔王のあなたが人を助けるのですか……?)
そんな事をシトラが思っているなどつゆ知らず、アグリーカの前に怯むこと無く立ちふさがったアザミ。アグリーカはそんな邪魔なアザミを怪訝そうに「あぁん?」とにらみつける。
「なんだこのガキ、、どけよ、邪魔だ―――!」
「―――邪魔、とは誰にむかって言っている。魔人協定第27項に『魔界・人界お互いのテリトリーは戦争行為を除き、いかなる手段を持っても侵してはならない』とあるのを知らないわけではあるまい。お前のやっていることは戦争を招きかねない行為だぞ」
アザミの言葉にアグリーカの表情が変わる。言い返されたことに拍子抜けしたようだ。だがその表情は次第にバカにするような笑みに変わっていく。そしてついに吹き出した。
「は? ブッハッハッ! 何だこのガキ、、ったくそりゃァ一体いつの話をしているんだ?」
「―――なんだと?」
「魔人協定? ハッ、そんな150年前に破棄された法律を誰が守るかよ」
アグリーカは嘲笑を浮かべて右手を突き出した。
「お前、面白い事言うな。でも、俺に逆らうガキなんて邪魔だわ。……死ねよ、『圧縮空気弾』」
その言葉に応えるよう、アグリーカの右手に魔法陣が形成された。刹那、アザミは巨大な力によって後方に吹き飛ばされた。そんなアザミを見てシトラの目の色も変わる。ギリッと唇を噛み締めて一歩前へ出る。
―――もう見ていられませんっ、、、
「あなた、一体どういうつもりなのですか」
今度はシトラがアグリーカの前に立ちふさがった。アザミに続けて、また幼い子供が魔界の悪党の前に立ちふさがった。というのに、やはり周りは見ているだけで動こうともしない。厄介事には出来る限り関わりたくないのだろう。それは賢いが、人としては褒められたことではない。そんな周りに「はぁー」とため息を付き、それでも立ちふさがるシトラ。今日はよくガキに絡まれる日だ、と二人目には流石に呆れた様子でアグリーカは頭を掻く。
「さっきのガキの連れか? ヘヘッ、安心しな。仲良くあの世に送ってやるよ」
「させません。人界を守護する勇者として、これ以上あなたの好きにはさせない―――!」
「はぁ? 勇者ぁ? プッ、、、フハハハハハハハハ!!」
シトラの発言にピタッと動きを止めたアグリーカが笑い転げる。シトラの発言に『正義と無謀を履き違えている』と判断したのだろう。ようやく周りからヒソヒソと声がかけられる。
「ヤメな、お嬢ちゃん。憲兵が来るのを待つんだ!」
「あまり刺激しないほうが……」
(何もしないくせに、口は達者なのですねッ、、)
だが、とやかく言ってくる周りの言葉を無視して、シトラはアクリカの前に立ち続ける。勇者である自分が民を守らねばならない、たとえどんな民であろうとも守る―――300年前から変わらないその思いを胸に。
「お前ら、ホントに面白えよ。見たところ4,5歳ってとこか? 勇者さんよぉ。ブハッ、お前みたいなガキが勇者なんてこの国も終わったな。つったく、夢見てんじゃねえぞクソガキッ、、、見ていてイライラすんだよ」
「馬鹿にするな! 私は―――」
「そうか、じゃあやってみな。勇者のガキ」
食ってかかろうとするシトラにアグリーカは両手を広げて挑発する。まさか自分が5歳の少女に負けるはずがない、そんな余裕の笑み。
「言われなくても。来い! 氷の精霊!!」
その油断を命取りにしてあげます、とシトラが右手を掲げた。それを目印に青い光が集まる……はずだった。
……しかし何も起こらない。シトラはシーンと静まり返る自分の右手を呆然と見つめる。
「な、なんでっ……?」
「どうしたどうしたぁ? 勇者さん、よぉッッ!!」
アグリーカの蹴りがシトラに入り、小さな体が宙を舞った。ガンガンと地面を数度転がり、それでもシトラはグイッと口元の血を拭って立ち上がる。
「ガッ、、クソッ、まだまだ! 『絶対零度!!』」
しかし、伸ばした小さな手からはまたもや何も生み出されなかった。
「なんだ? その魔術。聞いたこともねえよ」
馬鹿にする笑みを浮かべながらアグリーカがシトラの方へと近づく。
「じゃあなガキ。……勇者ごっこはここまでだ」
アグリーカの右手には、緑色の光が集る。その光とアグリーカのニタァッとした笑顔。
「圧縮空気弾!!」
※人生2周目なので異常に語彙力がありますがこの双子はまだ5歳です。
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